第15話  決戦? 否、説得


 ベールのような薄い霧に日が降り注ぎ、白く光る朝の中。じゃりん、じゃりん、と錫杖の音が響く。前を歩く崇春は、今朝会ってから何も言わず歩いていた。それでかすみは、何も聞かずついてきていた。

 歩いているのは、かすみの通学路とほぼ同じだった。時折脇道を行ったり、迷ったのか妙に回り道をしてもいたが。それでも学校の方角へと進み、かと思うと正門を通り過ぎた。


 反対側、今の時間帯は完全に日陰になる裏門。そこが見える場所、学校の外で、電信柱の陰に隠れるように、崇春は立った。裏門を見張るように。

 ぱらぱらと生徒が裏門を通り、学校に入っていく。

やがて一人の生徒が裏門に近づいたとき、崇春は走り出した。


 フリルのついた黒い日傘の下からのぞく、銀髪交じりのツインテール。その生徒は、やはり賀来だった。

 昨晩渦生との打ち合わせで、賀来の帰り道を特定するため彼女の住所は調べてある。その場所からして、通るのは裏門のはずだった。


崇春は腰より深く頭を下げる。

「魔王ガーライルよ。頼む、あのような呪いはやめにせんか」


 賀来は崇春の顔を見た。傘の柄をくるくると指で回し、もてあそぶ。

「……何だ、朝から突然。何の話だ」

 かすみも駆け寄り、崇春の後ろから言う。

「見ました、あの書き込み。シーザー暗号と逆さ読みの。……あれ、賀来さんですよね」

 賀来の表情が固まり、日傘が動きを止める。


頭を下げたまま崇春は言う。

「ガーライルよ、わしゃあ言うたはずじゃ。何ぞ悪さをすることがあれば、この崇春が調伏ちょうぶくすると。じゃがのう」

 顔を上げ、賀来の目を見る。

「おんしと争いとうはない。たとえおんしが百見や谷﨑、他の生徒らに如何いかうらみを持とうが……わしゃあ、怨みを返しとうはない」

 言って背を向け、学校へと歩みながら言う。

「皆の呪いを解いてくれ。さもなきゃわしゃあ、腕づくでそうさせにゃならん。そんなことはせんで済むよう頼んだぞ、魔王ガーライルよ。……放課後、ここで待っとる」


 かすみは賀来と崇春を見回した後、小走りに崇春の後を追った。

 振り向いてみれば、賀来はじっと崇春の背を見ていた。


 校内に入ってからかすみは言う。

「でも、良かったんですかね」

 渦生からは、放課後まで手出しせず普通にしていろと言われていた。逃げられたら困るのだから、それが当然ではあったのだが。それでも、かすみは崇春の判断を信じたかった。


 前を見たまま崇春は言う。

「分からん。じゃが、信じたいんじゃ。……それで駄目なら、そのときは遠慮のう調伏ちょうぶくしてくれるわい」

「……はい」

 唾を飲み込んで、かすみはうなずいた。


 その後教室に着き、席に座る。かすみの左後ろ、百見の席は当然空いたままだ。いくつかの他の席も。

 だが、それも今日で終わる。どういった形でかはともかく。


 そう考えているうち、賀来が教室に入ってくる。

「……」

 かすみと一瞬だけ視線が合い、お互いに逸らす。

 同じクラスなのだからこうなることは分かっていたが、気まずい。だがそれも仕方のないことだし、こちらから何か言うべきでもないだろう。邪魔せず、放課後までしっかり考えてもらいたい。あとかすみたちにできることは、賀来の良心を信じることだけ――


 崇春は席を立って歩き、賀来の机に両手をついた。

「おう、どうじゃ。さっきの話考えてくれたか?」

「え」

 賀来は口を開けていた。

同時にかすみも。

「……え?」


 崇春は頭を下げ、机につけた。

「のう、頼む! わしの一生の願いじゃ、聞いてやってくれい!」

 かすみは席を立っていた。

「説得、続いてたんですかーー!?」

 賀来は口を開けたまま、かすみと目を見交わした。

 以心伝心というものか、お互いの気持ちがすぐに分かった。何これ、と。


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