第56話 契約完了

「事を急くな。乗り気なのはありがたいが」


 被った赤いずきんをそのままに、カノンという名の少女は肩のパイプ管からブシューッとひと際強く蒸気を吹き出した。

 そこまで注視していなかったとはいえ、最初に見た時はこんな姿ではなかったはず。

 とりわけ目立つ煙突のようなパーツはシルエットさえ記憶にないから、先ほどまでは体内に格納していたのだろうか?

 どう見ても純粋な人間ではない彼女は、自らの種族を『オートマタ』と名乗った。

 オートマタ。雑に訳すと自動人形。人間を模したからくりといったところだが、彼女も忘我キャラらしくプレイヤーがクリエイトしただけあって独創的なデザインだ。

 赤ずきんの装いとメカニカルな真鍮の金属部品は綺麗に融合しており、先進的なヴィジュアルは同時にまとまりもあった。

 

「どうせドクロとジジイは仕事を降りたんだ。消去法で私しかいないんだからとっとと契約しようぜ」

「確かにそうだが、契約はあんたの出来ることを聞いてからだ」

「まどろっこしいなあ。ま、いいや。なんでも聞いてくれ」 

 

 丸椅子に腰を落ち着けたままカノンは、両足をぱたぱたと振りながら頷いた。

 ふむ。最初の言葉が強引な物言いだったので警戒していたのだが、どうやら無理やり契約しようとして来るような手合いではなさそうだ。

 にしても、彼女を作り出したプレイヤーは相当な凝り性のマニアに違いない。かなり完成度が高いぞ。 

 頭を覆う赤い頭巾に艶のいい金髪、勝気で意思の強いグリーンの瞳、真鍮のパーツが入り混じった白いゴシックな衣装。

 活発な言動に似つかわしい整った少女の顔立ちは、無機物であるとわからないくらい感情が乗っていた。


 これほどキャラの出来がいいと、作成者がこのキャラを手放した理由が気になってくるな。

 有り体に言って、俺は彼女が星辰魔法使いのガイコツのようにビルドに致命的な欠陥を抱えているのではないかと疑っているのだ。

 ただの邪推で終わってくれるといいんだが。

 

「差し当たり、毒や沼という地形に弱かったりはしないよな?」

「毒は効かない。沼地はなー、まあ得意でもないけどダメってほどでもないぜ」

「そこはほとんど俺と同じようなものか」


 オートマタの彼女は体が無機物なので毒は無効といったところか。

 沼地に対しては可もなく不可もなく。地に足をつき、歩いて移動する以上は仕方ないな。

 これに関しては空を飛んでる種族でもない限りどうしようもないし、先ほどの紐爺のように決定的な弱点でなければ構わない。

 

「沼に満ちる霧を晴らす手段を持っているはずだな?どんなやり方だ」

「それなんだけどさ、私の攻撃手段とセットなんだ」

「というと?」

「爆発物を投げるのが私の戦い方なんだ。強い風圧だけを起こすやつもその中にある。ほら」


 カノンはカウンター上の葡萄酒と硬く焼きあがったパンの飛び出すバスケットを手に取り、覆っていた布を取り払って中身を俺に見せた。

 バスケットの中に敷き詰められていたのは、妖しげな光を放つたくさんの瓶やカプセル、果物など。瓶のラベルには爆発や閃光、稲妻などを象ったイラストが描かれている。

 果物はりんごや梨などありふれたものだが、毒々しい紫色だったり紅色だったりと尋常な果物ではないことが明らか。これらも投擲でなにか効果のある代物か。 


「面白いな」


 となると分類は後衛か。後ろからぽいぽい物を投げて戦うスタイルだな。

 リリアの投擲ナイフは先手をとるのに充分な遠距離攻撃手段だったが、攻撃力に乏しかった感は否めない。

 そこのところをカノンであればより強力な形で先制攻撃できそうだ。

 リリアはレイピアを用いた近距離戦闘もできるし、立ち位置を準前衛にシフトすれば役割が被ることもない。

 となると、次に気になるのは継戦能力か。

 

「フィールド探索がメインなんだが、どれくらいで弾切れする?」

「無限とは言えないが、時間で生成できるから心配ないぜ。さすがに強力なやつはすぐに作れないけどさ」

 

 これも問題なしか。あれ、かなり良いんじゃないか?

 開口一番に私と契約しろと豪語するだけのことはあるな。素晴らしく優良な物件だ。

 なにか他に懸念事項はあったかな。

 

「おっと、そうだ。同行者にエルフがいるんだが、何か隔意とかはないよな」 

「ん? んー……。私はいいけど、私の真鍮は嫌がるんじゃないか?」

「む、確かに。それはそうかもしれない」


 いけね。見過ごしていた。

 まあでも大丈夫なんじゃないか? ガスマスク越しとはいえ、リリアはあの鉄まみれのラボの中に入れたくらいだし。

 いい顔はしないだろうが、それを理由に協力を拒むこともないだろう。

 となると、いよいよ問題なしだな。

 第一印象はちょっとアレだったが、少し話してみたところ彼女におかしなところはなかった。

 うむ、心が決まった。カノンと契約する方向で話を進めよう。

  

「恐らくだが、それも問題ない。契約しよう」

「おっしゃ、やった! やっぱそうこなくちゃな!」

「リビングアーマーのアリマだ、よろしく頼む。それで肝心の依頼料なんだが……」 

「1万で! 破格の金額だろ!」

「……むむむ」


 1万とな。困った。

 分かっていたことだが、相場がわかんねぇ。

 これって高いのか? 安いのか?

 カノンの口ぶりだと、あたかも格安かのような言い方なんだがなぁ……。

 

「安すぎて不安か? もちろん理由があってさ。代わりに持ち込む回復アイテムの量を奮発してほしいんだ」

「一応、理由を聞かせてくれ」

「探索の途中で私だけ力尽きて脱落とかご免だからな。私の回復を手厚く行うのがこの依頼料の条件だぜ」

「……わかった。そういうことなら、その金額で雇う」

「よしよし、話がわかるじゃないか!」


 上機嫌にうなずく赤ずきんの少女を前に、俺は騙されているのではという疑念に気が気ではなかった。

 いや、観念しよう。予定していた総資産にして総予算の5万を大幅に下回る額で契約できたんだ。

 今回は勉強代として吹っ切るしかあるまい。騙されてたらそのときはそのときだ。 


「ほら、これ契約書。忘我サロンの会員証が判子になってるからしっかり押印してくれ」


 仮に吹っ掛けられてたとしても、余った金で彼女の望み通り回復薬をたらふく用意してこの赤ずきんの少女を酷使してやればいいじゃないか。

 そう思いながらカノンから差し出された契約書に判を押し、約束の一万ギルを支払う。

 これで契約成立かぁなんて思ったのもつかの間。

 対面の少女は、ひときわ喜色の乗った声で言った。

 

「いや嬉しいなぁ! オートマタの回復アイテムって特殊でさ、自分で用意すると高額だから参ってたんだ!」

「えっマジ?」


 あれオートマタって普通のポーションじゃ回復できない感じ?

 そっか俺と同じ無機物系統なんだからそりゃそうだよね。

 え、俺やっぱりこれ一杯食わされた?

 いやまて、あわてるな。

 契約自体はもう1万ギルで成立させたんだから、前言を翻して回復アイテムを買わずに連れていけば──


「あ、回復ケチったら自爆して即帰るからそこんとこよろしく!」


 ひどい。


  

 

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