なんかメモから出てきたから置いとく

第1話

俺が先輩に告白した回数は計133回。好きだと自覚したその日から毎日告白し続けた。先輩はいつも困ったように笑って、「ごめんね」とだけ告げてきたが、運命の133回目の先輩の誕生日だったあの日、彼女は初めて俺の言葉に頷いてくれた。

「君に負けてあげるのも面白いかもしれない」

そんな、告白の返事としては雰囲気も色気も何も無い言葉を、俺は今も宝にしている。

初めて先輩が俺を認めてくれた言葉だったからだ。

あの日は、間違いなく人生で一番幸せな日だった。

まだ寒さの残る、高校1年の3月の話だ。

その数日後、先輩は卒業していった。





​───────そして、今。

「おとうさんとおかあさんは、どうしてけっこんしたの?」

「ふふ、それはね、お父さんとお母さんが二人ともお互いのことを愛してるからだよ」

膝の上に座る愛娘の頭を撫でながら、あの頃と変わらない穏やかな笑みで先輩が言う。娘の真歩(まほ)は不思議そうに眉間に皺を寄せ、母たる先輩の顔を見上げた。

「……おそとでれないのに?」

「そうだよ。私が選んであげたんだから、それ相応の事はしてもらわないと面白くないじゃない。だからいいのよ」

ね、と美しく笑って彼女は俺を見る。酷く幸せそうな先輩の足が、ベッドに繋がれた鎖をじゃらりと鳴らした。ほっそりとした足でも抜けないようにサイズを合わせて用意した足枷だ。彼女の膝の上で甘えるように彼女に抱きつく真歩にも同じように枷と鎖が施されていた。


ごく普通のマンションの一室で、俺は先輩と自分の娘を監禁している。先輩の趣味で置かれた観葉植物や俺の趣味で置いたいくつかのプラモ、そして娘のお気に入りの絵本やぬいぐるみ。そんなものが適度に調和して置かれた一室で彼女達は日々を過ごしている。

カーテンが締め切られたこの部屋では昼か夜かも曖昧で、俺が運ぶ食事だけが彼女達の時間の指針だ。当然スマホやパソコン、ゲーム機などの外と連絡が取れそうなものは部屋に置いておらず、常にベッドに足が繋がれた状態のため外に出ることも出来ない。

完全に外界と隔離されて生きる先輩は、それでも毎日幸せそうだった。真歩はいつもつまらなそうに過ごしているが。


先輩に微笑みかけられた俺は、僅かに目を逸らす。意に反して顔が苦々しく歪んだのを感じた。

「……先輩」

「もー、私はもう先輩じゃないでしょ?」

くすくすと笑う彼女は昔から変わらず美しい。その笑みに絆されてしまいそうだ。

「……未来さん」

「ふふっ、なあに?」

楽しそうに幸せそうに、彼女は笑う。

本当に一体どうして、こんなことになったのか。





プロポーズしたのは、告白の時と同じく俺からだった。

夕暮れの公園で、噴水が高く噴き上がるのに合わせて指輪を差し出し頭を下げた。

朱に燃える空の色につられて、俺の顔も熱くなる。

「貴女の未来を俺にください!!!」

「えー?うーん、ふふっ、陳腐でありふれた言葉だけど……君らしくていいかな。いいよ、私と結婚しよっか」

くすくすと先輩はいつものように笑う。気のせいかもしれないが、いつもよりその頬が紅く染まって見えた。

「その代わり……ちゃんと、私を楽しませてね?」

悪戯っぽく上目遣いに笑う彼女はいつだって何よりも美しい。

夕焼けに照らされた噴水が、照れたようにほんのり紅に色付いた。

この日、おれは人生で2番目の幸せを感じた。

それからは早かった。何をするにも不器用な俺に代わり、先輩……もとい未来さんはテキパキと必要書類を用意し、両家顔合わせの場をセッティングし、式場の予約まで頼りっぱなしになってしまった。本当に凄い人だ。

そして俺は、未来さんのご両親に約束した。

必ず未来さんが笑顔で過ごせる家庭を築きます、と。

その約束は今のところ果たせている、と思う。あの時想定していたのとはだいぶ違うが。

それでも彼女を手放せないのは、俺が本当に心の底から未来さんのことを愛しているからだ。離れるのが怖い。片時も離れずずっとそばにいて欲しい。大好き。愛してる。たとえ彼女がどんなに狂っていたとしても、それでも彼女に優る女性はいない。

そう確信している。

最初の数年は平和だった。普通に幸せな夫婦生活。大きな不満は何一つ無く、日々を二人で穏やかに過ごした。

結構2年目に未来さんの妊娠が発覚した。念願の子ども。俺たちの愛のカタチが実体を持って存在しているのだと思うと、産まれる前から愛おしかった。

そして産まれてきた娘は未来さんによく似てとても可愛らしかった。

「ああ……この子の目、君にそっくりだね。きっと面白いことを沢山してくれるよ」

彼女はいつものようにくすくすと、幸せそうな笑顔で言った。

この日、俺の人生で2番目の幸せが上書きされた。

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