ソラルチカ -Sky Land Under Ground-

幾谷コウセイ

母を探して

第1話 はじまり

陸上に人々が住み、魔術や科学技術を研究していた頃…神と呼ばれる存在は、天空と地底に腰を据えていた。


天空神は、光溢れる純白の世界や正の感情を好み、またそうあることを望んだ。彼女は博愛主義者ともいえる。

地底神は、影猶予う漆黒の世界や負の感情を好み、またそうあることを蔑んだ。彼は利己主義者ともいえよう。


それぞれの神に敬意を示し、賛同する者達は、那由多の数だった。


天空神を愛する者は、地底神を憎んだ。

地底神を愛する者は、天空神を憎んだ。


そうして争いは起きた。


天空に従うソラ派と地底に従うチカ派は、神との主従関係の名のもとに戦争を始めたのだ。

天空神と地底神は、その様子をただ呆然と眺めるばかりであった。


その争いに参加しなかった傍観者もまた、その様子をただ眺めることしかできなかった。


ただ眺めていただけだった地底神は、やがて傍観者を手中に収めたいという強欲を持った。

それに呼応するように…天空神には、嫉妬の情が芽生えた。


戦火によって渦巻いた神の感情は、やがて世界に歪みを生むのだろう。


戦争を始めたのは、神を愛するあまりに自然を壊した人族。

戦争に巻き込まれたのは、人と共生していたために自然を壊された妖精族。


そんな罪も、人族は長い年月を経る間に忘れていくのであろう。


妖精族は今も、それぞれの神がため、この世界を守護するために、戦っているとも知らずに……


*


そして、とある一人の人族が、潜在していた掟を破った時…思い知らされるのである。


理不尽には理不尽を、不条理には不条理を…それが神の教えなのだろうか。

…そのように感じる程に。


*


「そんな……そんな…ッ!!」


―■■■は悪人なんかじゃない。


「こんな筈じゃ…」


ましてや罪人だなんて事は無い。


「どうして…?」


大切な人にもう一度会いたかった…また一緒に笑っていたかった


「なんでよ、何故なのよ…!」


ただ、それだけ。


「こんなことになるなんて……私は…知らない、知らなかった…ッ!」


掟なんて知らない。関係ない。


「……どうか…許して、■■■■、■■■…ッ」


■■は、■■■を憎んだり恨んだりなんかしない。


例えこの名を罪人の名と呼ばれようとも…家族、だから。



*



「メルクリスさんとこの奥さん、行方不明になってから何年になったかしら」

「旦那さんと娘さんを亡くしているそうだし、気の毒ねぇ…」

「残された娘さん達も、可哀そうよねぇ……まぁ、例の魔女みたいなのが何人もいても困っちゃうけどねぇ」

「やっだーそれ言っちゃ可哀そうよぉ、あっはは」


田舎町の一角での井戸端会議に、なんとなく耳を傾けて不快感を漂わせている者がいた。

それは、プラチナブロンドの髪を後ろで少し結んでいる、アメジストのような紫色の瞳の少年だった。

顔をしかめてはいたが、口出しするような事はしなかった。

彼が平和主義で喧嘩が弱い男であったからであろうと思われるのだが。


「もう、母さんのことは言われなくなったな……」


彼は一人暮らし……否、居候になりつつある家庭教師と暮らしていた。

本来、この家は4人程暮らせる広さがある。

現在は少年と女教師の二人で暮らしているため、やけに広く感じるというのは少年談だ。


「ラスくぅん、そろそろお勉強の時間よぉ?こんなところでぼぉっとしてないでぇ、家に戻りましょお?」

「あ、クレア先生……はい……」


おそらくは、井戸端会議をしている近所の奥様方から遠ざけるための口実であったのだろう。

なぜなら、今は剣の修行の時間。

外にいてもさして問題なかったからである。


「先生、ありがとう」

「何の話かしらぁ?まぁ、気分が優れないみたいだったしぃ、ちょっとお家で休憩した方がいいと思っただけよぉ?」


ぱちんとウィンクすると、クレア先生はキッチンの方へ去る。

持っていた木刀を壁にかけると、とぼとぼとイスの方に歩いて座る。

下を向いてため息をついたと思うと、ふとキッチンの方を見る。

クレア先生は、ヤカンを取り出してお湯を沸かそうとしている。

どうやらお茶を淹れたいらしいが、この教師にはある特性があった。


「きゃっ!」


ヤカンに水を入れすぎてこぼす……そう、ドジである。


「先生、大丈夫!?」


あーあ……と狼狽しながら雑巾を持ってくる。

二人でこのような状態になるのは、日常茶飯事なので慣れている。


「先生だって女性なんだから、自分の力くらいわかってないとダメだよ?」

「むー……先生そこまでひ弱じゃないと思うんだけどぉ……そうねぇ、次からラス君に頼もうっと」


イタズラな笑みを浮かべるクレア先生。

きっと先生はこう言いたいのだ……お前は男性だがモヤシだろうと。


「いやぁ、次から少なめに入れれば良いんですよ?」


そんな会話をしながら、雑巾で床を拭き終わる。

濡れた雑巾を絞り、手を洗って、ヤカンに水を入れ直そうとする。


ふと、窓の外に目が行った。

いつもと違う、それが最初の印象だった。

何というか、うまく言葉にはできないが、ざわめいている……といった感じだ。


「先生、なんだか外が……」

「そうねぇ、何だか変だわぁ。ちょっと様子を見てくるわねぇ」


そんな先生の背中を見送る。

思えば、いつも誰かの背中の後ろにいる気がする。

そんな自分を変えようと頑張っているつもりだけど、なかなか思うようには変われない。

そうしてだんだん、頑張るのを止めていく。

もしかしたら、それが大人になっていくということなのかもしれないと、齢15にして考えている。


「ラス君、逃げて!」


玄関から轟音と共に聞こえたのは、先生の声。

びくりとしたが、おそるおそる玄関へと向かう。

そこで目にしたのは―真っ赤に染まった床と、倒れた先生の姿。

そして……血糊だらけの異形。


「ひっ……」


思わず腰を抜かして後退したが、震えながら立ち上がる。

逃げなければ、でも、先生はどう助ければいい?

相手に勝てる自信も立ち向かう勇気すらない。

だいたい、先生が敵わない相手に自分が敵うはずもない。

頭が混乱するばかりだが、異形は待ってはくれない。

視線はギロリとこちらを向いている。

恐怖でビクリとしながら視認したその時、違和感に気づく。

既視感を感じたのだ。

栗色の髪、興奮で充血しているがどこか冷たさを感じる翡翠色の瞳。


「クレア先生、もしかして……」


勝てなかったんじゃない、攻撃できなかったんだ。

この異形…否、人だったものは…きっと。

タルトのお姉さん。


「フローネさん、なんですか……」

少年の問いに、異形は動きを止めて声を漏らした。


「グッ…………タ……ス、ケテ……」



*



俺には、幼馴染がいる。

フローネさんとタルトという姉妹だ。

二人は近くの森の中の薬屋さんに住んでいて、魔女の家系でもあった。

近所の子が薬草を買いに行く時、一人では怖いというので付き添ったことがある。

俺は元々転校生だったし、仲の良い子もあまりいなかったので嬉しかった。

フローネさんは、頭が良く冷静沈着なお姉さん。

タルトは、お姉さんとは正反対の元気な妹。

彼女らと過ごす時間は、とても楽しかった。

とある日を境に、あまり会わなくなってしまっていたのだが。



*



「先生、せんせい!返事をして!!」


クレア先生を必死で起こそうとしたが、気を失っているのか全く反応がない。

こうしている間にも、フローネさんだと思われる異形は我を失うかもしれない。

何か手はないかと考えながら混乱していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ラッセル!生きるために戦うことに、迷ってる時間なんてない!!」

「!!タルト…!」


叫びながら異形に一発殴る少女。

幼馴染のタルトだ。

何があったのか等色々聞きたいことがあったが、今はそんなことを考えている時間はない。

そこに守るべきものと武器があるのなら、手に取り戦うしか方法はないのだ。

タルトが手加減攻撃で気を引いている間に、クレア先生を安全な場所へと運ぶ。

すかさず壁に立て掛けてあった木刀を構え、自分も応戦しようとする。


「うっ……ラス君、タルトちゃん……」

「クレア先生!」


気がそれたその隙に、異形の波状攻撃が襲いかかる。

擬似的な水の波だ。


「しまっ……」


このままでは、溺れて死んでしまう。

そう思った時、身につけていたペンダントが赤く光った。


「……!熱っ……」


光だけではない。とても熱を持っているそれは、より強く光と熱を増していき―

小さな少女の姿をとった。


「誰!?」

「リューコ、またとんでもない運命を背負っているのですわね……」


何か言っているが、どういう意味なのはわからない。

独り言のようなものだろうか。

真っ赤なボサボサの髪に金色の瞳、頭には銀の王冠。

白いワンピースのようなものを着ていて、靴ははいていない。

そんな姿で裸足のまま歩きだす。


「ちょっと、君……?」

「うるさいですわ!!」


君の方がうるさいだろうと言いたかったが、ぐっと我慢する。

まぁ、少し怖かったのもあるが。


「わたくし、あなた方に構っている暇はありませんの。そうですわね、しいていうのなら……あの青い水晶を狙いなさいな」


そう言うと、すたすたと歩きながら幻のように消えてしまった。

ハッとして異形の方を見ると、たしかに首に青い水晶のようなものがある。

それを攻撃すれば、フローネさんは元に戻るのだろうか。

覚悟を決めて、キッとそちらを睨むと―

気づけば、先にタルトが攻撃を仕掛けていた。

青い水晶は光を放ち、再び小さな少女の姿をとった。

水色の髪、目の色はわからないが糸目で異国風の服を着ている。


「あとはワタシに任せると良いヨ」


まるで事の顛末を知っているかのように話す小さな少女は、手を差し出し異形にそっと触れる。

異形を取り巻く闇が少女を包み、うめき声を上げる。


「だ、大丈夫……?」

「平気ヨ……この子の苦しみに比べればネ……」


2つに結んだ髪から、浄化された闇が消えていく。

巨大な異形は縮んで人の形をとり、その場にふわりと降りた。


「良かっ……た、ヨ……」


安堵の言葉を残して、小さな少女はパタリと倒れる。

あわてて駆け寄るが、幸い息はあるようだった。

それどころか、気を失っているのか否か、眠っているだけのようだった。


「……ん」

「姉貴!」「フローネさん!」


とりあえず、一件落着はしたものの、わからないことがたくさんある。

それを解明するためには、ひとまず休息が必要であろう。

沸かそうとしていたヤカンの存在を思い出し、キッチンへと向かった。

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