ビールの苦みは悲しみの味
御厨カイト
ビールの苦みは悲しみの味
「プハァー!いやー、一日の終わりに飲むビールは旨いな、おい!そう思うだろ、カインズ!」
「……私はロボットですから、味覚はありません。ですので、マスターのそのお気持ちは理解することは出来ません。」
「まっ、そらそうか。だけど、このビールの味を知れないとは可哀そうだぜ、まったく。」
そう言いながらマスターは、ジョッキのビールを勢いよく呷る。
そして、ドンッとジョッキを置いて、口についた泡を拭いながら、話を続ける。
「うん?そう言えばお前、いっつもそのオイルを飲んでるけど、美味しいのかそれ?」
「ふぅ、さっきも言いましたが私に味覚はありません。これはただ単に動くために必要だから飲んでいるだけです。」
「ふ~ん、味覚が無いなんてつまらない人生だな。」
「……うーん、元々味覚が無い私からしたら、その味覚がもたらす幸福を知らないので、なんとも。」
「そもそも知らないから、か……。なかなか難しいな、おい。」
「と言うかマスターはまた明日から戦いに行くのでしょう?前日にお酒を飲んでよろしいのですか?」
「ふんっ、そんなの酒を飲まねえとやってらんねえよ。」
「ですが、飲んだら明日に響きますよ?」
「……そう言うけどな、そもそも飲まねえとその明日すらも来ねえだよ。だから飲んでんだ俺は。」
「……そうですか。」
「まぁ、そういう訳だからまた少しの間家を空ける。その間の事は任せたぞ。」
「もちろんですとも。このカインズ、マスターの留守をしっかりと守らせていただきます。」
「おう、頼んだ。」
そう言いマスターはまたジョッキいっぱいのビールを思いっきり飲み干す。
少しして、酔いつぶれ、机に突っ伏しているマスターを寝室まで運ぶのが私の日常だ。
屈強な体をしている割に可愛い寝顔を晒すマスターを無事にベッドを運び、テーブルの方を見てため息をつく。
ジョッキやコップ、お皿、零れたつまみなどでいっぱいのテーブル。
……ボーと眺めていても、片付けに動けるの私だけだ。
「ふぅ」ともう一度ため息をついて片づけを始める。
……ここに来て、もう何年経つだろうか。
カチャカチャと食器を鳴らしながら、私はふと考える。
元々は奴隷的な役割を負うために作られた私。
それが今じゃ、家を守る役目を負うようになった。
まぁ、これに関してはマスターの人柄の良さが大きいかもしれない。
よく見た目や口調で勘違いされるがマスターは凄くお優しい方だ。
……少なくとも私からしたら。
……ふぅ、中々珍しい事を考えるものだ。
濡れた手をパッと払いながら、そう思う。
多分私も疲れているのだろうな、ロボットだけど。
そうして片付けが終わった私も
次の日
「よいしょっと……、それじゃあ、この家のこと頼んだぜ!」
見るからに重そうなリュックを背負いながら、マスターはそう言う。
「はい、お任せください。このカインズ、しっかりと守って見せます。」
「うむ。まぁ、お前の事だから特に心配してないんだが。」
「信頼していただいているようで嬉しいですね。……マスターの方こそご武運を。無事に帰ってこられるのを祈っております。」
「おう、ありがとな!まぁ、心配しなくても生きて帰ってくるよ。じゃなきゃ、ビールを飲めなくなっちまうからな!」
そう言いながら、「ガッハッハッハッハ」と笑うマスター。
「いつも通りだ」と安心する。
「マスターは相変わらずですね。」
「おうとも。戦った後に飲むビールは神が作ったと言っても疑わないぐらいの旨さだからな!それを味わえないなんて、俺に「死ね」って言ってるのと同じだぜ!」
「さいですか……。っと、そろそろ時間の方大丈夫ですか?」
「おっ、危ねぇ危ねぇ。……それじゃあ、そろそろ行ってくるぜ!」
「はい、行ってらっしゃいませ。お気を付けて。」
「おう!」
そうしてマスターは元気良く、出発していった。
そして、また1人になった。
静かになった家の中でポツンと。
……よっし、マスターに任されたからにはしっかりとこの家を守らなければ。
そうして、私はギシギシとしか鳴らない機械の腕を回しながら、いつも通り家事を始めるのだった。
********
ガチャ
「ふぃー、帰ったぞー!」
「あっ、お帰りなさいませ。」
「おう!無事に帰ってきたぞ!」
少しボロボロになった鎧を携えながら、マスターは「ニカッ」と笑う。
その変わらない様子のマスターを見て、私は安心する。
「お風呂はもう沸けておりますので、先に入ってください。その間にご飯の用意をしておきますので。」
「お、了解。あっ、そうだ、ちゃんとビールも用意しておいてくれよ?」
「もちろん分かっておりますよ。ちゃんとご用意しております。」
「ハハハ!流石だな、おい!分かっていやがるぜ!それじゃあ、さっそく入ってくるわ。」
早速、ご機嫌になったマスターが脱衣所へと向かう。
そして、少ししてシャワーの水音が聴こえてくる。
さっ、色々準備をしていきましょうかね。
マスターが置きっぱにしている荷物も片付けてっと……
……今回の戦いも大変だったんだろうな。
いつも使っている剣が随分刃こぼれしている。
今日は……いつもより多くビールを準備しておいてあげましょうか。
そんな感じで色々準備していると、ホカホカと湯気を発した状態のマスターが姿を現す。
「おぉ、上がったぞー。」
「あ、マスター、ちょうど諸々の準備が終わった所です。早速食事にいたしましょう。」
「分かった。何か手伝う事はあるか?」
「……戦いでお疲れになっているマスターにそんなことはさせられませんよ。マスターは先に座っておいでください。」
「お、おう、分かった。」
少しシュンとしているマスターが机へと向かうのを見ながら、食事の準備をする。
あと、キンキンに冷やしたビールも出しておく。
「おー、こりゃあ豪華だな。俺の好きな料理ばかりだ!」
「戦いからマスターが帰ってきた記念ですからね。今日は思う存分食べて飲んでください。ビールもたくさんありますので。」
「そうかそうか、そりゃあありがとな。という事は今日はたくさん飲んでもお前に文句言われないっていう事か。」
「まぁ、そうなります。」
「よっしゃ、じゃあ今日は潰れるまで飲んでやるぜ!こっちは戦闘期間中の禁酒の所為で鬱憤が溜まってんだよ!」
「はいはい、そうおっしゃると思って沢山用意していますので。」
「流石カインズだ!早速飲むことにするか!」
そう言いマスターは、ジョッキなみなみにビールを注ぐ。
「よっし、それじゃあ乾杯しようぜ!」
「はい、分かりました。」
「じゃあ、」
『乾杯!』
ジョッキとオイル缶がカチンッとぶつかる。
うん、良い音だ。
そう思っていると、マスターは一気にビールを飲み干す。
「プッハーーー!うめぇー!やっぱビールは最高だな、おい!マジでうめぇ。」
「それは良かったです。まだまだお代わりはありますので、遠慮しないでどんどん飲んでくださいね。」
「おうとも、遠慮なんて最初からする予定無いぜ!今日はそのお代わりも全部飲み干してやるわ!」
「ビールも良いですけど、是非料理の方も食べて見て下さいね。」
「分かってるよ。こっちも全部食らいつくしてやるぜ!」
「……明日の体調が心配ですね。」
そんな私の呟きも聞こえて無いのか、マスターは箸とジョッキを交互に動かしていく。
私はそんなマスターの様子を見ながら、オイルを啜るのだった。
そんなこんなで食事も結構進んできた頃、私はある質問をする。
「……そう言えばマスターっていつもそのビールを美味しそうに飲んでいますけど、それって本当に美味しんですか?私が調べた情報だと、結構苦みがあるお酒と書いてあったのですが。」
「まぁ、確かにビールは結構苦みがあるお酒だが、慣れたらうまいもんだぞ。現に俺はこの酒にハマってるわけだからな。」
「ふむ、なるほど……」
「フッ、そんなに気になるなら少し飲んでみるか?」
「い、いえ大丈夫です。私には味覚が無いので、何にも分かりませんし。」
「まぁまぁ、そう言わずに、ほれ。」
そう言いながらジョッキをこっちに向けてくるマスター。
……まぁ、気にならないと言ったら嘘になる。
味覚が無いと言っても、気になる物はロボットと言えども気になる。
そうして私は、そのジョッキを受け取って、一口。
「……どうだ?美味しいか?」
「うーん……、やっぱり何にも感じませんね。私がいつも飲むこのオイルと同じ感覚です。」
「ガハハハ!まぁ、そらそうだろうな!仕方がない。」
「うむむ、若干悔しい感じが。」
「こればっかりは仕方が無いからな~。……もしかしたら、これから飲み続けたら味が分かるようになるかもしれんな。これから一緒に飲んでいこうぜ!」
「……私の気が向いたら、一緒に飲むことにしましょうか。」
「おっ、やったぜ!それじゃあ早速飲もうぜ!」
「え、いや、気が向いたら……ってまぁいいか……。」
こうして私はビールを沢山飲んで出来上がってしまったマスターの世話をしながら、楽しく騒いでいくのだった。
********
……別れは突然だった。
あの日、チャイムを鳴らしたのがマスターだと思ってドアを開けると、珍しく郵便ギルド員が立っていた。
そして、ある1枚の紙を渡される。
そこには……、マスターが戦死したという知らせが書いてあった。
それに遺品も後日取りに来て欲しいという知らせも。
……まさか、まさかあんなに元気に戦地へと旅立って行ったマスターが、冥府の方へ旅立ってしまうとは……。
予定では今日帰ってくる予定だったから、せっかく色々なものを準備していたというのに……
何だか、無いはずの心の中がポッカリと空いたような感じがする。
ここまで別れが急だとは思ってもいなかった。
傭兵として働いているのだから覚悟をしていなかったわけでは無いのだけど……
その「覚悟」が甘かったことを自覚する。
そんなことをボーッと考えながら、テーブルに置いてある料理を片付ける。
そんな中で私はマスターが好きだと言っていたビールが入ったコップを手に持つ。
何故かは分からない。
プログラムを基に動くはずの私の体が自然に動いたのだ。
そして、そのコップに入ったビールを一口。
すると、いつもは無味なビールが、「味」がする。
「………これが……『苦い』というもの……、なんですね……マスター……」
まだ少しビールが残ったコップを持ちながら、私はそう呟くのだった。
ビールの苦みは悲しみの味 御厨カイト @mikuriya777
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