第25話  一件落着、肉パーティーだ!


 話を聞いた後、賀来は大きくうめいていた。割れんばかりに強く、頭を両手で押さえながら。

「お、ぉぉ……ぉぉああああああああ! 死ね! 呪われろ私! 死ね、死ね死ね死ね死ね私いいぃ!」

 自らの髪をつかみ、頭を何度も畳に打ちつける。


「ちょ、落ち着いて下さい!」


 目を覚ました斉藤と、連絡を取った賀来。駐在所の部屋でかすみは二人に説明をしていた。百見らの使った力についてはぼかして伝えたつもりだが。


 崇春が全部話した。賀来が呪っているところとか、小学生の賀来も同じなこととか。それらを全部見たことを。

 百見はそこへさらに、その情景を再現して見せた。わざわざ広目天の力を使って、閻摩の絵から墨をすくい取って。


 賀来は今震えながら、畳の上で死体のように転がっている。耳まで赤くなった顔をうつぶせにして隠して。


 斉藤は正座して手をつき、額を畳に押しつけるように頭を下げた。そのままで言う。

「ウス……申し訳、ありませんでした。……ウス」


 賀来は転がったまま、耳を塞いでつぶやいていた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 二人とも、放っておけば二年ぐらいその姿勢を維持しそうだった。


「ちょ、もう、もういいですからー!」

 かすみは二人の肩に手をかけ、起こそうとする。


 百見が言った。

「とにかく、だ。二人とも、今回の原因の一要素ではあるが。決してここまでやろうとした訳ではないだろう。真の原因は怪仏にあるし、その怪仏はすでに封じた。よって、全て解決だ」


「……ウス」

 斉藤は顔を上げる。


「……すいませんでした……」

 賀来は耳から手を外し、半泣きで転がったままそう言った。


 百見が背筋を伸ばし、斉藤に向き直る。

「それより、だ。その原因たる怪仏だが、いったいどうなって君が依代よりしろとなった? 分かりにくければこう言おうか、どこでどうなって取りかれた?」


「ウス、それ、が……」

 斉藤の眉がわずかだけ、困ったように下がる。

「分からない、ス……気づいたら取りかれてた、というか……気づいたら閻摩になって、皆を裁いて……ス」


「ふむ……」

 百見が考えるように口元へ指を当てる。


 と、賀来が――転がったまま――つぶやいた。

「……すまない。すまない……斉藤逸人」


「……」

 斉藤は何も言わず、賀来の方を見た。


「すまない。全部私のせいだ……ていうか、小学生の頃そんなことあったよな。今まで忘れてた……」

 賀来は起き上がり、斉藤の方へ向き直る。赤い顔のまま目をつむり、頭を下げた。

「すまない。私を……我を許せ、斉藤くん」


 斉藤も頭を下げた。

「ウ……ス。許す……ス。こちらこそ、何か、色々……ス」


 頭を下げたまま賀来が言う。

「いや、我の方こそ……」

「いや、オレの方こそ……ス」

 放っておくと二人とも、二年ぐらいそうしていそうだったが。


 崇春が大きく手を叩いた。

「よっしゃ、とにかく! 改めて一件落着じゃい! どうじゃ二人とも、解決の印に。今晩は、わしらと一緒にパーティーといかんか!」


「え、あ……うん」

「……ウス」


 二人がうなずいたのを見ると、崇春は奥の部屋にいた渦生に声をかけた。

「渦生さん! 肉パーティーは二人追加じゃ、よろしく頼むわい!」


「何ぃ、分かった!」

 バーベキューコンロを引っ張り出していた渦生は作業を止めると、笑顔で二人の前に手を出した。

「よし、一人千円な!」




 そんなこんなで。駐在所の裏庭、渦生の車が駐車されている横で――結構広いスペースがあるし、桜の木まで植わっている。一ヶ月ほど前なら花見も楽しめただろう――、肉パーティーとなった。

 その前に念のため、品ノ川先生に電話をかけた。倒れていた他の生徒の様子をそれとなく尋ねようとしたのだが。目を覚ましたという連絡が全員の家から入ったので家庭を回るのに忙しい、そう言われてすぐに切られた。


 それでまあ、とにかく。かすみも安心して、パーティーの準備をすることができた。


 そして今。バーベキューコンロの炭火――先ほどまで渦生と崇春が必死にうちわで扇いで火をおこしていた――の上では、金網に載せられた肉が音を立てながら脂をしたたらせている。時折、炭に落ちた脂が小さく炎を上げる。


 缶ビールを手にした渦生が――顔は煤に汚れ、首にタオルをかけている――言う。

「えー、では諸君。ともかく本件、無事決着ということで。大変お疲れ様でした、ありがとう! 乾杯!」


 乾杯! とかすみたちも応え、手にしたウーロン茶――百見と賀来は紅茶、崇春は緑茶――を掲げ、全員でコップを打ち合わせた。

 口の端にビールの泡をつけたまま、手を叩いて渦生が言う。

「よーしお前ら! 肉は俺のおごりだ、食え食え!」


 バーベキューコンロの傍らには巨大なパックに入った肉――牛だの鶏だの豚だの、カルビだのタレ漬け肉だのホルモンだの――と、乱切りにした野菜類――かすみと賀来が切った――の入ったボウルが並んでいた。一人千円にしては結構な量で、渦生がかなり出してくれたようだ――それにしても、高校生からいきなり金を徴収するのはどうかと思うが――。


 炭の香りがする――煤の香りもするがもはや誰も気にしない――肉を、思い思いに箸で取り、口に運ぶ。

 崇春が存分に肉を噛み締め、飲み込んだ後で言う。

「うむ! 美味い、美味いのう!」


 誰もがひとしきり肉を食べ、新たに具材を載せた後で。ふと気になってかすみはつぶやく。

「あれ? そういえば……お坊さんって、肉食べていいんでしたっけ?」


 崇春と百見、渦生の動きが――箸を構えたまま、あるいは口に肉を運びかけたまま――止まる。


 咳払いの後、百見が言う。

「まずそれは宗派によるが……古くは仏陀の時代、殺生を禁ずる観点から当然肉食は禁じられていた。が、当時の僧侶は食事の全てを、在家信者からの寄進に頼る身――言っておくが、財産などを受けて貯め込むことは禁じられていた――。そして肉類であろうと、せっかく寄進してくれた気持ちを無碍むげにしたくはない。よって、寄進してくれた肉類であれば――僧侶のために屠畜とちくされたものでなければ――食べてよいとされていた」


 渦生が姿勢を正し、合掌の後に礼をする。

「崇春坊、百見坊。ちょっとうちで肉パーティーするんだが、どう考えても余りそうだ。よろしければ、御坊ごぼうらに召し上がっていただきたいがいかがかな?」


 崇春も合掌し、頭を下げた。

「むう、これはかたじけない。ありがたくいただくとしようかの」


 百見も同じく礼をする。その後で言った。

「まあ、現代では厳密に禁じない場合も多い。そもそもこの場に、正式な僧侶は誰もいないわけだしね」

「それはまあ、そうでしたっけ」

 崇春があの格好なのでまぎらわしい。


 そうするうち、賀来が大ぶりなタッパーを手に崇春の元に寄る。

「あの、何だ。色々と済まなかったが……ほら、これ、どうぞ。好きだっただろう」

 中にはぎっしりと、ポテトサラダが入っていた。

 崇春が笑顔で合掌する。

「むう! これはありがたいわい、頂戴ちょうだいするとしようかの!」


 なぜだか頬が引きつるのを感じながら。かすみも崇春の横に来て言う。

「ええ、どうぞどうぞ! 私が、賀来さんと一緒に作ったポテトサラダを!」

 嘘ではない。駐在所の台所でかすみと賀来が一緒にじゃがいもの皮を剥き、レンジで加熱した後潰し、同じく火を通したニンジンの他、きゅうりやハムと一緒にマヨネーズで味つけした――最終的にかすみがコショウをかけて調味した――合作のポテトサラダだった。


 口の端を上げて賀来が笑う。

「そうだな。二人で作って、谷﨑さんがコショウを振った後、最終的に私がウスターソースで味を調えた、ポテトサラダだ」

「な……に……?」

 思わずかすみはつぶやいていたが。崇春は構わず、タッパーごとポテトサラダをかき込んでいた。よく噛んだ後、飲み込んでから言う。

「うむ、美味い! 美味いぞおおおお!」


 かすみと賀来は声を上げる。

「ちょ、それ! 他の人の分も入ってますからね!?」

「汚いなお前! 皿に取って食え!」

「むう……」


 うなだれた崇春の肩に渦生が腕を絡ませる。反対側の腕には斉藤の肩を抱えていた。

「おう、楽しそうだな! よぅしもっと楽しくなれや、飲め飲めぇい!」

 ビールの缶を掲げてみせるが。


 百見が横から言う。

「いえ、せっかくですが。我々には例のキープボトルがありますから。それでいいな、崇春」

 崇春が笑ってうなずく。

「おう! 久々にやるとするかい、崇春酒すしゅんざけをの!」


 百見は傍らの段ボールを探ると、大きな徳利を取り出した。茶色い、素焼きに近いもの。

 崇春はそれを受け取ると栓を開け、音を立てて自らのコップに注いだ。その液体は白く、重たげに揺れている。濁り酒の類だろうか。


 口をつけたそのコップの底を、まるで天に掲げるように。一息に崇春は飲み干した。目をつむり、息をつく。

「くうーっ! やはり効くわい、ストレートはのう! さあ、お主らも一杯どうじゃい! さあ、さあ!」

 かすみと賀来、斉藤にも紙コップを新たに出して渡し、徳利の中身を注いでくる。


 百見が言う。

「初心者にストレートはきついだろう。水割りでいかがかな」

 そして手にしたペットボトルから水を注ぎ、マドラーで軽く混ぜていく。


「……」

 手にしたコップの中身を見る。思ったほどどろどろした様子でもなく――むしろ透明感すら持って――それはかき混ぜられたままに、くるくると回っていた。鼻を近づけると、嗅ぎ覚えのある匂いがした。甘い、そう優しく甘い、水で割って飲む乳酸菌飲料のような。

「……?」

 果たして、口をつけてみると。それは紛れもなく、幼い頃夏休みに飲んだあの味。ちょっと薄め過ぎたぐらいの、カルピスだった。


 百見が口を開く。

「言っておくが、これはカルピスサワーなどではない。純度百パーセントの崇春酒。つまり、アルコールゼロパーセントのカルピスだ」

「それ、お酒じゃありませんからー!」

 かすみが言うと、百見は肩をすくめた。

「確かに一側面から見れば君の言うとおりだろう。だが崇春に関して、これだけは言える。彼は常に、自分に酔っている……アルコールに酔う以上にね。よってアルコールだろうとそうでなかろうと、彼にとっては同じ。つまりこのカルピスは崇春酒である……彼にとっては。そう言って差しつかえはないだろう」

「は、はあ……」


 かすみが目を向けた先では、崇春が渦生とコップを打ち合わせ、一息にその中身を飲んでいた。

 崇春が斉藤に声をかける。

「おう、おんしもどうじゃ、お代わりは!」

 斉藤はうなずき、コップを差し出す。

「ウス……オレも、崇春酒……ロックで」

「おう、つうじゃの!」

 傍らのボウルから氷を取り出し、斉藤のコップに入れた後、徳利の中身を注ぐ。


 喉を鳴らしてそれを飲み、斉藤は微笑んだ。

「ウス……美味い、ス」

「がっはっは! そうじゃろうそうじゃろう!」

 崇春は斉藤と肩を組み、斉藤もまた崇春の肩に腕を回した。


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