第105話 治療の続き
テーブルや椅子、食事を祭司や修道女が運んできてセッティングをしてくれた。その間も休みなく治療を続けていたが、「コーヅさん、そろそろいただきましょう。」と祭司に声をかけられると治療の手を止めた。
用意されたのはパンと野菜が入ったスープ、そして色の薄いお茶だった。寄付で賄っているから無駄遣いはしないようにしているのだろうか、とても質素だ。
「懐かしいわ、この薄味。」
「うーん、素材の味しかしないなぁ。せめて塩が欲しいねぇ。」
ティアとイザベラの失礼な会話にも祭司はフフッと小さく笑いながら優しい目をティアに向けている。
食事の間に患者の男性は付き添いの男性から渡されたコップで一口だけ水を飲んでいたが、それでもむせ込んでいた。申し訳なさを感じつつも、俺は食事を続けた。しかし付き添いの男性は食事を断っていた。
患者の男性は商会の主人で、付き添いの男性は使用人だそうだ。主人を差し置いて使用人が食べられないということだそうだ。本当はしっかり付き添うためにも食べた方が良いと思うけど……でもそれは俺が言うことではないと思い黙っていた。
食事を終えるとお茶をひと口飲んだ。それはお湯に少し色を付けただけで、お茶とは呼べないような代物だった。イザベラのように不味いとも言えず、俺は残りを一気に飲んだ。
そして食事をしている俺たちを力無く見つめていた男性患者の元に向かった。長めの休憩を入れたお陰で集中力が戻ってきている。俺は男性の様子を見ながら少しだけペースを上げて治療した。
「…ーヅ、コーヅってば。」
「え?どうしたの?」
俺の肩を揺すっているティアに気付いて魔力を止めた。そして顔を上げると使用人の男性がソワソワとしていた。
「今日はそろそろ終わりにして。」
「待ってよ、まだ治せてないし。あともう少しだから。」と言ったが、窓から差し込んでいる夕陽に気付いた。集中していて全く時間に気付かなかった。
「かなり痛みが和らぎました。ありがとうございます。」
相変わらず青白い顔をしているが、目には少し力が戻っていた。
「もう1日治療に時間を使いたいのですが。」
「コーヅくんだって病み上がりなのよ。無理は駄目よ。」
「うん、でも弱い魔力だから俺には負担無いよ。」
男性の仕事の都合もあり、明後日もう一度朝から治療することになった。その時は混乱を避けるために俺たちは直接この部屋に来ることになった。
それにしても……と俺は青白い顔の男性を見た。こんな状態でも仕事を休めないなんて、やっぱり経営者ってのは大変なんだな。
話がまとまり、使用人の男性に支えながら立ち上がった男性は不思議そうな表情を浮かべた。
「立ち上がった時に痛みがほとんどありませんでした。」
「まだ治ってはいませんが、治療前よりは良くなっていると思います。」
「私は治るのでしょうか?」とすがるような、期待が込められたような目で見つめてきた。
「そうなるように全力で頑張ります。」
俺は真っすぐな視線を受けきれず窓の方を見た。治ります、なんて責任が大きすぎて言えないよ。
男性は頷くと使用人に支えられて部屋を出て行った。その姿を見送った後に祭司が口を開いた。
「コーヅさん、我々も本当に助かりました。あの方は我々の治療では延命することしかできず、それももう長くは無いと感じているところでした。」
「完治までできるかはまだ分かりませんが、頑張ります。」という俺の回答に祭司は満足そうに頷いた。
「よし、私たちも今日は帰ろうか。祭司様、次は明後日ね。」と言って俺たちを急き立てるようにして部屋を出て、そのまま大聖堂の入り口から外に出た。夕陽で紅く染まっている大聖堂を後にした。あの騒動からも時間が経過しているので治療を希望する人が待っているということも無く、すんなりと出られた。
「ね、ご飯食べて帰らない?」
「そうね、良いわね。」
「コーヅの給料袋は持って来てるから好きな物食べられるわよ。」
俺の給料とは言うものの活動予算みたいなものと思っている。俺は女性たちがあの店、この店と相談しながら歩いている後ろからついていった。
やがて1軒の店の前で止まった。ここは初めての店だなと思った。店の名前を確認する前に3人が中に入っていったので、俺も遅れないように店に入った。
見せにはぬいぐるみなどがいくつも置いてあり、壁や床も白っぽく明るいファンシーな感じだ。テーブル席が2つでカウンターに4席ほどでこじんまりとしている。今はカウンターに2人の女性が座って食事をしている。
「一度入ってみたかったんだけど、一人で入る勇気がなくてね。」
「分かる!」
と相変わらず女子の会話なので、俺は会話には加わらずに店内を眺めていた。店員の制服もフワッとしていてコンセプトカフェっぽい雰囲気がある。ぬいぐるみは魔獣っぽいもの、動物っぽいものだが結構リアルだ。こういうお店に置くならデフォルメした方が可愛いと思う。俺には魔獣の勉強になって良いんだけど。
フワッとした制服の店員が「どうぞ。」とメニュを持ってきた。そしてその1枚のメニュを4人で頭を突き合わせるようにして見た。
「何にする?」
「私はオークが食べたいな。」
「俺はお勧めってのにしようかな。」
「あ、私もお勧めのが良いな。」
そして俺とイザベラはお店のお勧めという角ウサギの香草焼きを頼んだ。ティアはオークのホワイトシチュー、シュリはオーク肉のステーキを頼んでいた。
そして注文が終るとまた女性たちの会話が再開した。そして俺は一人で今日の反省会を開いていた。
―――
やがて香ばしい匂いが厨房から届いてきた。そうすると意識は食事の方に自然と向いてしまう。一人反省会は中断して料理が届くのを待った。
「コーヅはずっと黙ってるけど、どうしたの?」
「一人で反省会開いてたんだよ。また明後日もあるしね。」
治療の進め方はあれで良かったんだろうか?最適ではないにせよ、前に進めたことを評価すべきだろう、俺はそんな事を考えていた。
「そんなの寝る前にやりなさいよ。」
「そうだよね、そうする。で、みんなは何の話をしてたの?」
「……なんの話だっけ?」
「何だっけ?」
と、どうでも良い会話をしていると料理が届いた。ジューっという肉の焼ける音と香りが食欲をそそる。目の前に置かれた肉をナイフとフォークで切り分けて口に運ぶ。美味い。臭みも無く肉汁がたっぷりでバターとの絡みが抜群だ。俺はどんどんと切り分け口に運び続け、あっという間に食べ終えた。
「コーヅくん、味わって食べなよ。」
「ちゃんと味わったよ。すごく美味しかったよ。」
「何かお茶をお持ちしましょうか?」
視線を上げると店員が笑顔でこちらを見ている。お願いします、かしこまりました、という短いやり取りがあり、店員は俺の前にあった食器と共に下がった。
やがてみんなの食事が終わり、会計となった。ティアは俺の給料からみんなの分を支払った。
「コーヅ、ご馳走さま。」
「人の給料で食べる食事は何でこんなにも美味しいのかなぁ。コーヅさん、ご馳走さま。」
「美味しかったよ、コーヅくん。ご馳走さま。」
自分が働いて稼いだ訳じゃないし、お礼を言われてもあまりピンとこない。でも喜んでくれているので、笑顔で「どういたしまして。」と返しておいた。
店の外はすっかり暗くなっており、大きな月が見える。そして外気も冷えていて食事で火照った体を冷やしてくれる。
俺たちは帰るためにティアの家の方に向かって歩き始めた。このくらいの時間になると街を歩く人もぐっと減る。居酒屋帰りのおっさんたちが肩を組んで楽しそうにフラフラと歩いていたり、デート帰りの男女を何組か見かけたくらいだ。
「コーヅさんと一緒にいると本当に毎日何かあるのね。今日のはビックリしたわ。」
「毎日が刺激的で全然飽きないよ。」とシュリが笑う。
「私はもう少し落ち着いた日々の方が好きだけどね。」とティアは少し冷めた感じだ。
やがてティアの家の近くに来ると「私はここで。また明日。」と言って細い通りに小走りで入っていった。ティアの姿が見えなくなるまで見送り、また砦に向かって歩き始めた。
「あと2日はコーヅさんを近くで見てられるのか。明日は何が起きるんだろう?」とイザベラの視線を感じた。
「俺は何かをしようと思ってないんだけど……。」
「そういう天然なところが面白いよね。」とシュリが俺の頬っぺたを突っついて笑う。
部屋に戻り、今日は女性陣に一番風呂を譲って、後からゆっくりと風呂に浸かった。後に人がつかえてると思うと急いじゃうからね。
風呂から上がった俺はリビングで寛いでる2人におやすみと声をかけて寝室に入った。
そして「疲れた……。」と呟いてベッドに倒れ込んだ。
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