第49話 【自己鑑定】Lv2
翌日。俺は早朝からダンジョンラボにお邪魔していた。もちろん筋トレをするためである。
「おはよございま~す」
「……ぅん?あ、カイ君だ。おはよ~!」
「すごいクマですね朝陽さん。徹夜してたんですか?」
「うん、お陰様でね!」
「俺が悪いことしたみたいに言わないでくださいよ…」
「悪いだなんて一言も言っていないよ。むしろ感謝しているくらいさ!」
深夜テンションでテンションがぶち上っている朝陽さんを背中に筋トレルームと化した大空間に降りていき、荷物を下ろす。
さてと、腕立て伏せから始めよっかなと床に手を付く直前に上から声が降ってきた。もちろん朝陽さんの声だ。
「カイ君、おニューのダンジョンウェアはカッコいいんだけどさ、筋トレするときはここのスポーツスーツ使ってくれる?」
「あ、はい。……で、それはどこに…あぁ、後ろか」
振り向くと先ほどまではなかったはずのスポーツスーツが地面に鎮座していた。そういえばここは『気づいたらあった』が多発する場所だったっけ。
男子校生にとって屋内は場所を問わず更衣室である。古巣の癖が残っている俺も例に漏れず、何の躊躇もなくパンいちになってスポーツスーツに着替えた。
「前から思ってたけどさ~、カイ君って露出狂?」
「違いますよ、パンツ履いてるでしょ……というかなんでわざわざ
「嫌?」
「別に嫌なわけではないです。相変わらずのジャストフィットですし、動きやすいのでむしろドンと来いって感じですね。ただ気になっただけです。なんか理由あるのかなぁって」
「あ~、そゆこと。それでカイ君の心拍数とか筋肉の動きとかのデータを取ってるんだよ。ペタペタ身体にパッド貼られて、口にはマスクなんて嫌でしょ?」
電極パッドを全身に貼られ、呼吸量を測るためのマスクまでつけられた状態でランニングマシンの上を走る自分を想像する。
モルモットでしかない。
「…絶対に嫌ですね……へぇ…これってそんなに高性能なんだ……ってことは身体能力測定のとき以外でもデータを取られてたってことか…」
「そだよ~。忘れられがちだけど新スキルは【スキルボード】【自己鑑定】以外にももう一つあるからね」
「【筋量・筋密度最適化】……ですか」
「そ。効果を見極めるためにもカイ君の筋トレデータを取り続ける必要があったわけ」
朝陽さんに言われて思い出す。そんなスキルもあったな、と。
【スキルボード】の次に現れた新スキル―――【筋量・筋密度最適化】。
名称から大体の効果を予想することが出来ていたので検証は後回しにされていると思っていたが知らないうちに進んでいたらしい。
「効果は分かりましたか?」
「まだだよ~。てか、それを調べるためにも早く筋トレ始めてよ。レベルのことやカイ君の『マナ吸収』がどこまで進んでいるかも調べないといけないんだからね?さっ、はやく~」
「……は~い」
朝陽さんに急かされ床に両手をつく。
(午前中には【自己鑑定】のレベルを上げたいので急ぐとするか…)
まずは腕立て伏せ5000回からだ―――。
と、腕に力を込めたその時。
階段から人が駆け下りてくる軽やかな音が聞こえた。
「あれ?桜子さん」
桜子さんが二階から降りてきたのだ。しかも彼女の服装は職員の制服ではなく完全私服。今日もお美しい。
「おはようございます海君」
「おはようございます…」
…じゃなくて。なんでこんな早朝に桜子さんがいるんだ?
何か忘れものでもしたのだろうか。
「桜子さん、どうしたんですかこんな早朝にこんなところに」
「こんなところって失礼じゃないかな~」
「えっとですね、最近運動をしていなかったのでたまにはと思いまして……その…以前と比べると少し太ってしまった自覚もあるので……」
「やっぱあるんじゃん」
チラリとこちらを見て言外に「太って見えますかね…」と聞いてくる桜子さん。上目遣いが可愛い。
が、困る。
前から比べて太ったか太っていないかなんて分かるはずもない。だって前を知らないのだから。
「…桜子さんはお綺麗なままだと思いますよ?」
「あ、ありがとうございます……」
「い、いえ…事実を言ったまでですから…」
ちょっとキザ過ぎたかもしれない。
顔を赤らめる桜子さんに心の中で顔を赤らめられたら勘違いしちゃいますよ?俺、とふざけて羞恥心を紛らわす。
「イチャイチャしてないで早く始めて~」
「海君は気にせず先に始めててください。私は勝手にやっているだけなので」
「あ、はい…じゃあお言葉に甘えて?」
桜子さんが更衣室に行くのを見てから、何だかそわそわした気持ちで腕立てを始めた。
◇◇◇
(え、気にしないなんて無理なんですけど……)
腕立て伏せ開始10分。
俺は目の前でヨガのポーズらしきそれを始めた桜子さんから目を離すことが出来なくなっていた。
桜子さんが着ている服、盛り上がる胸部の右上に『2年G組 我妻桜子』と刺繡が施されていたのだから。
(なんで高校時代のジャージなの……)
正直言うと期待していた。
ぴちっとしたボディライン浮き出るトレーニングウェアを着てくると思っていた。スポブラに限りなく近いおへそ出しのアレを着てくるんじゃないかって…。あわよくば桃源郷を拝めるんじゃないかって…そう思ってたんだ。健全な男の子なら誰しもが願うだろう。そうだ、そうに違いない。
なのに…どうしてだ桜子さん。どうしてよりにもよって一番ボディラインが出にくい学校ジャージを持ってきてしまったんだ!
「はぁ……」
「どうかしましたか?海君」
「…いえ。アヴァロンとか桃源郷とかニライカナイってどこにあるんだろうなって」
「突然ですね……沖縄とかじゃないですか?」
高速で腕立て伏せを行いつつも現状を嘆く俺。もはや自分が何を言っているのか分からない。
そんな俺に心の中、人知れず住み着いていたナニカが囁く。
いや、むしろ、逆に、一周回ってジャージって激熱なんじゃね?と。
年上の女性が若い子の格好をするってそれコスプレじゃね?と。
(確かにそうかもしれない……なぜ俺は気づかなかったんだ…!)
制服コスプレというものが世の中には存在しているじゃないか。ならば、ジャージコスプレというものもあるはずだ。
いや、ある。
思い出せ。よくテレビのドラマでヒロインが部屋着として来ていたじゃないか…。外ではしっかりしているのに家ではジャージと眼鏡、そしてお団子ヘア、みたいな?
あれはいいものだ。ギャップというものなのか?男の心を掴んで離さない。
そう考えると今の桜子さんも十分にギャップのある可愛らしい女性だ。
朝陽さんにはよく揶揄われているけど、基本桜子さんはしっかりとした、真面目な女性な印象がある。にもかかわらず運動着がジャージ…。キタコレ。
「ねー桜子ちゃん。やっぱりジャージはしんどいよ……」
「分かってますよそんなことくらい!でも家にこれしかなかったんですから仕方ないじゃないですか!」
「買えばいいじゃん…」
「こんな早朝にお店が開いているわけないでしょ!」
わーきゃーわーきゃーいつものように言い合う二人。
数十秒で桜子さん側に手のひらを返した俺は桜子さんそのままでいいんですよと応援しながら腕立て伏せを続ける。
◇◇◇
<常設【身体能力補正】のスキルボード>
――――――――――――――――――――
右上:懸垂 0/1500回
右下:ランニング 50/50㎞ 達成!
左下:腕立て伏せ 5000/5000回 達成!
左上:ランジジャンプ 0/2500回
報酬:【身体能力補正】+Lv1
――――――――――――――――――――
<常設【自然治癒力補正】のスキルボード>
――――――――――――――――――――
右上:背筋 0/5000回
右下:拳立て伏せ 0/5000回
左下:ドラゴンフラッグ 0/2500回
左上:ランジジャンプ 0/5000回
報酬:【自然治癒力補正】+Lv1
――――――――――――――――――――
<常設【自己鑑定】のスキルボード>
――――――――――――――――――――
右上:腕立て 5000/5000回 達成!
右下:腹筋 5000/5000回 達成!
左下:スクワット 5000/5000回 達成!
左上:ランニング 50/50㎞ 達成!
報酬:【自己鑑定】+Lv1
――――――――――――――――――――
<常設【投擲】のスキルボード>
――――――――――――――――――――
右上:バーピー 0/500セット
右下:全力200m走 50/50本 達成!
左下:懸垂 0/1500回
左上:腿上げジャンプ 0/5000回
報酬:【投擲】+Lv1
――――――――――――――――――――
<常設【土属性魔法】のスキルボード>
――――――――――――――――――――
右上:バーピー 0/500セット
右下:腿上げジャンプ 0/5000回
左下:ドラゴンフラッグ 0/2500回
左上:腕立て伏せ 両手の人差し指と親指で三角形 1/5000回
報酬:【土属性魔法】+Lv1
――――――――――――――――――――
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……ふぅぅぅぅぅ…っし…」
あれから4時間。俺は減速するランニングマシンの上で息を整えながら石板を見て、『常設【自己鑑定】』のノルマが終わってることを確認する。
腕立て・腹筋・スクワット各5000回、ランニング50㎞(『200mダッシュ、200m普通に走るの繰り返し』×50セット+30㎞普通に走る)を熟す中で服用した中級ポーションは僅か二回。『マナ吸収』の恩恵を十分に感じることが出来る4時間だった。
「カイ君終わった~?」
「はい、終わりました」
「おっけ~。じゃあ【自己鑑定】使ってみて」
「はい」
二階から降りてくる気配のない朝陽さん。
桜子さんは2時間ほど前に職場に向かったので大空間にいるのは俺一人だ。
(―――【自己鑑定】)
かなりの期待を込め、心の中で呟く。
次の瞬間、目の前に一つの石板が現れた。
<ステータス>
——————————————————
名前:美作 海
年齢:16
スキル:▲【身体能力補正】Lv1
身体能力+10%×xLV
▲【筋トレ故障完全耐性】
筋トレによって体を痛めることがない
▲【筋量・筋密度最適化】
一定以上に筋肉がつくこと、筋密度になることを防ぐ
▲【自然治癒力補正】Lv1
自然治癒力+10%×xLV
▲【自己鑑定】Lv2
女を知る前に己を知れ
▲【両利き】
両利きになる
▲【投擲】Lv1
(硬式球)投擲速度133㎞/h+3×(xLv-1)
※投擲物によって投擲速度は変わる
▲【土属性魔法】Lv1
・直径30+10×(X-1Lv)㎝球大の土を生成することが出来る
・体内マナを追加で使用することで形状変化、硬度上昇、浮遊、前進・後退運動可
・体内マナ消費軽減1%+xLv
——————————————————
(お~これはなかなか。桜子さんにアドバイス貰ってよかったな)
Lvの上昇によって新しく追加されたのはLvの表記とスキル説明。一番最初に【自己鑑定】をLvUpさせてよかったと思えるくらいには有用だ。
何が書いてあるの?ねぇ、ねぇとこちらを見つめてくる朝陽さんに説明する。
「えーっと、スキルの横にLvの表記がされるようになったことと、各スキルの説明が追加されましたね。【身体能力補正】【自然治癒力補正】【投擲】【土属性魔法】に関してはLvUpの恩恵が具体的に数式で説明されてます」
―――そんでもって【自己鑑定】の説明欄には俺に対する悪口が書かれています。
朝陽さんに言えば笑われること間違いなしなので【自己鑑定】については言わないことにした。
「【筋量・筋密度最適化】の説明は?」
「『一定以上に筋肉がつくこと、筋密度になることを防ぐ』とだけ」
「ふ~ん、まぁ予想通りだけど随分とアバウトだね。筋トレによって筋力が付かなくなるまではデータ取り続けるか。……で、数式っていうのは?…あ、長くなる?」
「…はい、相当」
「んじゃここに打ち込んで」
朝陽さんから情報端末をほいと渡され、謂われるがままに石板に記載されている内容を打ち込む。
石板の情報をほとんどまんま打ち込むとすぐに朝陽さんへと返却した。あ、もちろん【自己鑑定】の説明欄の所はそのままを打ち込まず『己を知れ』と端折った。これくらいの虚偽は許されて欲しいところだ。
「ん~…なるほどね~………【身体能力補正】【自然治癒力補正】【投擲】に関してはLv10になってようやく冒険者平均値になる感じか。あとしれっと【土属性魔法】の体内マナ消費軽減も新発見だね……ふふふ…くふふふ……」
途中までは頬をピクピクさせるだけで何とか耐えていたようだが、結局はさらなる新発見に喜びが抑えられなかった様子。
昨日のように踊り始めることはなかったが、くふふふと笑い始めた。
今の状態の朝陽さんに俺の言葉は届きそうにない。
<渾身の一撃のスキルボード>のノルマを効率よくこなすにはどこのダンジョンがいいのか聞いておきたかったんだけどな。
(仕方ない、朝陽さんが話を聞いてくれる状態になるまでの間<ステータス>について考えてみるか)
俺は朝陽さんから目を切り、再び<ステータス>が書かれている石板を見る。
「……あれ?」
そして気づいた、気づいてしまった。一番大事なあの表記がないことに。
<ステータス>
——————————————————
名前:美作 海
年齢:16
スキル:▼【身体能力補正】Lv1
▼【筋トレ故障完全耐性】
▼【筋量・筋密度最適化】
▼【自然治癒力補正】Lv1
▼【自己鑑定】Lv2
▼【両利き】
▼【投擲】Lv1
▼【土属性魔法】Lv1
——————————————————
「レベルの最大値っていくつなんだろう……」
最大値不明なレベル上げとはつまり、終わりの見えない筋トレ地獄を意味している―――。
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