第7話 一国に起きた事
自衛隊の報告を聞き、崖田総理は幹部達と2度目の会議を開いていた。
議題は、自衛隊が遭遇した生命体について。
機動戦闘車のカメラが捉えていた映像を元に議論する。
「今回の議題は自衛隊が遭遇した緑色の生命体です。あれが敵性勢力の生物兵器なのか、訓練を受けた人間なのかどうか。皆さんの意見を聞きたい」
総理がそう発言するも、待ったをかける者が1人。
どうやら敵が穴から外へ攻めてくる可能性についての議論を先に行うべきだと主張したいようだ。
「それについては今も穴に順次自衛隊を派遣しているところです。流石に数が多く、全ての箇所に防衛拠点を築くには時間がかかりますが、外へは出てこないだろうという見解もあります」
その見解は自衛隊が撤退中に遭遇した巨大な生命体から推測されたことだ。
あの生命体は自衛隊の攻撃により、足に損傷を与え、追跡を振りきったが、殺害したわけではない。
その後出入口に着いた際、急いで待機していた部隊と共に、奴が現れるのを待ったが、いくら待っても全く音沙汰なし。
傷を負ったことで不利だと判断したのか、不思議に思い中へ入ってくるのを誘っているのかは分からなかったが、結局その日奴が現れることはなかった。
他の穴にも警戒を強化したが、どこも結果は同じ、敵が外に侵攻してくることはなかった。
このことから、敵生命体は穴の中でしか活動できない、又は中での方が都合が良い何らかの理由があると推測された。
説明し終えたところで、総理は今回の議題に戻り、皆の意見を聞いた。
最初に意見を出したのは林産副総理だった。
「生物兵器で間違いないだろう。体が緑色の人間なんて見たことない。仮に敵性勢力に何らかの意図があって体を緑に染めることに意味があったとしても、彼らの大きさは明らかに子ども。侵略に子どもを送り込むとは思えない」
そして林産はさらに続ける。
「極めつけは最後の映像に映っていた巨大な生命体。どんな遺伝子改良をすれば、あんな人間が出来るんだ」
子どもサイズの生命体はまだしも、あのサイズの生命体は人間と言うには流石に説明がつかないというのが林産の主張である。
だがそれに待ったをかけた内閣危機管理監。
「前にも言いましたが、世界各地に同時に穴を出現させる技術があるんです。何らかの技術で人間をあんな風に改造出来ても不思議じゃない」
双方の意見が出たところで総理が再度口を開く。
「なるほど。確かにどちらもあり得ます。しかし仮にどちらかだったとしても不可解に思うところが1つあります。それは自衛隊がほぼ生還していることです」
総理の発言に皆、首をかしげる。
総理はその反応が分かっていたかのように話を続ける。
「今回の自衛隊の編成は防衛と言っても大規模な戦闘を想定していたものではありませんでした。穴を出現させるだけでも信じがたい技術力なのに、流石に大量の生命体や兵器まで送り込むことが可能だとは思っていなかったからです。だが、カメラ映像を見るに敵はかなりの数だった」
総理の発言により、何人かの察しのいい者達が気付き始めた。
その中の1人、防衛大臣がその続きを補足する。
「つまり、生物兵器にしろ、強化人間にしろ、侵略の為に投入されたのであれば、大規模戦闘を想定していないチームが生き残れる筈がないと仰りたいわけですか」
総理が頷く。
「あれ程の技術力、そしてこんなことをする行動力がありながら、大規模な攻撃はしてこない。つまり目的が侵略なのかどうかも怪しいです。自衛隊の報告ではゴブリンのようだった、と言っていた隊員もいたそうですし」
話が進むどころか、侵略かどうかさえも分からないという謎が増えただけであった。
その時、統合幕僚長が総理に声を挙げた。
「総理、この会議が始まるとき少し遅れて来られましたよね」
総理は前の仕事が長引いた事で会議に少し遅刻してしまった。
そのことに総理が頷くと、統合幕僚長は話を続ける。
「実はその時、自衛隊から新しい報告が入ったんです。今回の任務の指揮を務めた一国曹長についての」
そんなことがあったのかと驚く総理だったが、先に言わなかった事への指摘より、先ずは彼の話を聞くことを優先した。
「結論から言うと...その...一国曹長の身体能力が...向上していたんです」
自衛隊が出口に着いた後、特に怪我をしていなかった一国は、 感染症や寄生虫に侵されていないかの検査を行った後は、報告を済ませ、任務終了となったのだが、その後、あることに気づいた。
任務開始前より明らかに体が軽いのだ。
あのような経験をすれば、肉体的にも精神的にも疲労困憊になる筈だが、少なくとも彼の肉体は重くなるどころか、風のように軽く感じたのである。
仲間を失ったことでおかしくなってしまったのかと思ったが、基地のグラウンドで50mのタイムを測ってみたところ、なんとタイムが普段より約1秒も短縮していたのである。
他にも様々な検査を実施したところ、筋力やスタミナなど、身体機能が上昇していたことが判明した。
しかし、検査を終えると一国はさっきの元気が嘘のように疲労してしまった。
「それが穴の中に入ったことと関係していると言うことですか」
「恐らくそれが原因かと」
いくら日々訓練をしていると言っても、最後に測定してから、今までの期間でこれ程の差が出る程、彼は若くない。
いや仮に若かったとしても、考えにくい結果だ。
「穴に入るまでは、特に変わった事はなかったそうです。それに、証拠があります」
証拠という発言に、興味を示す総理。
「一国曹長以外には、特にこういった変化は見られなかったこと。そして一国曹長だけが、あの生命体を彼らが持っていた武器で倒していることです」
一国以外の隊員は皆、車両の武器、小銃などで戦っていた。
しかし、一国は至近距離から襲われた際、彼らが持っていた剣で応戦した。
途中、ハッチの中にいた隊員が発砲したが、致命傷には至らず、止めをさしたのは一国だった。
「原因は不明ですが、一国曹長と他の隊員との違いで、関係がありえそうなのはその時だけです」
「なるほど...ますます分からなくなってきました。穴からは出てこない、侵略の規模も大きくない、その上身体機能の向上とは」
もはや何が何だか分からなくなってきた総理に、ある声があがった。
「ダンジョンだよ」
その発言により、明らかに空気が変わった。
発言の主は経済産業大臣。
元々奇抜なことを言う人間だったが、まさかネットでの憶測を出すとは思わなかっただろう。
「ダンジョンが出現し、モンスターが現れ、ダンジョン内の武器で倒したことで、一国曹長はレベルアップ、もしくは身体強化のスキルを得た。これなら筋は通るのではないか」
「今は会議中だぞ。前々から君の発想にはユニークなものが多いと思っていたけど、趣味がゲーム、アニメって聞いているけど、ちょっと影響されすぎなんじゃないの。もっと現実的になったらどうだ?」
今回、会議で言いたい事があるととのことで出席した彼。
そのあまりに非現実的な発言に林産副総理が声を挙げるも、彼は引かない。
「なら敵性勢力の正体は? 緑色の生命体は? 一国曹長に起きた事は? 何一つ解明できてないじゃないですか。無論、非現実的な事を無理矢理納得させたいのでしたら副総理が言う現実的な推測をお聞きしますよ」
彼の発言に議論の声が続々と挙がるが、総理がそれを粛清する。
「みなさん落ち着いて下さい。確かに私もダンジョンかどうかは疑わしいと思いますが、何も解明できていない今、あらゆる可能性を考慮しなければなりません。そこで、私に考えがあります」
総理の発言で皆の興奮が落ち着いたところで話を続ける。
「もう一度、自衛隊を派遣します。今度は隠密作戦、少数部隊で車両は使わず、徒歩です」
前の作戦で死人が出ているのに何を言っているのかと、反発する議員を落ち着かせ、続ける。
「先程の発言を抜きにしても、倒した緑色の生命体から何かしらの手掛かりが見つかるかもしれません。それに残された遺体も出来れば回収し、親族の元へ引き渡したいという思いもあります」
ダンジョンという発言には、まだ懐疑的な者も居たが、遺体を回収するという目的もあるならば納得せざるを得なかった。
「では、自衛隊を再度派遣。目的は遺体の回収と、ダンジョンという発言が非現実的ではないかの確認。異議のある者は挙手をお願いします」
誰も手を挙げなかったことで、今回の会議は終了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます