君と最高の一皿を
後藤 時雨
第1話 屋敷
「ねえっ、オリヴァさん。ちょっとおねがいがあるんだけど」
わざわざ調理場までやってきたサン坊が、戸を開くやいなや口を開く。
「なんだ、サン坊。おやつでも作って欲しいのか?」
貴族の使用人である俺が、雇用主の息子に使うような口調ではないのは重々承知している。ただ元は冒険者だったこともあり堅苦しいのは性に合わない。それにサン坊には大分懐かれていて今更誰も気にしていないだろう。
「ちがう。こんど、料理させてほしいんだ」
いつも料理ならさせてあげているんだがな。特に今は、五月蝿い料理長が旦那様に付いて行って王都にいるんだから駄目と言う理由がない。
毎回、坊ちゃんが怪我したらどうするんだって料理長は言っているが、そこまで包丁も火も危なくないだろう。子供でも剣を握り、魔法を使えるような世の中だ。
現にサン坊は十歳にして剣術練習として真剣を振り回したり、実践練習として炎魔法を受けたりしている。これに比べれば料理に使う包丁やら火やらはどうってことないだろう。
「で、今回は何を作りたいんだ?」
「えっとね、あしたは父様の誕生日だからすっごいのつくりたいんだ」
サン坊は少し目を逸らし、顔を赤らめ答える。しかし、えらく注文が曖昧だな。
「サンライズ君、いろいろ言葉足らずですよ。僕が説明しましょうか?」
どこからか現れたサン坊の家庭教師であるナミエルが柔らかい声で尋ねる。
「うん、おねがい。先生」
「誕生日当日というわけにはいきませんが、旦那様が帰ってきたらお祝いをしたいんですって。それで夕食を作ってあげたいと」
そういうことなら協力しない理由がない。まあ、よっぽどのことでない限りサン坊の頼みを断ることはないんだけどな。
「それで、いつ帰ってくるんだっけ?」
「三日後です」
結構な余裕があるな。どうせ時間があるなら思い切ったことをするのもいいな。
「じゃあ食材集めからするか? 俺も久々に体動かしたいしな」
「いいね。いきたい。ねえ、いってもいいよね?」
眼をきらきらさせて、ぴょんぴょん跳ねるサン坊。
「まあいいでしょう。実践訓練ということにします」
ナミエルに許可してもらえ、胸を撫で下ろす。旦那様は家を出ている間のことはこの家庭教師に全てを任せているからな。といっても、屋敷に残っているのは俺ら三人と数人のメイドだけだ。
「まずは何を作るか決めないとだな」
「お肉はぜったいいるよね。んー、どうしようかな」
しばらく沈黙が流れる。
「オリヴァさん。なにかいいのないかな」
「簡単にステーキとかでいいんじゃないか? ドラゴン狩りに行こう」
ドラゴンの肉は美味いからな。
それにここ、フォールック侯爵領はもちろん王都にもドラゴンの肉は出回らないしな。ドラゴンを倒すのは大変だし、奴らの生息地は遠いので肉は輸送中に腐ってしまう。それゆえに食べたことがある奴なんてそういない。祝いにはぴったりなものだろう。
そんなドラゴンの肉だが、俺は転移魔法が使えるので奴らの生息地に行くことも容易い。まだ転移魔法使えるよな?
「あなた……冒険者辞めてもう三年経ったでしょう。大丈夫です? いくら最強と崇められたあなたでも子守りしながらドラゴン討伐は厳しいんじゃないですか?」
「まあ大丈夫だろ。昔はドラゴンなんか敵じゃなかったからな。それにまだ三十六だし、そんなおっさんじゃないから」
最悪、まずいと思ったら転移魔法で逃げればいいだろう。多分、大丈夫だろうけど。
「あとオムレツつくりたいな」
「おお、いいな。最近綺麗に出来るようになったもんな」
卵なら雪の大地の銀氷鳥の卵を使えばいいかな。あれは固まりにくいからとろとろのオムレツが作れるはずだ。
「じゃあこの二つにする。いいかな?」
「そうだな。あんまり沢山は作りきれないだろうし」
食材採取もあるしこれくらいで丁度良いだろう。
「じゃあ僕、準備してくる」
手を振りながら駆け出していったサン坊とそれに続くナミエルを見送り、俺も自室に戻る。
クローゼットの中から三年間開けていないマジックバックを取り出す。容量無限と時間停止の効果が付いた一級品だ。ダンジョン産のレア物でこんなバックは片手で数える程しか見つかっていない。
とりあえずバックから鎧やローブを取り出す。俺が持つ中で最強の防具をフル装備すれば並の攻撃は通るまい。久しぶりに袖を通し、懐かしさを感じる。
そして剣を取り出す。国王から賜った品で国内でも指折の職人が仕立てた業物だ。三年程の時を共にしたもので、現役時代の相棒として幾度となく敵を葬ってきた。
最近は包丁しか握っていなかったが、やはりこれが手に馴染む。思わず笑みが漏れてしまった。
バックのどこかに子ども用の装備があったはずなんだが。ダンジョン産のものでかなりいいやつだったよな。
バックの中は現役時代拾ったものだらけで何がどこにあるのか分からない。よく使うものは分かりやすい所に置いているが、拾い物は適当に入れていたからな。
二十代の時に使っていた剣。違う。
ダンジョンで拾った杖。違う。
北の国のお土産である首飾り。違う。
目当ての品はなかなか出てこず昔を思い出す時間になってきたな。
バックを漁ること約五分。お目当ての品はやっと出てきた。思った通りサン坊に使わすのに丁度よい大きさだ。性能もばっちりだしこれで安心だろう。
早速サン坊の部屋に向かう。
「入るぞ」
ノックを三回して返事を待つ。はーい、と聞こえてきたので扉を開ける。
サン坊にさっきの装備を着させて準備完了。
「じゃあ行こうか。サン坊、俺の手を掴んでくれ」
小さな手にぎゅっと右手を握られる。しかしその手は日々の訓練で、幼子にしては柔らかさが足りない。
「気を付けてくださいよ。何かあったらすぐに戻ってきてくださいね」
「ああ、さっと行って帰ってくるわ」
「いってくるね」
転移魔法を発動させると俺らは独特の光に包まれる。
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