笑わないチェシャ猫の霊障討伐録―和心茶房ありすの狩人たち―

植原翠/授賞&重版

雨と缶コーヒー

 深夜の繁華街、大雨の路地裏の隘路。放置された廃材、酒瓶、汚れたコンテナがゴロゴロと放棄されている。仄暗い裏通りは、繁華街のざわめきが壁を一枚挟んだかのように遠く聞こえる。


  ――パシャ。


 水溜まりを踏む音が、青年の鼓膜を微かに擽った。

 彼の前を行く女は、そっと首を捻る。振り向いて、彼女は飛び上がった。


「いつからそこに……」


 しかしその言葉を最後まで口にするには至らなかった。

 プシュッという空気の掠れる音と共に、彼女の額から黒い灰が吹き出す。弾き飛ばされるかのように背面から倒れ込み、動かなくなる。黒い灰が大雨に流されている。振り返った瞬間の驚嘆顔は、そのままどろどろと黒い灰に変わっていく。

 青年は、それを眺めて佇む。左手には拳銃。下がった銃口からは、雨粒が滴っている。青年は雨に濡れた黒い前髪を払うでもなく、ぽつりと声を出した。


「なあ、あんたコーヒー飲むか?」


 雨の音が、彼の声を包み込む。彼を背後から見ていた人物は、くすっと口角を吊り上げた。

 コートのフードを目深に被ったその人物が姿を現す。


「お仕事、お疲れ様。今日も最っ高にかっこよかったよ」


 フードの中から覗くのは、明るい茶髪と長い睫毛。滑らかな白い頬をした、可憐な少女だった。

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