3話 『銀冷姫』


『国立ジクニア王国学院』、通称『学院』と呼ばれる勉学に励む施設。そこでは読み書きや計算などの基本的な教養から、さらに深い専門的な学問まで多種多様に教えられている。

基本的には中流家庭から王族の12歳から18歳の少年少女が通っていて、稀に貴族からの推薦で入れられることもあったりする。


だが最も学院で特徴的なのが建物の大きさだ。自然と見上げてしまう程の美しき巨大さ。

歴史を感じさせる、そう、ウェストミンスター宮殿を縦横に大きくしたかの様な雰囲気を放ち続けている。


「······やはり遠いですね。」


「うーん、そうだねー。」


何よりも建物に辿り着くまでの庭が広い。

大体2km程度は確実にあろう道程である。

5mほど道幅のある通路を歩きながら、レティシアはその周囲に目を向ける。


通路は途中から幾つも枝分かれしており、各別の場所に向かって伸びていく。

両脇には赤、青、黄色や白などさまざまな色の綺麗な花が通路に使われていない部分を色鮮やかに彩り花畑となっている。

――庭師の日頃の努力が滲み出ている――

レティシアはそう思いながら花を一瞥し、すぐに興味を失う。


(やはり、魔術・・を研究している方が面白いですね。)


ああ、帰りたい。そんな気持ちを眠気と共に押し込め、まだまだ長い道を歩く。


そこでレティシアはほんの少し、思考する。


(そういえば、何故こんなにも道が長いのでしょうか?)


「あ、ねえ?」


「ん、どうかしました?」


「あれ、見てよ。」


カルナが左を見ろと促す。

指を指した方向を見るとちょっとした人集りが出来ている。


「何かあったのかな?」


「···さあ?見に行ってみますか。」


「そ、うだね。うん、いこう!」


朝から面白そうな・・・・・出来事が起こっているかもしれないのだ。行くべきだろう。

レティシアは瞬時に思考し、カルナに行かせる言葉・・・・・・を吐き、少し言葉に詰まりながらカルナも愉しそう・・・・に頷く。


(勉強よりは断然いいしね!!)


赤点必死の考えである。

二人は揃って人集りに向かって歩き出した。




■■■



人集りがある場所についたレティシアたちは周りの様子がおかしいことに気がついた。

どうにもざわつき方が、面白いものを見た時の感じではないのだ。


「ねえ、これ···」


「···とにかく何があったのか知りたいので見ましょう」


「うん」


集まった人達の不安な顔。

それを敏感に感じた二人はその原因を見ることにした。

一人は興味から、もう一人は時間稼ぎの為に。

だが人が集まり過ぎて通ることが出来ない。


「すいません、そこの貴方」


「あ?なんだ―――ひっ!」



そこでレティシアは微笑を浮かべ目の前に立っていた見知らぬ男に声を掛けた。

男は少し不機嫌そうに振り向いた。

だがそんな態度もレティシアを見た途端消え失せる。


(な、なんで『銀冷姫ぎんれいき』が俺に話しかけてくるんだよ!?)


もともと機嫌の悪かった男はレティシアの登場によって混乱状態を余儀なくされた。


「そこを退いていただけますか?」


「は、はい!今すぐ!?」


落ち着いた言葉に対して男の返事は滑稽だ。だがレティシアはこうなることがわかって話しかけている。


(だって、ほら)


後ろで怯えたかの様な声を聞き、人集りの一部がこちらを見る。そして「おい、銀冷姫だぞ」「うお!まじかよ、関わりたくねぇ」「ああ、相変わらず美しい」などと声が広がり一様にこちらを見る。

大体の人達が見ていることを確認するとレティシアは透き通る様な声で微笑みながら述べる。


「そこを、退いていただけますか?」


声を皮切りにレティシアの前に人がいなくなっていく。

それを満足そうに微笑むレティシアに呆れた目を向けるカルナ。


「そんなことしてるから友達増えないんだよ」


小さく呟いたカルナは入学当初を思い浮かべるがすぐ描き消した。今、それは必要の無いことだ。


「ほら、行きますよ」


先に向かおうとしているレティシアに促され、前を見ると王の道のように一本の道が出来ている。

故にカルナは思う。


(ああ、私もここ、通るんだ)


諦めが多大に入った目をしながらレティシアの隣を歩く。

歩いてすぐの場所、目的地についた二人が目にしたものは、


(これは、死体、ですね)


一つの人の死体だった。

なるほど、と納得するレティシア。ただの子供が死体を見るなどそうそうないことだとしっているから。


死体の性別は男、身長は目測で170~180cmといったところ。

身体の所々が燃やされでもしたのか炭化し、それに加えて胴体を大きく縦に切り開かれていることだ。それはそれは綺麗に心臓や肺などの臓器が見えている。

だがそこはどうでもいい・・・・・・・・・

問題は何故男が殺されたのか、だ。


情報が少なすぎる、そう考えたレティシアは丁度死体に布を掛けようとしていた職員らしき人に話しかける。


「これ、どうしたんですか?」


「ん?ああ、何を考えていたかは知らんがこの学院に侵入しようとしたらしい。」


「それはまた、馬鹿をやらかしましたね。」


「ああ、ほんとそう思うよ。」


それから職員らしき人と少し話し、別れる。

レティシアは死体と職員らしき人を見ながら思考する。


(何故、男は学院に侵入したんでしょうか?どうにも理解が及びませんね。)


(それに学院の警備状況が気になります。)


職員らしき人を見るに学院側の警備を完全に信頼している。ここまで男に侵入されているにも関わらずに。それに気がついていないのだろうか。

そのことを不思議に思いながらどうやって男が殺されたのかに思考を割く。

ここらに罠が仕掛けられているのか、はたまたあの状態でここまできたのか。

いつも浮かべている微笑はそのまま、レティシアはこの面白い状況に対し、内心非常に歓喜した。


「そろそろ行きますよ」


「あ、うん」


残念そうな声を出すカルナを見てレティシアはほんのり苦笑する。

どれだけ勉強したくないのですか、と思いながら。










去って行くレティシア達を見守る一人の影は数Km離れた壁の上で優雅に佇む。影の容姿や背丈などはなにもかもが曖昧で夕焼けに照らされた影法師を見ているかのようで、闇そのものが生きている。そう思わされる。


「······」


影はずっとレティシアを見ていた。


「······そ、ロそロ、ヵ。」


影は想起する。

生まれを祝う・・・・・・、その為に。


「ハ、じまリダ。」


機械混じりのように歪な、声、というより音といったほうが正しい声音で始まりをぶ。


「コウかイ、は、な、イ。」


悔恨を退ける。

そこに悲しさは、····ない。


「ソレがい、ツか、············意味を持つはずだから。」



小さく、笑みを浮かべた様な気がした。







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