四ノ巻15話 宿敵、仲よく集団登校
――だがここでは人目につく、百見くんの力も僕の過去もね。
そうだ、遅刻してもいけないわけだし。続きは学校でしよう、生徒会室ならこの時間、邪魔も入らないだろうしね――。
そんな言葉に押された形で、全員が歩いている。早朝の通学路を学校へ向け、ぞろぞろと。
紫苑と鈴下は用意のいいことに持ってきていた、替えの制服に着替えている。怪仏らはすでにその姿を消していた。
平坂は顔をしかめていた。紫苑の背を見たまま、隣を歩く百見に顔を寄せてささやく。
「おい……またあいつの間合いだぜこれ」
同じく前を見たまま、百見が応える。
「ええ。ですが向こうの状況を知るために、最も正確性のある方法というのも事実。――以前、怪仏を憑けられた斉藤くんの記憶を見たことがあります。その映像の中、おそらく大暗黒天の力で、拒むように『塗り潰されている』箇所こそありましたが。記録の
先導するように前を歩く紫苑が、のんびりとした声を上げた。よく晴れた空、その下を歩きながら言うのに似つかわしい声。先ほどまで互いを潰し合い、血を流した人間には不釣合いな声。
「ああ、そうそう。さすがに校内では、部外者の方は立ち入りをご遠慮願いたいですね」
渦生はとたんに顔をしかめ、何か言うように口を開きかけたが。
「ええ。仕方ありませんね」
それより先に、至寂が大きくうなずいていた。
渦生は隣を歩く至寂に、噛みつくように顔を向けた。
「ちょ、待て! 何言ってんだてめえは、むざむざ敵の――」
穏やかな表情で至寂は言う。
「無関係な学校で、無用な騒ぎを起こすべきではありません。かといって学生たる皆さんを登校させないというのも感心できませんね。若人から勉学の機会を奪うなどと、それがどういうことか分かっているのですか」
急に眉根を険しく寄せ、渦生を指差す。
皆の方を向き、顔を見回しながら言った。
「ご覧なさい!
紫苑が口を開け、何度か小さくうなずく。
「あ~……」
横で鈴下が苦笑いする。
「なるほど、ですね~……」
平坂はしきりにうなずいていた。
「確かに、こうはなりたくねェもんな……」
渦生が声を上げた。
「おおぉい!? 何だその扱い、だいたい平坂てめえ! 俺が部活で世話してやってんの、忘れたとは言わせねぇぞ!」
平坂は肩をすくめ、渦生から距離を取る。
「おいおい早速パワハラかよ……程度が知れるぜ」
「ええぇ!? そ、それに東条紫苑! てめえらに言われる筋合いはねぇぞ、俺の何を知ってるってんだ!」
言いにくそうに、紫苑が視線をうつむける。
「それは……まあ、見ればだいたいは、というか」
鈴下もうなずいた。
「ですね、ですよねー」
至寂はにこやかな表情でうなずく。
「どうやら分かっていただけた様子。
「いや全くよろしくねぇよ! 全然幸いじゃねぇからなこれ!?」
大声を上げた渦生に、至寂は穏やかに笑いかける。
「
「そうとは思えねぇが――」
いぶかしむ渦生の肩に、至寂は優しく手を置いた。
「人生の師――いや、反面教師として」
「ダメじゃねぇかそれ!?」
手を振り払った渦生に、至寂は笑って頭を下げた。
「恐縮です」
「勝手に恐縮してろ! もういいわ!」
平坂がかすみの方に来て言う。
「話には聞いてたが、あの坊さんが至寂って奴か。お前を助けたっていう」
かすみはうなずく。
「はい、私もよくは知らないんですが。渦生さんの、僧侶時代の同期で親友。崇春さんと百見さんとも仏教関係というか同じ宗派で、お互いよく知ってるみたいです」
平坂は考えるように腕組みをする。
「なるほどな……渦生さんと知り合いってこたァ、信用しねェ方がいいな」
「おいっ!」
聞きとがめた渦生が声を上げた。
そのとき、紫苑もまた声を上げていた。
「ああ、そうだ。信用とか知り合いといえば、僕らもそちらの方のことはよく知らないな……至寂さん、だったか。妙なことを言っていましたね、『大暗黒天』を知っているような。僕の扱う怪仏と、過去に何かあったような。それにそう、『帝釈天』のことも知っているようだった」
足を止め、真っ直ぐに至寂へ視線を向ける。
「教えてもらいましょうか。僕の知らない、僕の怪仏のことを」
渦生が足を止め、息を呑む。
至寂も足を止め、視線を伏せ。静かに、うなずいた。
「ええ。お話、いたしましょう」
「お前、けどよ……!」
声を上げた渦生に向け、首を横に振ってみせる。
「善いのです、知っておいてもらった方が話は早いでしょう。あくまでも、彼に力を捨ててもらうという話は、ですが」
紫苑はにこやかにうなずいた。
「聞いたからといってそうするかはともかく。お互いに提示する交渉材料の一つ、そう受け取っておきましょう」
「……待てい」
のっそりと口を開いたのは崇春だった。気に入らぬげに険しい表情で。
「『そちらの方のことはよく知らない』、だのと言うてくれたが。……そもそもわしらとて、お
確かに、とかすみは思った。
昨日紫苑らと直接会ったのは、かすみとこの場にいない賀来、斉藤のみ。そのかすみらにしても、彼らと昨日会ったばかり。しかもかすみらが罠を張り、向こうはそれを逆用してさらなる罠をしかけてきたという間柄。
とても、知り合っているとは言えない。
慎重にかすみはうなずく。
「そうですね……信用していいのかどうか。言葉の一つ一つからして、すでに」
紫苑は眉をわずかに寄せ、肩を揺らして苦笑した。
「う~ん、疑われたものだね。しかしまあ当然だ、君たちは賢い」
表情を正すと真っ直ぐな視線をかすみに向け、崇春に向ける。
「しかし、だ。今の状況、『お互いに未知の部分がある』ということが現実。なら、『互いに情報を提示し合い、落とし所を探る』ことが必要になってくるんじゃあないかな。少なくとも、僕はそのために来た……殴り倒した後で話を、なんてのは決して本意じゃない」
百見が眼鏡を押し上げる。
「ほう、これは立派なご意見だ。昨日、他人に怪仏を無理やり
鈴下が眼鏡をつまみ上げ、噛みつくように歯を剥いた。
「あぁ? 話の流れも空気も読めないんですかねこの人、鼓膜に穴でも開いてるんじゃないですかその知恵袋の底同様」
わずかに頬を引きつらせ、百見は黙る。
代わって崇春が身を乗り出した。鈴下に、突き通すような視線を向けながら。
「
息を吸い込むと強く声を上げた。
「わしは百見を信頼しておる! 奴の知恵袋はのう、底抜けよ!」
しばらく黙っていた後、百見が口を開く。
「……いや、気持ちはありがたい、それにその言葉で意味が通ることは通るんだが。細かいことを言えば、結局袋に穴が開いてるみたいで嫌だ……『底無し』にしてくれると、より嬉しかったかな」
崇春は音を立てて百見の肩を叩く。
「おう、それよそれ! さすがは百見、早速知恵のあるところを見せてくれるのう! がっはっは!」
至寂は息をつき、苦く笑う。
「いや、なるほど。……
「お前の目は何を見てるんだ」
渦生がつぶやくのに構う様子もなく、至寂は紫苑に目を向けた。表情を正して。
「さて。
崇春らの方を見渡し、言葉を続ける。
「お話しいたしましょう。
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