白日夢

常磐ノ空き地

おもて

 帰り道を歩いていた。煩雑に立ち並ぶ建物に対し、まるで人気の無い道である。湿気を帯びた熱風が頬を撫でる。この一帯はあまり評判が良くない。しかし、一人暮らしをするにあたって、家賃の安さには背に腹は代えられなかった。今まで必死に勉強してきた。特に目的も無く、かと言って他にする事も出来ることも無く、教師に言われるがまま、かの有名大学に入る事を目標にしてきた。それが叶ってしまった今、蔽目へいもく出来ない様であった。──如何どうすれば良かったのだろうか、

「今からでも遅くありませんよ。──は、貴方を救うでしょう」

 思い返せば、男だったような気がするし、女だった気もする。は曖昧な輪郭しか描かず、さっぱり判別付かなかった。何方どちらでもあるかのようにも思えた。まるでその姿は思い出せなかった。しかし、その低くも高くもない声は、酷く心地良かった。

 言われるがままに連れて行かれた先には、荘厳な社が構えていた。木に囲まれて薄暗い中、其処だけは日が当たり、何処か幻想的であった。だがそれよりも、辺りの木陰に青青と茂る大きな葉に隠れるように咲く、決して色鮮やかでない赤紫の小さな花が目を引いてならなかった。

「ベラドンナと言うんですよ」

 いつの間にか背後に回っていた声に思わず肩が跳ねる。くすくすとかすかに聞こえる声に振り返る事が出来ず、再びその花を見詰めた。その後の事はよく覚えていない。気付けば、ようやく見慣れてきた玄関の前に立っていた。

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