君には君の人生がある

原口 幸春

第1話 起

パチンコ屋は様々な人を包括するテーマパークだ。ここに浅倉長政は1人外に出てタバコを吸っていた。仕事もない、彼女もいない、家族は遠くにいるが音信不通にしていて、髪の毛は伸びきったままにしている長髪で、所々にフケが浮いていた。家も先日追い出されて、公園に住み着いている。ネコが寄ってきたりハトが寄ってきたりするがあいにく何しろ金がない。お前たちの欲しいものはやれないんだ、と何も感じないような色をした曇った瞳から投げかけている。

この生活に入ってからもう3日目だった。お金は残り1286円で、パンをひと口ひと口味わって空腹を紛らわした。水は公園の水飲み場を使った。歯も何日も磨いてない。大量に買い込んでいたタバコも残り2箱だった。

長政は28歳でそれまでは普通の会社員をしていた。しかし、1番親しい友人に愛する人を奪われてしまい、そこから、存外、堕ちるのは早かった。酒に溺れては夜に泣き、朝が来ても眠ったままで、仕事も行けなくなった。元々そんなに親しい同僚がいる訳じゃない、入れ替わりの激しい職場だった。

長政は通販会社の製品の問い合わせの窓口業務をしていた訳だが、もう仕事にも魅力を感じておらず、ただ、毎日を消費するように仕事していた。スーパーバイザーという役職もあったが、もう何もかもがどうでもよくなってしまって、会社からの連絡も一切取らなくなった。

それから元々貯金ができた訳でもない長政はパチンコ屋を徘徊するようになり、3ヶ月で全財産のほとんどを使い込んでしまった。家賃が払えず、スマホも解約して、 無職。

おまけに健康保険証も免許証も持ってないので、身分も証明できなくなった。



「俺には明るい未来が待っている」

そう豪語していた21歳の時、刺激のある泡沫の夢を見て田舎からこんな都会にさえ引っ越してこなければ違った未来もあったかもしれない、と思った後、タバコの日を消して、とぼとぼと寝泊まりしている公園に帰っていく。

時間は夜の八時だった。秋の少し冷気を含んだかわいた風が吹いてきて、長政を煽った。長政は追い出された時にかろうじてダウンを持ってきていたので、何とか寒さには耐えられたがもうすぐ冬がやってくる。自分の命もあと少しなんだなと思いながら川を見た。

木の葉が赤く色づき始めたのがもうすっかり濃くなってしまって、落ち葉が川を流れていく。

川を流れていく木の葉を見遣ると、途中で岸に漂着して、もう流れない木の葉がいくつかあって、俺もまた漂着している木の葉のように、途中で人生をリタイアするのだと思った。

空腹は感じたが、さほど気にはしなかった。もう長政は疲れきってしまったのである。

元々、勉強ができた訳でもないし、スポーツが得意だった訳でもない。ただ、人とワイワイするのが得意だっただけである。

友達も学生時代は沢山いたが、社会に出てからは数える程しか会わなくなってしまって、そして、最愛の友に裏切られた長政は極度の人間不信に陥っていて、それ以降は頑なに人を避けるようになってしまっていた。


物思いにふけるあまり、長政は結構歩いてきてしまって、寝泊まりしている公園を大きくズレて、車も2車線で通れるような大きな橋のかかった川まで来ていた。

河川敷には昼間の子どもたちの声は響いておらず、寂しさが蔓延している。そこを銀色の月が静かに照らしていた。

長政は吐き出すように独りごちた。

「人生なんてこんなもの誰が望んで生まれてくるんかいな。今日おぎゃあと生まれた子どもが不幸で不幸で仕方ないやら。あーあー、なんで俺なんか生まれてきちまったんだろうな」


橋の真ん中辺りまで欄干ぞいに歩いていった。さっき独りごちた言葉が頭の中でぐるぐる回って、もういっそ、と、飛び降りてしまえと欄干に手を伸ばした。

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