第36話

「『蜘蛛切り』、起動抜刀!」


ギギギギギギ!

と歯を剥き出し威嚇するのは巨大な花だ。


名を大朱輪花レッドリリー。花弁の中央に口があり、花のくせに肉食。花弁は薄くも剛性があり硬い。葉や茎はよくしなり鞭のように振るわれる。


遺跡内森林エリア。そこに『蜘蛛切り』を持ってやってきていた。

一時期、猛毒を吐くキノコがあるとかで危険区域になりかけたが、今はその騒動の前と同様落ち着いている。


なぜここにいるかと言えば、その名の通り蜘蛛を相手にしてみようと気が向いたからだ。

蜘蛛を探していたら奇妙な音が聴こえたため、足を向けたらコイツがいた。


見れば片腕をやられた喰われたらしき探求者シーカーもいて、何かの縁と助けに入ったのだった。

そして物は試しと『蜘蛛切り』を使おうとした所だったのだが.....。


ギギギギァァァァ!

と直接喰おうとやってくる大朱輪花。


それを避けつつ、『蜘蛛切り』を観察する。

見た目、変化なし。音、なし。温度、変わらず。


全くなんの変化もない。


「起動、『小烏丸』」

フィィィィ!


ギギァァァァ!!

「烏啄閃」

口の中に直接、風を纏う突きを叩き込む。


ぱぁん!


と内側から破裂し大朱輪花は地に倒れた。

ちなみに大朱輪花は花弁と葉と茎、そのどれもが武器に転用されている。



「さて、おい大丈夫か?」

『小烏丸』を鞘に納めつつ、倒れる探求者に声をかける。


「......う、ん?」

ばっ!と顔を上げキョトンとした顔を向けたのは少女だった。


「あ、ありがとう、ございます?」

なんとか事情を把握したらしいが、語尾は疑問系だった。


「ああ、腕は大丈夫なのか?」

「え、わぁ!?.......あぁ。はい、なんとか」


忘れていたのを思い出し、それでもなんとかなる、と考えているようだ。


「止血はできるか?遺跡の外まで送って行くか?」

「大丈夫です」

端的に答える少女。確かに血は止まっているようだった。


つい先日とんでもない魔法を使っていた探求者と知り合っていたこともあり、目の前の少女もただ者ではないのだろう、と考えると自分はすぐに去るべきかと思った。


「そうか、では気をつけてな」

「はい、ありがとうございます」

そうして少女は腕に杖を当てて呪文を唱えていた。



「やれやれ。しかしなぜ『蜘蛛切りこれ』は起動できないのだ?」


そんなことを関係いると周囲へ払う注意は薄くなってしまったようだ。


シャァァァ!

シュアァァァ!

ギチギチ!


とちょうど自分を包囲するように三匹の蜘蛛が現れた。遺跡内では何が起こるか分からない。

これは大きな失態だ。


「これは、どうするかな」

『蜘蛛切り』を取りかけた手を『小烏丸』に移す。起動出来ないのではただの剣でしかない。確実に起動でき遠くからでも攻撃できる方が良い、という判断だ。


もっとも、目の前にいる蜘蛛がそこらの怪物とは違うことも関係する。

現れた三匹の蜘蛛。隠者の大蜘蛛ハーミット・スパイダーと呼ばれる毒蜘蛛だ。毒は牙や爪を刺すことで注入される。毒液を吐くこともあるし、腹を斬って毒液が吹き出すこともある。

しかし、本当の脅威は毒ではない。隠者の大蜘蛛は群で狩りをする。周囲を囲み注意を引き付ける蜘蛛と、隙を窺い忍び寄る仕留め役の蜘蛛がいるのだ。

今包囲している三匹の他にもまだ数匹隠れているはず。それらを探しつつ、目の前の三匹を素早く倒さねばならない。


「起動、『小烏丸』」

フィィィィ!

風をし吸い込む音に蜘蛛がピクリと動く。

警戒するようにじわじわと近づいてくる。


小烏丸は風を収束して攻撃に転化する。

そのためそれなりの空気を取り込まなければ、充分な威力を斬撃の届かない距離まで飛ばせないのだ。

「チャージまであと9秒」

完全なゼロからスタートしてチャージが終わるまで12秒かかる。空気を圧縮するのも含めば風による攻撃まではあと11秒ほど。


(さっきので事前に溜めていた空気は使い切ってしまったのは痛かったな)


そこまで待ってくれるはずもないわけで。

ギシャァァ!


と一匹が近づいてきた。

「このっ」

がぎん!

と鞘で牙を止める。がむしゃらに振り回される鉤爪は無視だ。


「はっ」

と刃で脚を2、3本まとめて切り落とす。


チャージ完了まであと6秒。


やばいか?と冷や汗を流すと、ヴォン。と音が聴こえた。

そして振動しているようだった。蜘蛛切りが。



「起動、しろ。頼むぞ、『蜘蛛切りぃ』!」

ガッシュン!

ガパガパガパガパ!

ぎゃらららららららら!


ざしゅ!ぐしゃ!と生々しい音と感触が刀を伝わって手に響いた。


今や『蜘蛛切り』は小太刀などではなかった。

人の身長ほどになった刃の至る所に穴が開き、そこから無数の鎖に繋がった分銅や小刀が伸びていた。


その鎖や分銅、小刀は目の前の蜘蛛のみならず背後や近くの木の上にも伸び、仕留め役と思われる蜘蛛たちを潰し切り刻んでいた。



「これが『蜘蛛切り』の能力なのか?」

九死に一生を得て、やっと『刀』の性能が見られ安堵の表情を浮かべるのだった。

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