第94話 カタコンベ
「ほら、着いたわよ」
視界が光に包まれたかと思えば、俺たちはまったく別の場所に転移していた。
ワープといえばある種ゲームのお約束みたいなものだが、いざ自分が体感すると便利さよりもある種の恐怖すら感じる。
ほら、泥酔して記憶がないまま知らない場所にいたり、最後の記憶がないまま気づいたら病院の天井見上げてたりしたときの、あの特有の困惑を想起させるというか。
現実世界でワープに類する体験がそれくらいしかないからかもしれない。
人生の初ワープのはずなのに楽しみ損ねた気がする。なんかもったいない気分だ。
「辛気臭い場所だな。こんな場所で結婚式だなんて正気の沙汰とは思えねえが」
俺たちが転移したのはどんよりと薄暗い洞窟のような場所。
しっかりと区画が整理されていているのだが、天井が低いし通気が最悪だしで閉塞感が凄まじい。
あちこちの壁に突き刺さった松明がパチパチと炎で暗い墓所を照らしてくれているが、ぼうぼうと揺らめく炎がこれまたおどろおどろしい。
光源としても雰囲気づくりとしても貢献している健気な松明だ。
「ここはあくまでもただの経路よ。こんな頭蓋骨が並べられたところでめでたい儀式をするわけないでしょ」
「うお、本当に頭蓋骨だ」
「経路だとしてもここを通らにゃいかんのは問題だろ……」
メライの言った通り、壁際に彫られた棚には人間の頭蓋骨が整列されていた。
白骨なのに風化して黄ばんでいるのがリアルで嫌。いっそ理科室の人骨標本みたいに純白だったらおもちゃっぽくて安心できるのに。
まあそんな雰囲気を崩すような手抜き、例えトカマク社でなくたってしないとは思うけどさ。
言ってしまえばホラーゲームで怪物に追いかけられるときにコミカルな音楽を流すくらい台無しな行為かもしれん。
見た目もしんどいのに、その上この頭蓋骨が動き出す心配までしなくちゃならないのが辛いところだ。
「アリマ。さっそく出てきたぞ」
「スケルトンか」
カノンからの報告。相変わらず目がいいので頼りになる。
奥からカタカタと音を鳴らしながら姿を表したのは、歩く白骨死体。
それこそさっき例に挙げた理科室の人骨標本のようだ。
明らかに敵っぽいので、近寄って容赦なくメイスでぶん殴る。
衝撃で景気よくバラバラに飛散する骨。
……呪いの効果の2発目が空振り、次の攻撃は出ない。
倒したらしい。
「あっけないな」
「スケルトンの強さはピンキリだからな。こりゃ下振れだ」
「そうなのか? 全部こうだったら俺の仕事も楽なんだが」
このスケルトン、武器さえ持ってなかったし。
素手でカタカタ近寄ってきてどうするつもりだったんだろうコイツ。
「そのうち武器防具を装備したのが出てくる。今のうちに覚悟しとけ」
「ここのは魔法も使うわよ」
「不安になってきた」
武装したスケルトンはまだしも、魔法使うのまでいるのか。
まだ使われたことがないから怖いな、初見でうまく対応できるだろうか。
というか後ろに非戦闘員がいるから迂闊に避けちゃいけないってのがこれまた負担だ。
体で受け止めるか、それらしい挙動をしたヤツがいたらただちに殴って発動を妨害しないとな。
と、思っていたら奥から更にもう一体。
同じく素手のスケルトン。こちらに気づいていないようなので蹴りで一気に近づいて仕留めてしまおう。
【絶】で瞬時に近づいて足を振りぬく。ジェンガを崩したようにスケルトンの骨の体はバラバラに散っていった。
が、次の瞬間に散った骨たちが逆再生のように元の場所に戻っていく。
「うわ。おいドーリス、これ不死身ってわけじゃないんだよな?」
「心配しなくても元の構造に戻るだけで、砕けた骨が戻るわけじゃねえ」
それで骨を粉砕できる打撃武器が有効とされているわけか。こりゃ確かに刃物しか武器を持ってなかったら面倒なわけだ。
姿を取り戻したスケルトンは、既に胴の半分ほどが欠落している。蹴りでこんなダメージを与えたのか?
とりあえず容赦なくメイスをフルスイングして、ただの白骨死体に戻って頂いた。
「これもまた下振れ個体か? 反撃すらしてこなかったぞ」
「いや、妙だ。そのスケルトン、手負いだった」
「何?」
胴体部分を壊したのは俺の蹴りじゃなかったのか。
ひょっとして現れた2体のスケルトンが立て続けに弱いのは下振れなんじゃなくて、どっかで敗走したスケルトンだからってことか?
俺がそんな疑問を抱いたのとほぼ同時に、通路の向こうから人骨の欠片が飛んできた。
耳を澄ませてみれば、奥から聴こえてくるのはカチャカチャ、カタカタと無数の骨が打ち合う音。
「……見に行くぞ」
俺たちは、ほぼ全員が同じ疑問を抱いていた。全員で息を殺し、音の源の方へと進む。
床には明らかに何者かに粉砕された痕跡のある、人骨が無作為に散らばっている。
正体を確かめるように音の源へとゆっくりと歩みを進めていく。
やがて松明に照らされて見えてきたもの。
それは、数多のスケルトンを素手で薙ぎ払い、殴り、砕き、引き裂く異質なスケルトンの姿だった。
「スケルトンの面汚しどもが!!てめぇら同じカルシウムとして恥ずかしくねェのか!!!」
吠えるスケルトンの言葉に、俺とドーリスは顔を見合わせた。
たぶん……この人知ってる人だ……。
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