20世紀夜話

阿部2

第1話 夜の口笛

「夜に口笛を吹くと鬼が来る」というフォークロアがある。鬼でなく蛇や泥棒が来るとした類話もある。口笛は身近な道具であると同時に畏怖の対象でもあった。昼と夜でその性質がコインの裏表のように反転する音楽というものが想像できるだろうか。これと較べると今日の音楽はただ耳と脳を刺激するだけの甚だ散文的のものにすら思える。しかし、口笛がどのような楽器だったのかはわかっていない。写真の技術が十分に普及して以降も、どういうわけか口笛の写真だけは見られない。このような「見るなの禁忌」と総称されるタブーは世界中に見られ、聖なるものはおおっぴらに公開できないという感覚は、多くの人類が共通して持つようだ。聖なるものが身近なものでもあり、また時には牙を剥いて邪悪なものであるかのようにも振る舞うという点も多くこのタブーに共通している。芸術の起源をディスプレイに求める仮説は根強い指示を受ける。口笛を一つの求愛行動、ないし敵を威嚇する示威行動だと解釈すると、このようなタブーの意味もあるいは腑に落ちるのではないだろうか。

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