第8話:新王家医師

「では、次の王家医師を決めようか」


「それがいいですね、兄上」


 鼻と両耳を斬り飛ばされたハンティンドン伯爵は、これ以上ロジャー第一王子の機嫌を損ねるのを恐れ、這う這うの体で逃げて行きました。

 冷酷非情に金を稼いでいるハンティンドン伯爵の事ですから、恨みを持つ相手から何時襲われるか分からない立場です。

 きっとあくどく稼いだお金で、高品質の回復薬を蓄えている事でしょう。

 鼻や耳くらいなら再生できるような高級回復薬を使えるはずです。

 もしかしたら陛下の寝室を出て直ぐに使っているかもしれません。


「では、次の王家医師はアグネス嬢にする。

 爵位は王家医師に相応しい子爵に叙爵する。

 手当はボリングブルック子爵から接収した領地と屋敷を与えるから、そこから独自で得るようにしろ、いいな、アグネス嬢」


 私とデヴォン伯爵家が返してもらえる支援金と賠償金の話が終わり、もう私に関係する話などないと安心していたのに、とんでもない話になってしまいました。

 弟がダンジョンに挑むと決意した時に頼まれて、しかたなく覚えた下級の回復魔術しか使えない私に、王家医師など務まるはずがないのです。

 しかも独立した子爵位を与えて、領地に管理運営までしろと言われても、できる訳がないではありませんか、ロジャー第一王子。

 どれほど怖くても、ここは辞退させていただくしかありません。


「恐れながら申し上げさせていただきます、ロジャー殿下。

 私は下級の回復魔術しか使えない未熟者でございます。

 とてもではありませんが、王家医師など務まりません。

 それに何の功績もない者に子爵位を与えるなど、それこそ王家の品位と名誉を傷つける事になってしまいます、謹んでお断わりさせていただきます」


「ふん、随分と殊勝な事を口にしてくれるが、それは王族の命令を断ると言う事だが、分かっていて言っているのだろうな」


「若輩者ですので、ロジャー殿下のお考えを理解する事など到底不可能です。

 ただ、自分の能力のなさを嫌というほど知っているだけです。

 王家の方々の診察と治療をするなど、とても不可能でございます」


「俺がアグネス嬢にやってもらいたいのは、診察や治療ではなく介護だ。

 そもそも、これまで治療を行っていると言い張っていたボリングブルック子爵が、王権を私利私欲で捏造した罪が明らかになったのだ。

 ボリングブルック子爵を王国医師から解任すると言う俺の言い分を、王家会議に応じる事もなく拒否してきたマージョリー王妃とヘンリーが、自分達の不明を認めたのだから、今度こそ俺が信じられる者を王家医師にするのだ。

 これはようやく開かれた王家会議の決定だ、王家に忠誠を誓う貴族や騎士に拒否は許されない、分かったか、アグネス嬢」


 ロジャー第一王子に信じてもられる事など、何もないはずなのですが、何が認められたのかさっぱり分かりません。

 それに、王家会議の命令だと言われたら、とても断れません。

 私だって命が惜しいですし、家にまで迷惑をかけるのは明白です。

 受けなければ即座に処罰、受ければ失敗しない限り処罰されません。

 これは一旦受けて、代わりに王家医師を務めてくれる人を探すしかありません。


「はい、介護だけでいいと言ってくださるのであれば、謹んでお受けさせていただきます、ロジャー殿下、ビゴッド殿下、ヘンリー殿下」


 ああ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、もう今から胃が痛くなってきました。

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