二ノ巻『闇に響くは修羅天剣』  序章  修羅


 闇の中、ばちり、ばちりと音がする。火花の散るような音がする。

 しかしそこに明かりはなかった。はじけるような音だけが、立ち木の間に響いていた。焼けつくような熱を帯びて。


 それは叩きつけられていた。立ち木の中の一本の木、人の首ほどの太さの木に。天へ振りかぶられた竹刀しないが。斜めへ向けて断ち斬るように。

 ばちり、と音を立て跳ね返ったそれは、また天へと振りかぶられ。反対側の斜め下へ、風を切りながら振り落とされた。


 振るうのは、はかまいた道着の男。獣のように荒い息が、しゅう、しゅう、と音を立てる。きしるような歯噛はがみの音が、時折それに混ざっていた。


 そうだ、男は歯噛みしていた。白い歯をいて、闇の中。その手の竹刀も、折れるかと見えるほどに握り締められ、震えていた。


 やがて。男の後ろに影がき立つ。闇の中でもなお濃く黒く、揺らめいたその影は。六本の腕を備えていた。


 竹刀の音がやみ、静寂しじまが闇に満ちたとき。六本腕のその影が、ゆらり、と動いて天を差した。男の手もまた、掲げるように竹刀を振りかぶる。


その竹刀から音がした。みちり、みちり、と音がした。まるで握り潰すような、弓のつるをちぎれんばかりに引き絞るような。


 ぜ飛ぶような音がした。人を超えた剛力でもって、竹刀を叩きつけたような。


 果たして、立ち木はへし折れていた。ゆらめく影の中で振り抜いていた、その手の竹刀ともろともに。


 枝葉を鳴らして倒れる木の前、ゆらめく影にまれたまま。男は白く歯をいた。ようやく、わらうように。



 ――それを、陰から二人は見ていた。

 谷﨑たにさきかすみと賀来がらい留美子は――。


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