最終・六ノ巻『歪み惑うは業曼荼羅(ごうまんだら)』 1話 その後、作法室にて


 畳の広がる作法室で、円次は帝釈天に刀を突きつけていた。

 その背後では持国天が刀のように鞘を構え、正観音ライトカノンを牽制している。


「もう一度言ってやるぜ、てめェらは敵だ。知ってること企んでること、洗いざらい喋ってもらおうか」


 切先を目の前にして、ふ、と帝釈天が笑う。

「――世迷言を。確かに我らは敵味方に分かれているともいえようが。何度も言うたはず、今は紫苑殿救出という当面の目的が一致しておる。敵対する理由が――」


 円次はその言をさえぎるように、ぐい、と切先を突きつける。

「オレだって何度でも言うがよ。東条を助けて、それで済む話じゃねェ。どころか……たばかってンだろ、オレらをよ。言ってやる、てめェらと四大明王は共謀者グルだ。ってこたァ、てめェらを使う東条と、明王の元締めたるシバヅキとやら。そっちも当然お仲間同士だ」


 ほ、と息をつき、口を円く開ける帝釈天。

「――これはまた。痛くもない腹を探られたものよ、貴様ともあろう者が疑心暗鬼に囚われておる。見たとおり紫苑殿は囚われ、我らと降三世ごうさんぜ明王は殺し合った――」


「殺し合いを演じた、だろ。一緒にお芝居したってワケだ、オレや崇春らという観客を前にな」


「――何を荒唐無稽な――」


 帝釈天が迷惑げな顔を浮かべるのに構わず、円次は続ける。

「まずおかしかったのは、だ。能力封じの能力、それが降三世明王の力。そのくせ、オレが『能力を使う』と宣言したのに、能力封じを使わなかった。……無論オレに能力なんてねェが、今日初対面のシバヅキや明王がそれを知ってるはずはねェ。知ってるとすりゃ、それを知るてめェが事前に伝えておいた。そうなるだろ」


 帝釈天が鼻で笑う。

「――ふん、そんなものは奴自身、戦いの中で感づいたのであろう。奴とて明王、武と力の怪仏よ」


 円次は首を横に振る。

「怪仏は様々な人の想い、業が少しずつ積み重なり、その重みに歪んだ意志と力を持つ存在……だったな。逆に言や、力を持つことが前提の存在……オレと持国天に『能力が無い』と考えるよりは『能力をひた隠しにしている』と考える方が自然だ」


 帝釈天もまた首を横に振る。

「――弱い。根拠として弱すぎるわ、左様なことで我らを疑ったか」


「それだけじゃねェ。奴が正観音ライトカノンの能力を封じた後、そンでてめェの能力を封じた後。さらには、てめェがオレの命乞いをしようとしたとき。奴はてめェらを斬らなかった、蹴倒すだけだった」


 帝釈天が顔を歪める。

「――はあぁ!? 言いがかりも言いがかり、侮辱するにも程があるわ! 奴とて能力を封じた者にわざわざ武器を突き立て、貴様に隙を見せたくはなかろう。貴様を片付けた後で始末すればよいという、ごく自然な選択よ。恥を忍んで命乞いまでしてやった、我に対し何という言い草……!」



 無言のまま、円次は刀を振るった。


 帝釈天が身をかわす暇も、どころか瞬きする間さえなく。そのあご鬚の先が斬られて落ちる。

 そして円次は手を返し、切先を帝釈天の喉に、ひたり、とつけた。


 端の方にいた、正観音ライトカノンが声を上げる。

「――帝釈天殿……! 貴様卑劣な、それ以上――」


 帝釈天を見据えたまま円次は言う。

「それ以上喋ればコイツを殺す。能力を使っても殺す。身動きしても殺す。いいな」

 帝釈天に向かい、表情を変えずに続ける。

「ぶっちゃけオレも根拠としちゃ弱ェと思う。が、ンなこたァどうでもいいンだ。何度も言ったはずだ、てめェらは敵だ。シバヅキと共謀者グルだろうとそうでなかろうと、どっちにしろ敵なんだ。斬っといて損はねェ」


 帝釈天が目を見開く。

「――ちょ、待、落ち着け……! そんなことをして、紫苑殿との話し合いが――」


「勘違いすンな。オレらに頭下げてこなきゃいけねェのはそっちだ、話し合いの成立を気にしなきゃいけねェのは東条の方だ。もう一度言ってやるが、シバヅキとてめェらが仲間かどうかなんて関係なく、な。オレの連れに怪仏憑けてくれやがったのは東条、あいつだ。……さ、正直に言いたいことがあるンなら喋れ。十数える前に喋れ、ただし。オレは気が短ェ、十秒経つより先に斬るぞ。死にたくなきゃ小細工考えず、すぐ喋るこったな。――さ、一」


「――な、無茶な、待――」


「死ね」


 二を数える前に剣を突き立てようとした円次だったが。

 そのとき、帝釈天のそばの空間に何かが走る。黒い筋のようなもの、まるで空間に刃を突き立て、裂いたような。


「な……」

 円次がつぶやく間に、その黒い筋は、空間の裂け目は広がり、人が通れるほどの穴となり。そこから東条紫苑が歩いて出てきた。


 にこやかに紫苑は言う。

「やあやあ、どうも。大変だったね帝釈天、まさに間一髪といったところかな」


 さすがに理解が追いつかず、円次が目を瞬かせるうちに。続いて空間の穴から出てきた、鈴下紡と至寂が。


「……え? え? ……どういうことだ、坊さん……あんた何で、そこに」


 至寂は困ったようにほほ笑み、腰より深く頭を下げた。

「恐縮です。実はわたくし、元より紫苑殿のお味方。皆様には大変無礼かとは存じますが、失礼させていただきます」


 円次は口を開けていたが。不意に顔を引きつらせた。

「待てよ。……渦生さんは、あの人はどうした」


 至寂は首を横に振る。

「あの者は紫苑殿のお味方ではない。つまりは、わたくしの敵」


「……てめェ」

 表情を消した円次が、至寂へ刀を向ける。傍らで持国天も身構えた。


 至寂はほほ笑む。

「慕われているのですね、彼は。……殺めてはおりません、彼はわたくしにとっても大事な友人。見かければ、介抱してやって下さい」

 そして頭を下げた。


 その間に帝釈天は跳び退き、円次の間合いから逃れる。紫苑らの方へと合流した。

「――いや、正に間一髪でございました。少々あせらされました、我などはどうでもよいが……あ奴を斬られては元も子もない」


 紫苑はうなずく。

「そのとおりだ、君には悪いがね。よくぞ守ってくれた……正観音ライトカノン、例のものをここへ」


「――ははっ!」

 声と共に正観音ライトカノンが跳び、紫苑の前でひざまずく。そして、ベルトに取りつけてあったもののうち、二枚のカードをうやうやしく差し出した。

「――我があるじよ、正に今こそささげましょうぞ! 私めと同体にして頼もしき仲間『馬頭観音バトー』、『如意輪観音ニョイリーン』。彼らの化身にございます!」


 至寂もまた、懐から一冊の本を取り出す。象の顔を描いたブックカバーがかけられていた。

「こちらも今のうちにお渡ししておきましょう。『歓喜天かんぎてん』の化身にございます」

 ブックカバーを外し、本自体を紫苑へ手渡す。

 カバーの方はなぜか正観音ライトカノンへと渡し、そちらへ深く頭を下げた。

「こちらの半身、我が剣にてずいぶんと傷つけてしまいました……恐縮です」


 正観音ライトカノンは胸を張る。

「――なんの、お役目とあらば仕方ない! 我が友もお役に立てて名誉に思っているであろう! ハーッハッハ!」


 円次は刀を構え、間合いを詰める。

「てめェら……何の話をしてる。渦生さんは、他の奴らはどうした」


 紫苑は肩をすくめた。

「何、心配することはないよ。他の皆も無事だ。いや、まだ四大明王と戦っている組もあったかな? ま、大丈夫だろう。別に殺す必要はない……谷﨑さん以外を足止めしていてくれれば、僕としてはよかったのだからね」

 ほほ笑んでみせる。

「いや、それにしても。こう言っては失礼だが、意外な洞察力だ。頭がいいな君は。ご明察のとおり、シバヅキも明王らも僕の差し金……全ては思惑通りさ」


 さて、とつぶやき、紫苑は右手を振るう。いつの間にかそこには剣が握られていた。

「次に行こう。『あと二体』の怪仏を受け取りにね」


 無造作に斬り下ろされた、その剣が空間を黒く裂く。広がったその裂け目に、紫苑たちは姿を消した。


「おい……!」

 円次は追うも、裂け目が口を閉じていく。


 消えていく裂け目の向こう、目を伏せていた鈴下紡が無言のまま手を振った。ひらひらとひらめく白い手が見え、やがて裂け目は跡形もなくなった。


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