クルミの時間

ヒッグスの水槽

 スワン・ヒルという草原の丘にある小さなログハウス。

 そこに、クルミという紅い髪の少女と、小さな妖精が住んでいました。


 クルミは部屋の隅に置いてある、みかん箱ほどの水槽を見つめています。水槽の中は真っ暗ですが、よく見ると光の粒が明滅していました。


「また増えたのじゃない」

 手のひらほどの小さな妖精ルルル・ルルルは、透明な薄い羽を羽ばたかせながら、クルミの耳元で話します。

 クルミは困った表情で水槽を見つめ


「増えたというより、光の粒が広がって膨張してきた感じなの。そろそろ大きな水槽に入れ替えないと」

 すると、クルミは台所から網杓子あみじゃくしを持ってきて、水槽の中の光の一つを、そーっとすくい、横に置いてる顕微鏡のプレパラートに載せました。


 ルルルは、その様子を眺めながら。

「この光っているのはなんなの、渦巻いてるけど」

 クルミは、顕微鏡の対物レンズや、接眼レンズをセッティングしながら


「銀河だよ」


 ルルルは、わけがわからないようで。

「銀河…って」

「うーん、よくわからないけど。この水槽には素粒子っていうのに満たされて、とても静かで、安定していたのだけど、この中に私がドロップを落としちゃったの。そしたら、泡のようにはじけて小さな粒となって渦を巻きながら、バラバラに広がってるんだ」

「どうして、はじけちゃったの」


「エントロピーや、揺らぎが、どうのこうのって博士は言ってた。でも、結構おもしろいんだよ」

 そう言って、顕微鏡を覗き、倍率をあげていくと……


 光りの渦は、ひとつひとつの星になり、さらにその輝く星の周りには、光らない星が回っています。

 クルミは、その光らない星に焦点をあてて、なにか探しているようです。


「今日はみつかるかなー」

 しばらくして、光る星の周りを回る青い星を見つけました。さらに倍率を上げていくと。


「見つけた!! 」


 クルミはうれしそうに叫ぶと

「なになに! 僕にも見せて、見せて!」

 ルルルは早く見たくて、クルミの頭の周りをせわしなく飛び回ります。クルミはすぐに代ると、


「ほんとだ、結構、文明が発達してるね。でも、この人達は僕たちのこと見えているのかな」

「多分、見えないと思うよ。時間の流れ方や、物質の大きさの概念が随分違うから。この星の人達から見れば、私やルルルは特異点の外の存在らしいよ」

「だったら、僕達の世界ってなんなのだろうね」


 クルミは「さあー」と気のない返事をして、窓の外に広がる草原を見つめ

「誰もこの世界、宇宙のことを知っている人はいないよ。だって、この星の人は宇宙がクルミの水槽だって思ってもいないだろうし、観測できないでしょう。私達だってこの世界の果ても、その先のこともわからないし」

 ルルルも腕を組んでフムフムと頷いています。


 クルミは再び顕微鏡を覗くと、何か探しあてました。

「ああー! あの女の子の服、可愛いな。こんど、あの青い星に行ってみようかな」

 それを聞いたルルルは、やれやれと言った表情で


「それより、明日は大仕事があるんだろ」

 クルミは、ハッとして顔をあげ。


「そうだった、今夜は早く寝ないと」

 そう言うと、慎重に銀河を水槽の中に戻します。

 その時、玄関のベルがなり、来客が……



 その翌日、クルミは大変な一日なるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る