第11話 夕路にて
日の落ちた後の帰り道。全てのものに影がかかったような、ぼんやりとした薄闇の中。僧衣に着替えてリュックをかついだ崇春と並んで帰る。妙なもので、ぴちぴちのジャージ姿でいられるよりは、こちらの方が横にいてよほど落ち着く。じゃりん、じゃりんと、錫杖の音が低く響く。
「ええと……大丈夫ですかね、百見さん」
それでもよく考えれば、崇春と二人きりというのは初対面のとき以来だ。そう意識すると、妙に緊張してしまう。
「大丈夫じゃ。奴に限って、やられることなんぞありゃあせんわい」
ごく穏やかに崇春は答えたが、それが何だか微笑ましかった。
「信頼してるんですね、二人とも。……お二人はいつ頃からお友達なんですか?」
「うむ、そうさのう。あれはいくつの頃じゃったか……わしが百見ちの寺に押しかけてからじゃけぇ、小学生の頃かのう」
「押しかけ……って?」
錫杖を小脇に抱えて腕を組み、崇春は照れたように笑う。
「いや、大したことじゃないんじゃ。テレビでのう、修験者だったか密教僧だったか。山岳修行のドキュメンタリーっちゅうんか、特集をしとったんじゃが。妙にそれに惹かれての。一番近所にあった、奴んちの寺に押しかけたんじゃ。弟子にしてくれっちゅうての」
「ん? え……じゃ、崇春さんの家は別に、お寺とかじゃないんですか?」
「ん? そうじゃが?」
「じゃあそれで、百見さんのお寺に弟子入りしたんですね」
崇春は頭の後ろをかく。
「いやあ、それがの。和尚さまに諭されての。将来別の道に惹かれることもあるじゃろうし、身の振り方を考えるには早い、っちゅうての。うちの孫にもそういうわけでまだ得度させとらん、っちゅうて、そんときに百見と初めて
じゃあなんで、この人は僧衣なんだ――いや、お寺の子だったとしても僧衣で登校する必要はないはずだが――。宗教上の理由だとか百見は言っていたが。これは、ただのコスプレなのでは。
そう考えると急に怪しく思えて、かすみはわずかに距離を取った。
そうするうち、崇春が野宿しているという場所までやってきた。かすみの家から数軒の家と田畑を隔てた所にある小さなお堂。周囲は草むらと、枝がてんでばらばらに伸びたまま手入れされていない生垣に囲まれている。おかげで人目は気にしないでよさそうだが、敷地の中には何の明かりもない。完全に日の落ちた今、足元を一歩一歩確かめながらでないと歩けそうになかったが。崇春は慣れた様子で歩を進め、お堂に上がる階段に荷物を下ろした。
かすみも後について、階段の前までどうにか来られた。
「ここですか……なんていうか、大丈夫ですか」
「むう? 大丈夫じゃ、わしに任せて安心しておれ」
「そういうことじゃなくて、ちゃんと眠れます? こんな所で。風邪ひいたりとかは」
「がっはっは! 大丈夫じゃ、徹夜で座禅を組んでおるからの。何があってもすぐに――」
「いいから寝て下さい!」
そのせいだろう、今日の崇春はホームルームと休み時間以外、豪快に寝ていた。仏像のように、座って背筋を伸ばしたままの姿勢で。
「むう? しかしそれでは――」
「何かあったら呼びますから、とにかく横になって下さい! ……それはいいですけど、大丈夫ですかね。百見さん」
そろそろ向こうも帰りついていていい頃だが、携帯を確認しても連絡は入っていない。家に帰ってからこちらに来るのだから時間はかかるだろうが、それにしても連絡ぐらいくれてもいいのに。
「奴のことなら心配はいらん。おそらく、飯を調達してくれよるんじゃろう。さて……わしも飯時までお言葉に甘えるとしようかの」
言うなり、崇春は横になった。草むらの上に。
「ちょ、何やってんですか!」
「む? 少し仮眠を思うたが」
「いや、寝袋とか毛布とか――」
「何言うちょんじゃい。
だったら人類の大半は軟弱ということになるが。
「いえ、あの。かえって気になるというか気を使うというか。とにかく、うちから何か持ってきますから」
崇春を残して自宅に向かう。薄闇を切り取るように照らす街灯が、ぽつりぽつりと間を空けて続く道。ふと、ここ二日間のことを思い出す。地蔵に襲われたのはちょうどこんな時、こんな場所ではなかったか。
そんな思いを振り払うようにかぶりを振り、歩を進める。大丈夫だ、すぐそこに崇春がいるし、家までもほんの百メートルかそこら。現に窓の明かりが見えているし、あのときみたいな霧も出ていない。心配なんていらない、それより、どうしたら家族に見とがめられずに毛布を持ち出せるだろうか。遠足で使ったレジャーシートなんかも――
そこまで考えたとき。正面から、ライトを点けた車が高いエンジン音を上げて走ってきていた。決して太い道ではないのに、結構な速度で向かってくる。さすがにぶつかることはなさそうだが、かすみは道の端へ寄った。
車が横を過ぎた――そのとき初めて気づいたが、パトカーだった。小型車タイプの。ライトに気を取られていたし、屋根の赤色灯も点灯していなかったので気づかなかった――、かと思うと、甲高いブレーキ音を立ててそれは止まった。
勢いよくドアを開け、運転席から警官が降りてくる。かすみの方に、半ば駆け寄るようにして向かってきた。ヘッドライトの光でその顔が見える。三十代半ばほどか、浅黒い肌に不精ひげの目立つ男。
「お前。谷﨑かすみだな」
「へ?」
警官は低い声で続けた。
「そうだな、住所もすぐそこだ。話を聞かせてもらう……乗れ」
後部席のドアが開けられ、押し込めるようにしてパトカーに乗せられた。
「ちょっ、待っ、て下さい、何もしてませんし……それにあの、友達を待たせて――」
「その友達にも話がある。斑野高の、意識不明の生徒の件だ」
運転席に座るなりそう言うと、エンジン音も甲高く急発進させた。
だが、ほどなく急停止する。警官はドアを跳ね開け、お堂の方へ走った。
車のガラス越しに声が聞こえる。
「崇春! いるか、すぐ来い」
「むう? ポサラさんか。どうしたんじゃい、血相変えて」
「
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