二ノ巻24話 賀来留美子はいろいろ言いたい
翌日、教室で。
「ほーーん、で? そーんな面白いことがあったのに、この我は仲間外れかーぁ。ふーーーん、へーーぇ」
かすみは苦く笑って言った。崇春や百見が何か言って、ややこしくなる前に。
「いや、面白いとかじゃないですからね? 石灯篭真っ二つにして石畳とか叩き割るような戦いですよ、めちゃくちゃ危険――」
銀髪混じりのツインテールを震わせ、食らいつくように賀来が顔を向ける。
「何それ超見たい! 超絶見たいではないか、くぅぅ……人智を越えた魔力と召喚術飛び交う戦いかぁ、はぁぁ~いい、いいなぁ何とも空想的かつ麗しい光景であったろうなぁ……」
うっとりと視線を宙に向けつつ両手でほおづえを突き、机の下でばたばたと足を動かす賀来には悪いが。実際はよく分からない怪仏――帝釈天――が尻を焦がされたり、結局平坂が剣術で打ち勝ったりしたのだった。
気を使ってか、珍しく斉藤
「ウス……まあ、仕方ない、と思うス……そんな戦いじゃ、何の力もないオレたちが、いても……迷惑になる、ス」
賀来は意外そうに目を見開いたが。すぐに、浴びせかけるように笑ってみせる。
「そんなことを言うものではない。斉藤くんがいれば、どんな戦いだって大丈夫であろう。な?」
「ウ、ス……」
目をそらした斉藤に向け、さらに畳みかける。身につけたコロンの香りが届くくらいに体を寄せて。
「だから、だな? 次にそうしたことがあれば、我らも絶対呼んでもらおうではないか! な、そうしよ、それがいい! ほらどうだ、斉藤くんもそう言っているのだぞ、な?」
勝手に斉藤の同意を得たことにして、崇春の方を見て言った。
腕を組んだ崇春は苦い顔をしていた。昨日は血を流すほどの怪我をして倒れていたはずだが、今はそのような跡もなく、
「むう……しかしじゃ、今回の戦いも危ういところじゃった……平坂さんの力がなければどうなったことか。もしも二人が来ちょったとして、守り切れたかどうか――」
賀来はそこで笑ってみせる。
「何を言っておる、貴様と斉藤くんがおるのだぞ? どんな敵からでも守ってくれるに決まっておろうが。それこそ、貴様の言うところの『目立つ』というものではないか」
崇春は強く拳を握り、足音を立てて床を踏む。
「おうよ! まったくそのとおりじゃい、どんな時でも誰が相手でも、目立って目立って目立ちまくったるんじゃい!」
かすみは密かに息をついた。
どうやら、いつもの雰囲気に戻ってきた。本当はそれでも、多くの疑問が残っているが――
そう思う間に賀来が言う。
「そうだ! それでも心配だというのなら……我らも守護仏? とやらを得ればよいのではないか!」
かすみの、斉藤の、崇春の顔をくるくるとのぞき込みながら賀来は続ける。
「な、そうであろう、よくは知らぬがきっと格好よい――」
だん、と重い音を立てて机が叩かれた。無言の百見の手によって。
賀来は動きを止め、それからかすみたちに目をやり、ちらりと百見の表情をうかがって。決まり悪げに、姿勢を正した。
しばらく誰も何も言わなかったが。やがて百見が口を開く。
「……あまり軽々しく言わないでほしい。斉藤くんの例を近くで見ただろう……怪仏は業を持つ者の望みを叶えるように見えて、その者を取り込んでしまう。あるいはその者の心すら、望みすら歪ませて。――話してはいなかったが、僕らの使う守護仏も本質的には怪仏と同じ。例外的に制御することができているだけだ」
上目遣いに賀来が言う。
「ではだな、その例外というのにだな――」
努めて無表情に――表情を消そうとしていると分かる程度には、感情をあらわに――、百見は賀来をにらむ。
「例外は例外、どうにもできるものじゃあない。……この話はここまでだ」
しばらく誰もが黙っていた後、崇春がなだめるように言う。
「ガーライルよ、そうは言うがの。怪仏とはすなわち
なぜだろう。その言葉を向けられたわけでもない百見が、不意に崇春から顔を背けた。見ていられないとでもいった風に。眉の端を下げ、わずかに唇を噛んで。
賀来はそれでも、不満げに口をすぼめる。
「んー……そうは言ってもだな、やっぱりあった方が格好よいではないか。な、かすみもそう思うであろう?」
「え」
急に話を振られて答えに詰まる。
考えたことはなかったが、言われてみればどうだろう。
確かに、その力があった方が。悔しい思いはしなくて済むのではないか。崇春たちだけを危険な目に遭わせることも。守られるばかりで、何もできないなんてこともなくて済むのではないか。だったら――
賀来が言葉を継いで、そちらに注意が向いたことで。かすみの思考は中断された。
「それにだな、平坂だって、何? 四天王とやらを使ったのだろう、それなら――」
そうだ、それこそ問題だ。
なぜ平坂の持国天を封じようとしたのか? それに崇春はともかく、渦生は何も言わなかった。つまり渦生も容認するだけの理由が?
その思考はまたも中断された。百見が不機嫌げに、机を指で叩く音で。
かぶりを振って息をついて、それからしばらく――感情を整えようとするみたいに――間を空けて。百見はやっと口を開く。いつもと変わらぬ表情で。
「まったく……しょうがない人だね、カラベラ嬢。その話は終わりだと言ったはずだが。……とにかく、平坂さんの方だって。いつまでも怪仏を持っていてもらうつもりはないさ、いつ取り込まれないとも限らない。説明して封じさせてもらうつもりだよ」
嘘だ。
いや、今は言葉どおりのつもりでいるのかも知れないが。昨日は奇襲をかけてまで封じようとしていた。有無を言わさずに。
それほどまでして封じなければいけない理由でもあるのか、持国天を? 何の力もない、と持国天自身は言っていたが。
いや、あるいは。探しているといったのは『四天王の残り二尊』――なら。もう一尊、『毘沙門天』も封じるということか? なぜ?
かすみが考え込んでいたとき、不意に斉藤が口を開く。
「ウス……自分なんかが、言うことでもない、スけど……危険ス、からね……
賀来は横目で斉藤を見、視線をうつむける。さすがに黙った。
同じようにうつむき、斉藤は言った。
「それに……大丈夫、スかね……平坂さんたち」
思考をいったん脇に置いてかすみは言う。
「まあ、大きな怪我はないみたいでしたけど。でも平坂さんは一度、倒れるぐらい攻撃されたんでしたっけ……」
直接見てはいないが、渦生の説明によればそうだ。渦生と帝釈天との戦いの後、現れた黒田――阿修羅――に、渦生も平坂も襲われた。
顔をうつむけて斉藤は言う。
「それも、スけど……なんて言うか、自分たちのときは、どうにか……だったスけど……」
斉藤はそれきり黙ってしまったが。言いたいことは分かった。
斉藤と賀来のときは、ちゃんと和解することができた。二人の間でも、かすみたちとも。
それができるのだろうか、平坂と黒田の間で。一度は倒されてしまうほどに、その力を向けられた相手と。
百見は小さくうなずく。
「確かに、それは
その声の合間に。廊下から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ヤだ! ぜってーヤだからなオレはマジで!」
「えー、行くって言ったじゃん円次!」
平坂と、黒田の声だった。
やがて廊下を歩いてくる二人が見えた。かすみたちには気づいていないのか、互いを見ながら言う。
「ヤだって、やっぱヤだからもうぜってー行かねェからオレ! ヤだ、ヤだヤだヤだヤだ!」
反対側へ歩き去ろうとする平坂の腕を黒田がつかむ。足を踏ん張って引っ張った。
「待ってよ、行くって言ったじゃないかあの子たちのとこ! 一緒に来てくれる、って言っただろ! ……じゃいいよ、僕一人で謝ってくるよ。けど――」
不意に真顔になり、低い声を作って続ける。
「『オレは嘘はつかねェ主義だ』――だっけ」
円次が鼻の奥で息を詰まらせ、豚の鳴き声みたいな音が上がった。
「ンなっ……」
黒田は真顔のままで言う。
「嘘は言わないんだろ、だったら言ったとおりついて来てよ。なにせ『オレァ嘘ァつかねェ主義だ』だろ?」
「な、お前、あんとき聞いて――あ」
食いかかるように黒田に顔を寄せていた平坂だったが。初めてこちらに気づいたように、かすみと目が合った。
「…………」
「…………」
互いに無言の時間が過ぎた後で。
「……ンだよ、何か文句でも――」
平坂が眉根を寄せ、かすみたちを見回しながらにらんでくる中。
「本当にすみませんでした!!」
黒田は腰より低く頭を下げ、謝っていた。
平坂が声を上げる。
「今言うなよ! アホみてェじゃねェかオレが!」
黒田は頭を上げずなおも声を張る。
「本当に、本当にすみませんでした!!」
「聞けよ!」
「申し訳ないです、お詫びのしようも――」
「だから聞けェ!」
悲鳴のような平坂の声が響いた後。
どうにか、かすみは口を開いた。
「えー……と……。とにかく、謝罪にいらした、ということでいいです?」
何か言いかけた平坂を手で制し、黒田が再び頭を下げる。
「ええ、なんと言うか……本当に、我ながら不甲斐無い……申し訳ありませんでした。特に崇春くんには、何とお詫びしていいか……」
崇春は歯を見せて笑う。
「なあに、気にせんこっちゃ! わしなら大丈夫じゃし、他に被害が出たわけでもないけぇのう!」
渦生は怪我をしていたようだが。それを差し引けば、壊れた物も崇春の力で直ったわけだし、被害はないと考えてもいいのかもしれなかった。
気がすすまないながら、かすみは口を開く。
「その、それはいいとしても……あの、お二人の間での……」
周りに被害はないと考えてもいい、ただし。
渦生の他に、平坂自身が怪我をさせられていたはずだ。そのことも含めてどう決着をつけるべきなのか。それは先ほど、かすみたちが懸念していたことでもあった。
平坂が言う。
「あーそれな。その話なら終わった終わった。なんもねェよ」
「……え?」
円次は肩をすくめてみせる。
「別に、こいつはオレを殺しかけたのかもしれねェが……オレだって何度も殺しそうになったし。つーか、オレがもしもこいつだったら。多分同じことやってた」
「え……」
平坂は緩く息をつき、笑う。粗く波打つ髪をもみしだくようにかいて、照れたように。
「なんかよ、嬉しいンだ。そンぐらいこいつが、剣のこと大事に、想っててくれたってよ」
「そうなん……ですか」
分からない。正直全然分からない、が。
きっとそれは、百見が言ったように。当人たちの問題なのだろう。そして当人たちが問題ないのなら。きっと、それでいいのだろう。
かすみの口から緩く息が漏れる。肩から同じく力が抜けた。
それならまあ、とりあえずは――
「一件落着とは、まだいかんの」
言ったのは腕組みをした崇春だった。
「昨日はともかくあれでよかったわけじゃが。やはり、どうしても気になるわい――」
黒田に向き直り、言葉を継ぐ。
「昨日も聞いたが。怪仏の力、どこで手に入れたんじゃ。お
黒田の目を、そして平坂の目を見、続けた。
「お
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