暖かい風が吹く頃の君へ

@ninee

第1話

 冷たかった。頭から足まで雨に濡れ、背負っているリュックは水を吸い込み、まるでこの世の不幸を集めている様だった。それでもただひたすら途切れ途切れになる白い線の上を歩いた。車が来る心配なんてしなかった。歩き続けないと何か悪いものに取り込まれてしまう気がした。ようやく見えた家は、誰か別の人の家に感じられた。鍵を開けて電気をつける。自分の部屋へ行き、びしょ濡れになったリュックを置いた。制服を脱ぎ、冷たくなった体をシャワーで温めつつ、今日一日の出来事を思い返した。湯気が立ち込めて視界が悪くなっても、体は一向に温まらなかった。

 いつもなら黙って見ているのに、急に主人公のような気分になって思わず言ってしまった。現実はアニメや小説の様にはいかない。あぶれものを庇ってあげられるほど余裕のある人間は想像しているほどいないものだ。みんな精いっぱい踏ん張って頑張って生きている。でもあの時1人だけ、私を「雑草の様に」見つめる人がいた。私が視線に気づいて目を合わせても、逸らさずにただ私の状況を脳内で読み込んでいるようだった。あれはなんだったんだろう。まわりのように見下したり迷惑がったりしていたわけでもなく、逆に庇おうとしていたわけでもない。きれいなコンクリートの隙間でたまたま見つけた雑草を見るかのような目だった。彼が何を考えていたのか、何も考えていなかったのかはこの際どうでもいい。今はこれからどう過ごしていけばいいのかだけを考えなければならない。お昼の休み時間は図書館で本を借りて勉強しよう。他の休憩時間は借りた小説を読んでおこう。他人に話しかける必要はないし、話しかけられても必要最低限質問に答えれば問題ない。帰りはいつも通り1人で帰ればいいだけだし、朝は勉強するために早く行かなければいけないのだ。待ち合わせをするような余裕はない。大丈夫だ。さっきの出来事はたいして大きな問題じゃない。色々考えながら食べていたら、気づくと手元のお弁当は空になっていた。箸をしまってお弁当と合わせて包みで包んだ後、時計を見て図書館へ向かった。

 大きくて分厚い本を3冊ほど借りた。空いてる席に座って本を開くと、近くの本棚の陰から聞こえてきた。

「ああいうのいらないっての」

「絶対わざとだよね、いつもみたいに静かにしてればいいのに」

手に持っていた本の最初の一文を、頭の中で繰り返し音読した。一文字一文字強く、作者の込めた思いが心に響いていっぱいになる様に何度も何度も読んだ。手が震えてきた。そろそろ次のページに行こうとめくった時、思わず本を手から滑らせた。意外に大きな音がなって、周りの視線がこちらに集まった。焦って何度もお辞儀をしながら周りをみると、さっきの2人組は全く知らない人だった。安心したと同時に恥ずかしくなって、逃げる様にその場を後にした。

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