第17話 呪いは解かれた……?
「えー、はい、そうなんです、崇春さんが凄いこと……いえ、とにかく上手く説得してくれて……ですから、渦生さんはそちらでいて下さい。百見さんと一緒に」
かすみは自分のスマートフォンで電話をかけていた。放課後、学校の裏門で。賀来との待ち合わせ場所は裏門の外、少し離れた角の所だったが。かすみは身を隠すように学校の敷地内、裏門の陰にいる。
「いや、本当にいいんですって。ちょっと前にも連絡したとおりです、多分来ても邪魔者になるだけかも……私もですけど」
門柱から顔だけ出して道の先をうかがう。そこには崇春と、顔をうつむけた賀来がいた。
ここからではよく分からないが二人は何か言葉を交わし、その後で賀来がスマートフォンを取り出す。しばらくそれを操作していた後、崇春に画面を示した。
崇春は大きくうなずくと、小走りにかすみの方へやってきた。
かすみはつないだままの携帯を下ろし、崇春へ声をかけた。
「ちょ、放っておいていいんですか? 賀来さんのこと」
「む? 何の話じゃ?」
そうだ、別につき合い出したとかそういうわけではないのか――何だか、かすみまでそういうつもりになっていた。そうか、そうだった。
なぜか大きく息をついて。小さく咳払いした後で言う。
「で、上手くいったんですか」
「うむ。呪いを解くよう言うたら、例の書き込みを全て削除してくれたわい。あの呪文が引き金となるっちゅうんなら、これで呪いなど無くなるじゃろう」
かすみは携帯を持ち上げる。
「あ、もしもし。今終わったみたいです、呪文の書き込みは全部削除してくれたそうで。はい、これでみんな目を覚ますはずです! 百見さんも」
かすみは大きく息をつき、肩を落とした。まさに肩の荷が下りたというやつだ。
何もかもこれで済んだ、みんな助かった。こんなことをした賀来をどうしたらいいのか、という問題はあるだろうが、それは今後崇春と渦生、それに百見が話し合うだろう。そういえばかすみがなぜ狙われたのかも気にはなるが。それは別に今聞かなくても――
『――﨑、谷﨑! 聞いてんのかおい!』
気づけば電話の向こうから渦生の怒鳴る声が響いていた。
『どうなってる……起きる気配なんかねえぞ!』
「え」
『揺すってもしばいても起きねえ、反応すらねえぞ!』
それはそれで大丈夫かとも思うが。
「あの……もう少し、様子を見てみては」
崇春が携帯を奪い取る。
「どうしたんじゃ! 百見、無事か百見!」
『うるせえよ! ……別に変わった様子はない、ただ、本当に何の変化もねえ。他に解き方はねえのか? ……大体、あの呪文が引き金で合ってるのか?』
「むう!?」
かすみは携帯を奪い返す。
「崇春さん、あの人、賀来さん、早く呼んで!」
「むう!」
崇春は走り、賀来に何事か告げ、手を握って半ば無理やりかすみの所へ引っ張ってきた。
かすみは言う。なぜかわたわたとした身振り手振りを、携帯を持ったまま加えてしまう。
「賀来さんっ、なんか、あのですねその――」
そのとき携帯から渦生の――多分怒鳴っているのだろうが電話なので小さく聞こえる――声が聞こえた。
全員で話せるよう、電話をスピーカーモードにする。とたん、渦生の声が響いた。
『――聞いてんのか! おい、そこに例の、ガーライルとかはいるのか! 電話代われ!』
賀来の方を見ながらかすみは答える。
「います! 賀来さん、こちらはえーと、保護者の方です! 百見さん、岸山一見さんを看てもらってます!」
電話口からの大声に賀来は身をすくませ、崇春の方に身を寄せた――それでかすみの頬は、なぜだかひどく引きつった――が、とにかく返事をした。
「はい、あの、賀来です……すいません」
『すいませんで済むかボケェ! すいませんで済んだら警察要るかボケ死ねバーカ! ……いや、すまん。取り乱した』
咳払いの後続ける。
『とにかくだな、呪いを解いてほしい。こっちじゃあ岸山一見が、昨日から倒れたままだ。書き込みは削除されたようだが目を覚ましてねえ。解いてくれ、分かるか』
「あ、はあ……」
賀来は自分のスマートフォンをしばらく操作し、それから言った。
「これで、解いた……と思う、んだが」
賀来は崇春に見えるよう、スマホの画面を示す。
かすみも横からのぞき込んだ。ツイッターの画面には『天にまします我らの父よ』『願わくば御名の崇められんことを』『懺悔いたします、私は多くの人を呪いました』『私の容姿を、言動を、在り方を否定したことでクラスメイトや他の生徒を』『古本屋で私の推し作家の本、推し漫画家の本を、
確かに地蔵に襲われた日、古本屋には寄ったが。そんなことで呪われてたのか、私。目まいに似た感覚を覚えたかすみだったが、それより。
「どうですか、百見さんは!?」
『……起きねえよ』
賀来の顔が見る間に歪む。泣き出す直前のように、ぐしゃぐしゃと。
「え? え、あれ? 嘘……嘘?」
眉根を寄せ、目尻が下がり、頬を歪め、見回す。崇春を、かすみを、かすみの持った電話を、答えを求めるように。
もちろん誰も答えられるはずはなく、それで彼女は、ぐるぐると三者を見回し続けた。
「そんな、ちょっと待ってちょっと……もういいから! やめるから、いいから、私が悪かったから……起きて、起きて下さい……」
祈るみたいに組んだ両手をかき抱くように胸に、口元につける。震えながら、目をつむって。
それでも、電話口からは何も言ってこない。
「……ごめんなさい」
震えながら、体を折り曲げるようにうつむき、賀来は言った。
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい……悪かった、私が悪かったんだ……馬鹿にされてムカついて、ちょっと知ってる呪いのやり方をやってみたら……次の日にはそいつが倒れてた。面白かった、ごめんなさい、私の力だと、選ばれし私の力だと思ってた……なのに」
その目から涙が落ちる。
「何で! 元に、戻せないの!」
やがて崇春を見上げたその顔は涙と、鼻水に濡れていた。
「……どうしよう、どうしたらいい?」
崇春は賀来の肩に手を置いた。
「落ち着け。ええか、自分でかけた呪いを解いたらええんじゃ。地蔵菩薩の姿を取ってかけた呪いをのう」
賀来は目を瞬かせる。目の端から涙がこぼれた。
「地、蔵……?」
崇春は大きく、ゆっくりとうなずく。
「そう。思い出せ、お
賀来がひどく眉を寄せた。
「何、それ?」
「……むう?」
「地蔵、とか襲うとか、どういうことだ? 私は……あの書き込みをして、次の日には相手が倒れてる、って思ってたんだが。地蔵って、何の話?」
かすみの頬が引きつる。
「え……?」
電話口から渦生が言う。
『おい……どういうこった。本当に、こいつなのか』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます