陰キャは異世界行っても陰キャな件について、〜せめてスキルとか欲しかった。
無林檎
第1話 自分の席がないんだけど
─キーンコーンカーンコーン─
4限目が終わり昼ごはんの時間になった。
いつもなら自分の席でもぐもぐ食べ、ブルベリ(ブルーベリーファンタジーというソシャゲ)やバンチム(ガールズバンドチームという音ゲー)でのんびり遊んだりしてるのだが今日はそうはいかない。
チャイムが鳴るのと同時に走って教室を出て階段を下り食堂に駆け込む。
授業の終わりを知らせる鐘が鳴ったばかりだというのに、ガラスの扉の向こうにはお腹を空かせた学生達で溢れていた。
「ご注文は?」
「…えっと…そのプリンあげパン一つください、」
残り一つしかなかったようで、後ろの方からあーん取られちゃったぁという声が聞こえる。ノイズを無視して130円と引き換えに茶色い袋に入ったあげパンを受け取った。
そう、今日いそいでいたのはトイレが近いからでも先生に呼び出されたわけでもない。全てはこの1ヶ月に1度しか販売されないプリンあげパンのためである。
以前つい美味しそうな名前に釣られ半信半疑で食べたことあるが、もっちりとした生地の中に潜む濃厚なカスタードクリームと表面のパリパリとしたカラメルは今まで食べたどんな食べ物よりも群を抜き美味しかった。先月は買いそびれてしまったので今月こそはといった次第だ。
自動販売機でいちごミルクを買って左手に飲み物、右手にあげパンを抱え廊下を歩く。
茶色い袋の中からカラメルのいい匂いがする。
教室に戻ろうと飲み物を右手に持ち替えドアに手をかけた時、自分の席に座る人影が見えた。
(っ忘れてた…)
毎日昼休み自分の席を占領されないよう荷物を置いていたのだが、今日に限って忘れてしまった。…というか俺毎日教室で昼食べてるんだけど…
よく見るとどうやら陽キャの女子グループのようだ。席返してくれる?と言おうもんならおめぇの席ねぇから!と言われそうな気がするのですぐさまUターンしてトイレに…行くわけもなく、廊下でうろうろする。食堂も教室も席が満席だ。
ここで普通の人なら親しくしてくれそうな人に『一緒に食べてもいい?』と聞くのだろうか、俺には無理だ。
どうしよう。もう一回食堂に戻って席が空くのを待つか…昼ごはん食べるの諦めて図書館で暇潰すか…廊下で突っ立っていると、同級生2人とすれ違う。
「なぁなぁ屋上行ってみねぇ?」
「えー遠いし行くまでが暗いし不気味だしやだー、そもそも屋上ダメじゃなかった?」
「先生がおっけーだけど掃除はしてねって言ってた」
「はぁ?なおさら嫌なんだけど」
!!!その手があったか!!!暗いとか不気味とかは別にどうでもいい、掃除は少し面倒だが出来立てのあげパンを食べられない悲しさと比べたらはるかにマシだった。というかこの学校屋上立ち入りOKなんだ…
今時珍しいなと思いつつ駆け足で4階の屋上に向かう。
階段を上り、4階に差し掛かったところで急に空気が変わった。天井近くの壁に小さな小窓がありそこから光が差し込まれている。他には光源がなく、不気味かと問われれば確かに不気味かもしれないが、微かな光が小さな舞い散る埃に当たってチラチラと輝いている。目線を上げた先にはコンクリートの扉が建て付けられており、重厚な雰囲気を醸し出していた。
もしかしたらやっぱり立ち入り禁止な場所かもしれない…悪いことをしているような気持ちになりながらもここまで来たんだからと息を呑み、ゆっくりと扉を開ける。
「─で、それがさぁ〜」
…あっやべっ…やらかした…青春の1ページに欠かせない屋上、しかもこんな天気のいい日に人が居ないなんてことありえないもんな。
そこには俺と同じクラスの佐々木ゆうとその他知らない男子2人、手前側に金髪、佐々木の右隣に黒髪で3人で円になって座る姿があった。
「…黒山くんどうしたの?」
あっ間違えました。すみません、失礼します。
そう言おうと決意した時、あるものが見え俺は言葉を失った─
角と尻尾が生えているのだ。
金髪頭にドラゴンのような赤の混じった黒い角。腰の部分にこれまたドラゴンのような角と同じ色をした図太い尻尾が生えている。
…俺はブルベリというソシャゲのしすぎて頭がおかしくなったのか…???もしくはドラゴンの仮装が趣味の方…??
呆然と金髪頭を見つめているとその黒くてかっこいい尻尾が動いた。随分とクオリティーの高い衣装をお持ちで…
そんなことを思っていると、金髪頭が後ろを向く。目と目が合う。涼しげな銀色の瞳に薄くて綺麗な形のいい唇。欠点ひとつない眉目秀麗な顔立ち─
…あ、入学式の時の…
あの日の悪夢が蘇ると同時にその日彼がしてくれたことを思い出し恥ずかしくなる。気持ちを悟られないよう黙って下を向く。
「…っ!また過呼吸か?!」
焦ったように彼は立ち上がり、俺の背中をさする。
「…あっ、薬飲んでいるので…」
「あぁそうか」
そう言って彼はにっこりと笑い、手を離す。
その謎のやり取りを終始見ていた佐々木ははてなマークか浮かんでいるようで、目をパチパチさせている。黒髪の方は興味がないのかスマホをポチポチいじっている。
…気まずすぎる。今度こそ帰ろうとするが腕をぐいと引っ張られた。
「ここでお昼食うんじゃなかったの?」
「えっ、いや…あの…」
目線を腰の方に移すと尻尾がバタバタと横に振られていた。そこで俺はあることに気づいた。純粋に昼ごはん一緒に食べようと誘われてるのではなく、ドラゴンのコスプレしていること誰にも言うんじゃねぇよという意味なのだと…
「じゃあ…ここで食べます…」
◇◇◇◇
屋上で輪になって昼ごはんを食べる男子高校生4人。傍から見ればそれはまさに青春そのものだろうが俺は心地が悪かった。
幸い、金髪の彼はよく喋るので沈黙が続くようなことはなかったが、目の前にいる黒髪短髪の男前は一瞬俺の顔を見て『眼帯…』と呟いた後にまたスマホいじっているし童顔な見た目の佐々木は俺の方を見るなり申し訳なさそうな顔をしている。
「二人は知り合いなの?」
「…入学式の時しかまだ…」
ふーんと佐々木が呟く。
「…そういえば黒山くんコイツの名前知ってる?」
そう言ってドラゴンコスプレをしている金髪の方を指す。
「コイツひめちゃんって言うの」
???
「その言い方やめてくんない?」
ひめちゃんが眉をひそめる。
「俺の名前は"ひめみやはる"だから、間違ってもひめって呼ぶな?」
「ひめ………………みやくん」
、、、長い沈黙が流れる。完全にスベったようだった。
「ッぷw」
ひめみやが吹き出すように笑う。そんなに面白かったのか…?というか、外国人のような見た目をして日本人らしい名前なのは意外だった。ハーフなのだろうか。
「そっちは下の名前なんて言うの…?黒山…くろくん?」
そう言って口角をあげニヤニヤしている。
「…黒山瑞貴、瑞貴のみずは王辺に端っこの右側のやつで瑞貴のきは貴族のき」
「…おぉー名前似てんね!というか漢字まで教えてくれるんだ」
ひめみやはズボンのポケットからスマホを出すと、画面に漢字を打って見せてくれた。
姫宮波琉、確かに波琉の"琉"と瑞貴の"瑞"
がよく似ている。
「…みずき、どうせならついでにLIME交換しね?」
家族以外で下の名前で呼ばれたことなかったので少しびっくりした。
「あっいいよ」
「じゃあ僕も〜」
「…俺も眼帯と交換したい」
さっきまで会話に参加してなかった黒髪短髪男前くんがやっと口を開く。てか眼帯って……失礼な言い方だな。
「僕の名前は黒山瑞貴です…」
「あぁスマンな」
謝られるとは思わなかった。太い眉毛にキリリとした目には似合わないぐらい案外天然な人かもしれない。
「あぁ黒山くん、この人佐藤大輝っていうんだけど全然人の名前覚えられない奴だから気にしないで、未だにひめちゃんのことドラゴンって呼ぶし(笑)」
「は?ひめちゃんって今呼んだな?ぶっ殺すぞ」
「ドラゴンさっさとグループに招待してやれ、眼帯が困ってるぞ」
…この人、人の名前覚える気ないじゃん。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…やべっもう1時20分だ、次の時間理科実験室だよな?佐藤早く行こ」
腰を上げるのと同時に姫宮の角と尻尾が引っ込められた。…すご!コスプレ事情はあまり詳しくは知らないがイマドキ自由自在に出し入れできるようになっているのか。
一人感心していると姫宮がいきなり近づいてきて顔をのぞき込んでくる。
「…な、何?」
「…まぁ分かってると思うけど俺異生人だから。」
異生人…?どこかで聞いたことがあるような…
「異生人っていうキャラクターのコスプレしてるってこと?」
「ッブw何でそうなるんだよwとにかく先生と俺ら以外そのこと誰も知らないから秘密にしといてね」
「あっもっもちろん!」
授業準備で早く行かないと間に合わないらしく、1-1の佐藤と姫宮は先に帰ってしまった。
残された同じクラスの佐々木と俺、二人きりなのは陰キャの俺にとって辛すぎる。
「…なんかごめんね、こういうの嫌な人でしょ」
「えっ全然そんなことは、、」
俺は人と喋るのは苦手だが、めちゃくちゃ嫌っていうほどでもない。むしろ一緒にご飯を食べてくれて連絡まで交換してくれてありがたすぎる。
「明日から無理に屋上とか来なくていいからね、あっ屋上で食べたいなら僕達の方が移動するから」
…遠回しに一緒に居たくないと言われてる…??
「えっいや、まぁ佐々木くん達が俺と一緒にいるのが嫌なら─」
「あっ!!ごめん!!そんなつもりは…黒山くんいつも一人教室で楽しそうに本読んだりスマホしてたりするから一人が好きな人なのかと…」
「いやそれは─」
俺がコミュ障だから、他人と関わらないように…周りからはそう見えていたのか、そう思うと恥ずかしくなってきた。
「…まぁとりあえず黒山くんと友達になれて嬉しいよ」
佐々木はそう言って大きな目を弧にさせる。
裏がありそうで怖いなと思いながらもやっと友達ができて喜ぶ俺がそこにいた。
このあと異世界に転移されるなんて知らずに。
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