第2話 雪の大地

 転移魔法特有の光も収まって、眼前には一面真っ白な大地が広がる。所々に生える針葉樹にも雪が積もり緑が垣間見える隙はない。

「さっ、さむい」

「そうだな……。とりあえず、ほら」

魔法で炎を作り出しサン坊の前に。その場凌ぎだがこれで少しは暖かいだろう。


 いつまでも炎魔法を使うわけにもいかないのでマジックバックから外套を取り出す。少し大きいが性能的にもこれが一番だろう。今回は、さっきバックを漁った時に一度出てきていたので難なく外套を取り出すことが出来た。


「ほら、腕出せ。これ着せてやるから」

差し出された腕に袖を通し、反対も同様に。

「うわあ、あったかいね」

思わず漏れたような声を聞き安堵する。これで先に進めるな。


「よし、今から探すのは銀氷鳥の巣だ。魔物が出るかもだから気をつけろよ」

うんっ、と元気に返事をするサン坊の手を握り出発。

 少し恥ずかしそうに手を握るサン坊だが離すわけにはいかない。こういう所には天然の落とし穴があるからだ。


「なにか目印とかないの?」

「ないな。だから巣より銀氷鳥を見つける方が簡単かもな。奴らの身体は二メートルはあるから。空見てろ、空」

「えー、てきとうだなあ。どんな鳥なの? それがわかんないと空見ててもわかんないよ」


「真っ白ででかい。これくらいだ。後は戦闘になると氷を吐く。これは関係ないか」

そう、今のところは関係ない。ただ奴らの宝と言える卵を拝借しようって言っているんだ。いずれ戦闘になる可能性は十分ある。


「ねえ、あれは?」

サン坊の指の方には一匹の白兎が。モンスターですらないうえ、危険な動物ではない。

「ただの兎だ。気にするな」

コクリと頷いたものの、未だサン坊の視線は白兎に釘付けだ。

 俺にしてはなんともないが、ここに来て最初の動物だ。興味が湧くんだろう。


 その後もかなり歩き続け、空が橙に染まってくる。今日見つけたのは兎と狼くらいで収穫はない。

「今日はもうお終いかな。一旦帰るか?」

ふるふると首を横に振るサン坊。


「野営がいいのか? それでも良いぞ。道具はこの中にあるからな」

マジックバックに目をやりながら言ってみる。現役時代の野営道具が入りっぱなのだ。やろうと思えば一年くらい野営を続けることもできるだろう。


 喜色を浮かべうんっ、と頷くサン坊。屋敷のベッドの方が寝心地良いと思うんだが。まあ貴族の坊々になかなか野営なんかをする機会なんてないからな。非日常を楽しみたいんだろう。


「じゃあ晩飯の準備にするか。兎でも狩ってこようかな」

「ぼくは?」

「置いていくわけにはいかねえだろ」

というわけで脇にサン坊を抱えて出発。


 速さを優先したためにこういうふうになってしまった。おんぶでもよかったんだが、こっちの方が剣を振りやすいからな。サン坊には少し我慢してもらおう。


 早速兎の群れを発見し、抜刀。

「加速するぞ。舌噛まないようにな」

きゃっきゃと騒ぐサン坊を落ち着かせ、一気に兎らに近づく。そして、二匹の兎の急所を斬り一撃で絶命させる。噴き出す鮮血により真っ白な雪は赤黒く染まっていく。


 その場で血抜きを済ませ、ここを後にする。血の匂いに誘われて獰猛な動物がやってくるかもしれないからだ。別に脅威ではないが面倒だからな。ちなみに銀氷鳥は草食。


 テントを張ったところで晩飯の用意。

「塩胡椒振って焼くだけでいいか?」

マジックバックから先の兎を取り出しながら問う。バックの中身を使えば凝った料理もできるが、それは無粋だろう。現にサン坊は屋敷に戻ることを拒否し、こうして野営の準備をしている。


「うん。それでいいよ」

サン坊の了承も得たので、火を起こし兎を串刺しにする。適当に塩胡椒を振って、火が当たらない位置に兎の串刺しを置く。こうすれば直火で焼くより時間はかかるが、美味く仕上がるからな。こういう時に冒険者時代の経過が役に立つ。


「そういえば、大丈夫だったか? なんかこう……精神的に? 血が噴き出るとことか」

十歳の子どもにはなかなか辛い光景だったかもしれない。

「別にだいじょうぶだよ。オリヴァさんは心配性だなあ」

どうやら要らぬ心配だったようでサン坊に笑われてしまった。


 翌日、テントを回収し銀氷鳥の巣探しを再開する。寝ている間は常にサン坊が引っ付いていたために、凍えるような雪の大地の夜でも暖かさを感じたのは内緒である。


「今日中に見つからなかったら諦めるからな。頑張って探すぞ」

「うん。ぜったいに見つける」

拳を握るサン坊の頭を撫で、出発。


 そしてお昼時、急に暗くなったと思い空を見上げると、真っ白な生き物が空を舞っていた。

「ねえっ、あれって……銀氷鳥?」

俺を見上げる視線には期待の色が籠っている。

「ああ、間違いない。銀氷鳥だ。後を追うぞ」


 銀氷鳥の飛ぶ速さは人の足より早く普通に走っていたらすぐに見失ってしまうだろう。

「ほら捕まれ。おぶっていくぞ」

背中から重みと暖かさが伝わってきたところで魔法を使用する。移動速度上昇の魔法だ。


 冷気を切りつつ銀氷鳥を追うこと一時間弱。ついに奴の巣を発見する。奴の羽毛のように卵も真っ白で、五つ巣の中に並んでいる。

「よし。ちゃんと卵もあるな。全部とっていくのも酷だろうし、三つくらい頂戴するか」

「わかった。三つだね」

「ああ、俺があいつを引きつけている間にこれに卵を入れていけ。三つ入れれたら合図してくれよ。一旦屋敷に戻るから」


 マジックバックを手渡し、剣を抜く。サン坊が彼の顔程ある卵に触れた瞬間、鳴き声を上げ氷を吐き出す。予想通りの展開だ。難なく氷を全て弾き飛ばし再び剣を構える。

 奴くらいなら簡単に仕留められるがそうはしない。もとより卵が目的だ。子どもの前での無駄な殺生は避けるべきだろう。


「とれたよ!」

サン坊の声を合図に剣を納めサン坊の手を握る。その途端、俺は転移魔法を発動させ、俺らはまた独特な光に包まれる。


 

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