33話 図書館




(··········また、来ましたね)


 感慨深く、しかし緊張を纏いながらレティシアは図書館を見上げた。

 表面上はどことも風化などはなく、ここ最近ペンキを白く塗り替えたらしいその色合いは神秘性が宿ったかのようだった。


「やっぱり止めとくか?」

「···········ありがとうございます。ですが大丈夫です」


 表情には出していないレティシアの心情を慮ったのだろう、ルネは心配そうに見つめていたが彼女が引くことはないとわかっているので再度何かを言うのは止めた。


「じゃあ行くか」

「はい」


 そして二人はあの時のままの図書館へと―――いや、『魔法庫』への入り口へと入った。










 中はレティシアが入った時と何ら変わってはおらず自然的だ。


「なんで、森林なんだろうな」

「隠匿しやすくするためでは? 森系統の地形は現在地を見失いやすいですから」


 なるほど、と相づちを打つ。


「俺は迎撃しやすいからと思っていたが、それもありそうだ」

「··········迎撃しやすい、ですか?」


 コテリと首を傾げるレティシア。


「ん?··········ああ、知らなかったか。『魔法庫』を作ったブリス・ルヴァ・カルセナクは大地に干渉する魔法、とりわけ植物への干渉が得意だったらしい」

「········そんなこと、文献でも授業でも受けませんでした」

「ああ、俺も知られてないことを知らなかったよ。結構有名なことだと思ってたんだが··········」


 困った様にうなじを擦るルネ。

 しかし、同時にやはりなとも思っていた。


(これも知られていないとなると··········随分と国はに関する情報を隠蔽したいみたいだ。·········まぁ、当然か)


 厄介な、と最後に毒づいた。


「レティシアさん、祠はまだ先か?」

「いや、もうすぐ着きます··········ん? もうすぐ?··········なぜ、こんなにも近くなって········っ! 止まってください!」


 レティシアは声を上げて静止を促した。

 それに何の疑問も挟むことなくルネも動きを止める。


 風が吹き、辺りの木々を揺らがせる。

 この場には葉っぱの擦れる音しか無くなった。


 ルネは辺りを警戒しながらレティシアを見る。


 どうやら何かを考えているのだろうレティシアは地面を見つめながらじっとしている。


「········止めた理由、ね」


 随分とレティシアに焦りがあったことはルネも気がついていた。故に静止の声は緊急を要する事だったのだろうと思っている。


(·······待てば話してくれるか)


 今はそれだけわかっていればいい。そう思い、辺りに警戒を意識を向けた。





 図書館に入ったときからレティシアは地形把握の魔術により常に辺りを観測している。


 だから気がついた。


 明らかに祠が近い、と。


 しかし、理由がわからない。

 そこでレティシアは手札をひとつ出すことにした。


(あまり、使いたくはなかったのですが·······仕方ありませんね。『探知』)


 『魔法庫』で苦戦した理由は事前の情報が足りなさすぎた事だとレティシアは思っている。

 特に自分よりも強い人間の気配が読めないことは致命的だと、実感した。

 だから昨日の内に、急遽『探知』の魔術を開発、記述型として身体にレティシアは刻み込んだ。


「ッ···············」


 だがそれは使い勝手が悪かった。

 『探知』は無差別に・・・・生命を探る魔術だった。

 虫や植物、それになんと岩石等も『探知』の範囲に入っていたのだ。

 そのひとつひとつの情報が纏めて脳に送られてしまう。つまり、情報量が多すぎる為使いにくかったのだ。

 さらに悪いことに、情報量を少なくすることはできなかった。


「な、る、ほど··········そういうことでしたか。···········敵です」


 欲しい情報が手に入ると同時に解除したレティシアは納得し、ルネに報告した。


「了解した。数は?」

「13匹です」

「··········訊いといてあれだが、随分と具体的な数字だな。探索できる魔術でも使ったか」

「ええ、そんなところです」


 軽く喋りながら二人は神経を研ぎ澄ませる。


 しかし、体勢は自然体。

 これこそが二人の警戒体勢だ。


「ッ!··········ルネさん、いつの間に大剣を持ってきたのですか?」


 図書館に入る前は持っていなかった大剣がいつの間にかルネの手に収まっていることに気付くレティシア。

 唐突のことで驚いたレティシアはこの状況を忘れて訊いた。


 それを見たルネは苦笑を漏らしながら無視する。今、敵が彷徨いている場所で自らの手札を晒すことはしたくなかったからだ。

 レティシアも気付いたのだろう、少し恥ずかしげに目を伏せて次の瞬間には左手に手投げ用の針を指で挟むようにして持った。


(えっ?何処から出したんだ、あれ)


 仕舞う場所が無さそうな服装をしているレティシアが暗器を出したことに驚いていたが些細なことだろう。直ぐ様意識から外した。


 因みにレティシアの服装は学院の制服でルネの服装はベージュの長ズボンに黒の長袖といった軽装だった。



 ザワリと風に靡く木々の音が鳴る。

 辺りに緊張が漂い、二人の息遣いも静まるように小さくなっていった。



 木々の隙間を縫うように何かが向かう。



 同時、二人は左右に動き、それを回避。



 ズドン!と先ほど二人ご居た場所から重い物が落ちたかのような着地音が聞こえた。


 落ちたそれを確かめようと目を向けようとするが、しかし別の場所からも何かが飛んでくるのを察知し、それを断念、回避に専念した。


 ズドン!ズドン!ズドン!ズドン!


 幾つもの破壊音を鳴らす物体を躱していると攻撃が止んだ。


 これ幸いと言わんばかりにルネは飛んできた物体の正体を確かめた。


 


「········糸、だな」



 次いでレティシアは分析に入る。


「そうですね。しかし、ここまで破壊力のある糸は初めて見ました」


 縫うように飛んできていたのは糸だった。見ると糸は一本だけ、森の何処かへと繋がっている。他の糸らしき物はまるで巨体なつまようじのような形をしている。



 それを見たレティシアの興味は、敵の居場所よりも糸そのものに移ってしまったようだった········。


「はぁ·········レティシアさん。蜘蛛か?」

「はい、おそらくは」


 ため息付きのルネの問いに《探知》でそのことを知っていたレティシアは即答する。


 《探知》で得た情報は多足で昆虫、糸を吐くといった姿形と特徴だけの簡素なものだけだったが、ほぼ間違いないと確信していた。


 だが、それとこれとは別にレティシアは気に食わなかった。


(あまりにも《探知》の情報収集能力が低い。·········これは改善が必要ですね)


 《探知》はレティシアの望むレベルには達していなかったからだ。


 しかしそれをおくびにも出さず、レティシアは《斬風》を展開しながら会話を進める。


「しかし遠距離から攻撃され続けるのは避けたいので近づかないといけないですね」

「そうだな、じゃあ行くか」


 二人は一本だけ続いている糸を辿り走る。


「··········レティシアさん、訊いておくが本当に13匹だよな?」

「ええ、私の魔術にはそう出ましたが········どうしてですか?」


 走りながらルネの疑問に答える。

 確かにレティシアの《探知》には13匹と出た。だからそこに疑問を挟まれるとは思っていなかった。


「俺もそこそこ気配を探るのは上手い方だと思ってるんだが···········一体しか、察知できないんだよ」


 それを聞き、レティシアも気配察知に集中する。


「··········本当ですね。なら、魔術に不具合が?」


 魔術の術式に間違いがあるのではと考え込むレティシア。それを見て、さらに気配を尖らせているルネは、とある違和感に気づいた。


「·············ああ、そういう··········間違いとも限らないぞ、レティシアさん」


 その言葉にばっと顔を上げるレティシア。


「どういうことですか?」


 知りたくて仕方ないと言った様子に何度目かわからない苦笑を浮かべながら口を開く。


「それはな、ッ!」


 再び、糸が飛んでくる。

 目測で先程よりも多く飛ばしてきているようだ。投げ槍のように鋭く向かってくる糸を二人は躱す。


「とと、話しは後だな」

「·········そうですね············余計なことを」


 ボソリを恨み言を呟いたレティシアは一段速度を上げた。



「こんな時は早目に終らせるに限ります」



 《身体強化》を身に纏い、ルネよりも先に進む。


「········言わなければ良かったかもしれないな」


 ちょっとした後悔の言葉はレティシアには届かなかった。 

















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