(四)
(四)
薄い視界が小さくはない輪郭を捉え―――、
「あ、気づいた! よかった~!」
鼓膜は安堵の声を拾った。
徐々に焦点を合わせていった瞳は、自室のものではない真っ白な天井を認識した。
「……あたし……生きてるの?」
「当然じゃないよ~!」
喜びと憤りが入り混じったような口ぶりをよこした百合音は―――急遽胃洗浄が施されたが、ずいぶん長いこと心肺停止になっていた。さすがにもう、というところで脈が戻り、躰はみるみる暖かみをとり戻した。と説明した。
「先生、奇跡的だって。それで戻ったからおそらく大丈夫だっていってたんだけど、目開けるまで心配で、わたしはらはらしてたんだから~」
涙で落ちたアイシャドーで、百合音の目はパンダのようになっていた。
「どうしてこんなことしたのか、理由はおおよそわかってる。だから訊かないけど、またやったら絶交するからね」
真顔でそう釘をさした友人に、羅麗華は寝かしたままの首で頷くと、
「でもどうして百合ちゃん、ここに?」
かすれた声を投げた。
ハンカチで目元を拭い、居住まいを正した百合音は―――、
今勤める店で欠員が出て、羅麗華を推したこと。
雇ってもよいが、過去の経歴は考慮せず、新入り同等、掃除や雑用、ビラ配りまでやってもらう、という条件がついたこと。
なにはともあれ、それを早く伝えたく、深夜をまわっても部屋に駆けつけたこと。―――を語った。
「麗ちゃんにももちろんプライドがある。でもわたし、まだずっと麗ちゃんと一緒にやっていきたかったし。第一麗ちゃんのいる世界ってここしかないと思う」
力強く告げた百合音は、
「でも決めるのはあなただから」
とつけ足し、お化粧直してくると病室を出ていった。
あれは夢だったのか……。
ゆるりとベッドから半身を起した羅麗華は思った。
しかし……。
板に正座した足の痛みと味噌ラーメンの匂い……。あまりにもリアルに膝と鼻孔に残っている。しかも、あんな筋道の立った夢がはたして……。
であれば、本当に……。
閻魔は地獄に堕とすといった。そう、現世こそ自分にとっては地獄なのだ。
―――いや待て……。
―――はたしてそうか……。
百合音の持ってきてくれた話。たしかに自尊心を一切捨てなければならないつらさはある。―――が。
自分はこの世界でしか生きられない。この世界にいたい。
いっとき萎んでいた想いが、今の躰と同じく熱を持ち始めた。
それに―――、
どうせまた死んでも、結局ここに戻されるのではないか?
そんな頭を浮かべた羅麗華は、
「やってやろうじゃないの!」
レースのカーテンで和らいだ陽の光に向けてぶつけた。
その声はもう、かすれてはいなかった。
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