二ノ巻3話  その男は


 翌朝、学校の教室で。

かすみが事情を説明し、昨日誘わなかったことに一同で頭を下げた後。斉藤逸人そるとに、剣道部のことを聞いた。


「平坂、さんスか……いるっスよ。剣道部のエース、っていうんスかね。一つ上の、二年、ス」


 表情を変えることもなく――やはり優しい――、そう教えてくれた。


 百見が尋ねる。

「昨日見たのは長髪が波打った感じの、荒っぽい口調の男だったが……そんな感じかい」


 斉藤は苦笑する。

「そう、スね。話し方はそんな感じ、っス」

さやのついた木刀を持っていたが……剣道部ではそんなのを使うのかな。珍しい気もするが」


 ああ、とうなずいて斉藤は答える。

かた、っていうのがあるんスけど――剣道に限らず、柔道とか日本武道には――、分かる、スかね」


 百見はうなずく。

「攻防や反撃の動作を、定められた手順のとおりに反復する……そういう練習でよかったかな」

「そんな感じ、ス。で、剣道のかたは木刀でやるんスけど。そのとき……平坂さんだけ、さやのある木刀を持ってた、スね」


 昨日の男の――木刀で茂みを斬り払った――動きを思い出し、かすみは口を開いた。

「居合……みたいな動きも、練習するんですかね」


 斉藤は首を横に振る。

「そういうのは、剣道にはない……みたい、スね。ただ、鞘のあるやつを持ってたのは間違いない、ス」


 崇春が腕組みをする。

「むう……やはり、昨日のもんはその男のようじゃのう」


 百見は言う。

「会ってみない限り、断定まではすべきじゃないが。今のところはそのようだね。ところで」

 不意に、賀来の方を向いて続けた。

「昨日の男、よく君のことまで知っていたものだね。斉藤くんはともかく、君自身は柔道部でもないのに」


 な、と言いかけた口の形のまま、賀来の動きが止まる。そっぽを向いた。

「……なん、だ、それは。我が知るわけもないであろう、そんなこと。昨日の奴にでも聞いてみればいいだろう」


 百見は小さく――いかにも形だけといった感じで――頭を下げた。

「失礼。けれど……君の受け答えからすると、何か心当たりがあるのでは? いや、もちろんプライバシーというものがある、無理にとは言わないが……何が手がかりになるか分からない。怪仏に関係する人物の情報、少しでも引き出しておきたいところなんだ」


 目をそらせてうつむき、長い間黙った後。賀来は言った。

「一回、様子を見に行ったことがある……。柔道部の、斉藤くんの」

 意外に思い、かすみは視線を二人に向ける。

斉藤は何も言わずうつむき、賀来は両手を突き出して、首を横に振り回す。

「いやっ、別に何だ、何でっていうわけじゃなくてその――」

 手を下ろし、うなだれた。

「――その、何だ。斉藤くんも色々あったし……私のせいで。なのに、部活とかして大丈夫なのかって……様子を、見に」


 この間の怪仏騒動――賀来が他の生徒へ向けた呪いを遠因として、怪仏に操られた斉藤が起こした事件。

 最終的には百見が怪仏を封じて一件落着したのだが。その直前には崇春が、怪仏と化した斉藤と戦って倒している。

 崇春も斉藤もその後手当てをして、すぐにバーベキューに参加したぐらいだったし大丈夫そうではあったが。


 それでも心配したのだろう、賀来は。おそらくは、自分の責任を感じて。


「――いやっ結局大丈夫そうというか、私が見てもよく分からなかったがとにかく湿布と飲み物とかを持って――」


 身振り手振りをしながら早口に続ける賀来へ。突きつけるように、かすみは指を差した。

「賀来さん!」

「なっ、何」


 身をすくませる賀来へ、指を差したまま思い切り微笑む。

「――優しい」


 賀来は動きを止め、大きく口を開けていた。

「な……何だそれ! 何だその、評価は!」


 何か言ってくる賀来の言葉を聞き流しながら、にやにやとかすみは笑っていた。

 嬉しかった。めちゃくちゃなところはあるけれど、友人が優しい人で。


 百見がうなずく。

「なるほど。彼はそのときのことを覚えていたわけか。そういうことなら納得だ、カラベラ嬢は人目を引くしね」


 銀髪交じりのツインテールに、長く反り返ったつけまつ毛。制服の襟や裾はチェック柄の布で改造されて、ボタンはどこで買ったのか頭蓋骨ずがいこつ型。どうあれ、賀来のよそおいは人目を引く。人形のように整ったその顔立ち以上に。


 崇春が口を開く。

「むう。ともあれ、平坂円次というたか。その男とはまた会わねばなるまい」


 かすみもうなずいて考える。

どこの誰かは判っている、会うだけならすぐにできるだろう。だが――

「――会って、ちゃんと話してくれますかね」

 昨日の様子を見るに、いきなり行って正直に怪仏の話をしてくれるとも思えない。たとえば、本人が怪仏と化しているところをはっきりと目撃でもしない限り。

「だいたい何て聞いたらいいのか……とりあえず、様子を見た方がいいんでしょうか」


 考えるようにあごに指を当て、百見がうなずく。

「現時点ではそうなるか。できれば、何をそのごう――執着――の対象とするのか、つまり怪仏となった要因は何なのか。そしてその目的や、害を与えようとする対象は何なのか。その辺りを見極めていきたいが……そうだ」


 不意にそこで斉藤を見る。

「部活といえば。柔道部、人手が足りない、なんてことはないかな?」


 斉藤が目を瞬かせていると、百見は続けた。

「なに、臨時の助っ人はいかがかと思ってね。おそらくは、君に次ぐぐらいの怪力の」


 そうして崇春の肩を叩く。ささやいた。

「さあ崇春。目立ちの舞台は整った」


 崇春は目を瞬かせていたが。すぐに分厚い胸を張り、分厚い拳でそこを叩いた。

「がっはっは! 任さんかい、この崇春! いつでもどこでも、目立って目立って、目立ちまくったるんじゃい!」

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