第4話 厨房
翌朝、ダイニングに朝食を持っていく。
「あっ、オリヴァさん、おはよ」
昨日は帰ってすぐ晩飯を食べると魂が抜けたように眠りについたサン坊もすっかり元気そうだ。
「ああ、おはよう。疲れてないか?」
軽く挨拶を交わし、長いテーブルにちょこんと一人分の朝食を置く。旦那様も奥様もいないので卓上はいつも以上に物寂しい。ずらりと並ぶ沢山の椅子も、サン坊が座る一脚を除き空席だ。
「ナミエル、何時までに仕上げたら良い?」
「どうでしょうか。午前中ってことはないでしょうけど……詳しくは分かりません。まあ夕飯時に仕上がるようにすればいいんじゃないですか?」
なんとも曖昧な返事だ。まあそれもそうか。
雨が降れば地面がぬかるんで足止めを喰らうし、賊やモンスターに襲われて馬車が壊れることもある。それゆえに馬車の旅は予定より数日遅れることもざらにある。せめて今日中に帰ってきて欲しいところだ。
まあ、俺のマジックバックに入れていれば料理だろうがなんだろうが、何日でもおいておくことができる。時間停止の機能があるからな。
だが折角、サン坊が今日に向けて頑張っているんだ。帰ってこなかったな、というのはサン坊を悲しませることになる気がする。
「まあそんなに時間がかかることでもないし昼飯食ってからでいいか。な?」
「わかった。ごはんのあと、厨房にいけばいい?」
「ああ、そうだな」
サン坊に昼飯を出してから厨房に戻る。この間に調理の準備をしておこう。とはいっても特殊な器具を使うつもりはない。
結局、五分も経たずに準備は終わった。
「オリヴァさん、きたよ」
厨房の扉を開けてサン坊は中に入ってくる。エプロンを着てシャツの袖を捲った姿のサン坊。この姿を見るたびに、他にこんなことをしている貴族の坊々なんているのか、と思う。まあサン坊が楽しそうだしいいか。うちはうち、よそはよそだ。
「じゃ、オムレツから作るか」
「わかった」
「殻は……俺がぶった斬るか」
頭ほどある銀氷鳥の卵は、普通の卵みたく割れるものじゃない。
マジックバッグから剣を取り出し鞘から抜く。ぎりぎり黄身が出てくる大きさの穴になるように卵の上の方を素早く斬る。これが大事。
「じゃあいくぞ」
剣を一振り。上手くいったな。黄身と白身をボウルに出してサン坊に渡す。ここからは手出し無用だろう。
俺からボウルを受け取ったサン坊はそれを机の上に置き、菜箸で卵を混ぜていく。軽快なリズムで、とまではいかないが手際よく手を動かしている。
「なにか、いれる?」
「その前に一回濾しとけ。卵がでかい分白身も多いからな。ほら、ザル」
そうしてできた卵液に塩と胡椒を入れさせる。
ここまできたらいつものオムレツ作りと変わらない。慣れた手つきでこなしていくだろう。
サン坊はフライパンを火にかけてバターを溶かす。そこに卵液を流し、へらで混ぜる。
ある程度卵が固まってきたところで形を整えれば完成だ。ふんふんと鼻歌交じりで作ったオムレツは綺麗な形をしている。
「よし、上手くできたな。冷める前にバッグの中入れとけ」
「うん」
なにせバッグの中のものは時間が停止するからな。これで暖かいまま置いておけるわけだ。そして自分用にもう一つ作らせる。今度俺のも作ってもらおうかな。
続いてはケチャップ作り。トマトをはじめとした具材を刻ませて鍋に投入。あとは煮込むだけ。簡単なお仕事だ。
「よし、メインディッシュいくか」
「うんっ」
気合いの入った声で返事をするサン坊。それもそうだよな。
バッグからドラゴンの肉を取り出しサン坊に手渡す。ちなみに肉は昨日の段階でステーキサイズに切っている。
「でかい筋だけ切ったら軽く塩胡椒振っておけ」
「わかった」
下拵えを終えたらあとは焼くだけ。
なんといっても、肝心なのは焼きだ。ひっくり返すタイミングと焼き上がりのタイミング、これで出来ががらっと変わる。
「よし、焼くか。まずフライパン温めろ」
「どれくらいあたためたらいい?」
「煙が出るくらいにしっかり温めていいな」
「わかった」
サン坊はフライパンを火にかける。
「これくらいでいい?」
フライパンを見ると白い煙が上がっている。
「ああ、もう少しだな。いや、そろそろか」
次にバックから取り出したのはワイバーンの脂。そう沢山採れるものではない貴重なものだ。だからといって、今使うのを惜しむのはお門違いだろう。
「これひいたら、いよいよ肉を焼くぞ」
「なんかきんちょうする」
フライパンを回し脂をひくサン坊の動きは、緊張している、というには落ち着いてみえる。
「のせるよ?」
肉をフライパンの上に構えるサン坊。
「ああ」
俺の声に合わせてジューという、なんとも食欲を唆る音が厨房に響く。
ひっくり返すタイミングを逃すまいと、肉を凝視するサン坊。今なら何をしても気付かれなさそうだ。
「そろそろかな?」
あくまで肉に視線を向けながらサン坊は俺に問う。
「自分のタイミングでいきな。それが一番だから」
なにせステーキの火の入れ加減なんてのは好みの問題だ。
「じゃあ、かえすよ」
俺の言葉の真意を汲んでくれたか否かは分からないけど、サン坊は肉を裏返す。
そして幾らか火を通しステーキは焼きあがる。
「ほら、あと一枚焼きな」
「もちろん」
二回目の調理も無事に出来上がり、残すソースもすんなりと完成する。
「これで終わりか。よく頑張ったな。きっと旦那様も喜ぶだろ」
料理を詰めたマジックバックを渡しながら告げる。
「はやく父様かえってこないかな」
どこからどう見ても浮かれているサン坊。旦那様が帰ってきた途端に跳ぶように喜ぶサン坊の姿が目に浮かぶ。
「サン坊、旦那様が帰ってくる前に着替えておけよ。服に匂いとか付いてるからな」
「うん。オリヴァさん、ありがとうね。今度オリヴァさんにもつくってあげるね。あと……また狩りにいきたい。つれていって。じゃあねっ」
太陽みたいな笑顔を振りまいてサン坊は厨房から出ていった。あれに俺は弱いんだろう。どうやら俺は帰ってきた旦那様に、サン坊を連れ回す許可をもらいにいかないといけないらしい。
それでも、またいきたい、というサン坊の言葉が嬉しくてここ数日の疲れも吹き飛んだ。
せっかくだ。デザートでも作って持っていこうか。そうしたらサン坊も喜んでくれるだろう。
一服するのは後にして、俺は包丁を握った。
君と最高の一皿を 後藤 時雨 @shigure-goto
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