第18話『リラ』
「……リラ」
俺は思わず名前をつぶやいた。イタズラっぽく蠱惑的な笑みを浮かべたリラは、岩場に腰かけ俺の目を見つめる。巨大なザリガニもどきの魔獣を討伐してから疲労感が異様に強く、俺はぼんやりとしながら壁面にもたれかかり休憩をしていた。
満月でもないのに影の中に拘束されず出て来れるのは、なんでだかわからない様子だ。
「ジン……。なんだかね、今が……とても嬉しいの」
「嬉……しい?」
唐突な心情の吐露に、どうかしたのかと気にしてオウム返しで確認した。
「そう。ジンの真心や思いが心の奥に染み込む感じで安心するの。ずっと変わらない思いを知れてね」
大抵他の影たちも同じような発言をする。やはり影化による影響で人以上に俺の心が伝わりやすい。
影となった者は、俺の些細な変化を機微に感じとれるようだ。そのようになるのも、俺の真心が直接個々に伝わる影響が大きくて、知ることによりさらに深いところで繋がりをお互いに感じている。
端的にいうならば、死に際を同じ感覚で追随体験をすることで、唯一無二の理解者になるからだ。そのことも含めて信頼を得て、繋がりがある感覚のようだ。さらに念話によって、以心伝心に近いものになり信頼を不動の物にしている。
不思議なもので話したいときにいつでも気軽に意思の疎通ができることで、信頼の積み重ねにつながっていくんだと実感した。
リラは何を思ったのか俺の隣に座ってそっと寄り添う。
他の者たちと少し異なるのは、逝去した直後の肉体を持った影としての存在だ。ゆえにその肉体を影の力で常に同じ状態を維持している。だからなのか氷のように冷え切った体は、俺の体だけでなく思考も冷やしてくれる。
「大丈夫か?」
人の時の影響で思わず”大丈夫”なのかなどと確認をしてしまう。当然大丈夫などというものは存在せず、不変の状態だけがそこにある。今の状態で感情の喜怒哀楽はあるのか疑わしい。だけども生前の時の影響を引きずっているのか、近しい感覚にはなる様子だ。
簡単にいうならば、空腹があるから美味しいと感じる。だからこそ、そこには嬉しいという気持ちが乗っかり、幸せに感じることもあるだろう。ところが今は、そのような五感が不自由な状態なので、俺が知る感覚とは異なる物を抱いているのだろう。
「うん……。寂しさは感じないわ。今は心同士で寄り添えるようになったから。ただ触れてもわからないの」
「今までの感覚と違うのか?」
「そうかも……。暖かいとか寒いとかがないのね。だから触れてもよくわからないわ。心と体と知っていることがまるで違う物になった感じ」
「……」
俺はなんと答えていいかわからなかった。励ましても意味がないしかといって配慮や思いやりとも違う。ただ見守るとだけしか今は思えなかった。
「ジン? マジメに考えすぎちゃっているでしょ? もう少し元気なジンが見たいな」
「ああ。――わかったよ」
逆に俺は、励まされたような気がしてきた。
「もう! ほんとのほんとにわかっているの? この状態になっても多少の感情はあるんだからね」
多少以上の物があるように見えるのは、気のせいだろうか……。
リラが心配するのも当然だろう。俺は、あり得ない数にのぼる死に際の追随体験をしている。人は、死の感覚を何度も味わえるような精神構造にはできていない。そのことをあらためて実感している。だからこそ、俺の心労が積もり重なっていつしか壊れてしまのではないかと、恐らくそのことをリラは危惧しているのだろう。
俺自身もなんとなくは気がついている。もう限界に近いところまで来ているのを……。
だけども止められないし止める気もない。俺はリラを生きた存在にするために、必ず再蘇生をしたい。そのためには、黄金の魔法書を見つけ出すことがすべてにおいての最優先事項だ。だからこそ、俺の揺るぎない決意は、一ミリたりとも動かない。
いつの間にか俺の体温がうつり、極度に冷え切ったリラの腕は、わずかに温かみを感じたような気がした。
まるで時間が止まったかのようにお互いに何も話も動きもせず、ただじっとしていた。そうした時間がどこか心地よいし、落ち着く。
俺は再びボンヤリと振り返っていた。
ここ最近は必死になりすぎて自分のことが見えていなかったと……。時として、何かに集中していると自分を忘れてしまう。
今は言葉にせずとも相手を思うだけで真心が伝わるのは、不完全なネクロマンサーになったことが大きい。他には、死の追随体験を何度もした賜物だ。本当の意味で、相手がどんな気持ちだったかわかる。おかげで相手との距離が縮まるだけじゃなく、信頼も生まれるのはありがたい。とくに人付き合いが苦手な俺では役立つ。
影は増えていく一方でこの規模の人数を統率するとなると、明確な目標さえあればある程度は制御が利く。好むと好まざるを関係なく影化スキルによって支配すら可能だ。ただ俺はそこまではしたくなく、基本的に自由にしてもらっている。
彼らもこのスキルの本来の力は何故か知っている様子で、俺があえて支配する力を使わないことに好感を抱いているのも事実だ。彼らとて元自由意志の人で、志半ばで倒れた者たちばかりだった。今や影となって、しがらみや肉体という楔から解き放たれている。そうなると今まで以上に、肉体を気にせず自由な行動が取れる。ならば普通は、必然的にしたいことが出てくる。
ただその欲求は、主人に対して貢献したい気持ちへ強く傾いているようだ。そのためか、皆こぞって精力的に動いてくれている。
――糧秣
水食料がまったくいらない戦闘集団に近い。厳密に言えば俺の魔力が必要で消費する量は、全体で見るとかなり少ない。感覚的には、一割に到底届かず一分でもない。その下の一厘ですら満たせない。言い換えるならば、超ローコストハイパフォーマンスと言える。
恐らくはこのままいくと、際限なく影たちは増え続けてしまうと思っている。
この先、国の軍隊を超えて数十万や数百万の軍勢となったとき、はたして俺はどうするんだろうか。なんの野望も俺は持っていない。俺にとってはリラの蘇生が何よりも最優先だし今はそのこと以外に望みはない。
俺はいつの間にか思考の渦の最下層まで浸かっていたのか、いつしか深い眠りについていたようだ。
気がついたのは、目を開けたからに他ならない。どのくらいの時間が経過しているのか、体感的にもよくわからない状態だ。ただ妙に冷たくもやわらかい何かに頭を乗っけている感じがした。
ぼんやりと目を覚ますと、悪戯が成功したような笑みを見せるリラが俺の頭の上から覗き込むような状態で見えた。どうやら、膝枕をしてくれていた見たいで少し照れ臭い。
「すまない。痛くなかったか?」
「もう……。こういう時はお礼が先じゃないかしら?」
「あっ……すまない。ありがとう……」
「いえいえ。どういたしまして。うふふ」
リラは、どこか楽しそうな笑みを再び見せた。
「俺は、結構な時間寝ていたか?」
「ん〜そうね。お昼寝ぐらい?」
少し首を傾げなら答える姿が微笑ましい。どこか心が和んだ。リラが教えてくれたぐらいの時間感覚だとすると、二時間程度なんだろう。地下の洞窟で寝ているのに、どういうわけかいつもより心が軽くなったような気もしてきた。
恐らくはリラの献身的な気持ちが繋がって癒やされたのかもしれない。
「なんとなく気持ち軽くなったよ。ありがとな」
「あっ! わかっちゃった? 結構頑張ったからよかったー」
やはり何かをしてくれていたらしい。一体何をどうやったんだろう。
「何か魔法的なものをしてくれのか?」
「そうね。魔法なのかしら? 繋がっている感じだから、私からも魔力を送ってジンからきたらまた私からも送ってを繰り返ししたんだよ?」
「なるほどな。循環させたのがよかったのかもな」
「えー。そこにいっちゃうの? 私の真心は?」
「も、もちろん真心がほとんどだよ。ありがとな」
「そうこなくっちゃね。へへ」
何故かとても楽しそうだ。久しぶりにリラと他愛もないけど、ささやかな一時を過ごしている感じがした。
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