4.悪夢と謎の美少年
———逃げてください陛下っ……!
———私よりも民を優先しろっ、魔界のこの先はお前にかかっている!行けっ!
———そんなっ……、それでは陛下が……!
———西の塔、前線が突破されましたっ
———時間がない、早く行けっ!ここに残るのは私一人でいい!
陛下あああっーー‼︎
「はぁっ……はっ……はっ……は……」
嫌な、とても嫌な夢を見た。
(私が魔王だった時の、最期の時の記憶……。どうしてさっきまで忘れていたんだ……私は……皆を……)
ぎりっ、と歯を軋ませる。
詳細は思い出せない。思い出せないのに、制御できないほどの後悔と絶望、苦しみ、怒りが溢れてくる。
魔王だった頃とはかけ離れた小さな拳を血が滲むほど握りしめ、徐にベッドから出た。そのまま真っ直ぐバルコニーへと向かう。
先程までの体のだるさは不思議と感じなかった。
行かなければ。魔界に。
その漠然とした思いに突き動かされ、誰もいない夜の闇へと足を踏み出した。
ここがどこなのか、今が何時なのかもわからない。どうやって二階のバルコニーから地面に降りたのかも。ただ、身体が動く限界まで走った。落ちつけどころのない感情だけを原動力にして、見知らぬ土地をただひたすらに。
「あっ……」
どれくらい走ったのかわからない。限界は突然やってきた。
心臓が大きく脈打つ感覚がした。その瞬間、膝の力がガクッと抜け、柔らかな草の生える地面に倒れ込んだ。先程まで全く感じなかっただるさが急に襲ってきて、体の体温が急激に上がる感覚がする。
気づけば空が白んている。
———あぁ、私はいったい何をしているのだろう。こんなことをしたところで、失った彼らが戻ってくるわけではないというのに。
一筋の涙が頬を伝う。
今の自分は人間の少女、シャルロッテであって、もうヴァレリアではない。ヴァレリアはすでに死んでいる。その現実が変わることはない。
(私は……どうして……)
———シャルロッテ様⁉︎大変、誰か……
白み始めた空を見上げながら、明けかけの夜に取り残されるように意識を失った。
*ー*ー*ー*ー*ー*ー
身体が燃えるように熱い。ふと、頭に冷たいものがのせられた。
「ん……」
「あ、起きたかい?」
目をゆっくりと開くと、先程のシャルロッテの部屋とはまた違う、いや、それよりも豪華な部屋にいた。
「大丈夫?今メリアベリル侯爵に使いを送ったけど、その状態だとしばらくは邸宅に帰るのは無理そうだね」
(誰だ……?)
歳は……カミルと同じくらいだろうか。
「……辛そうだね。傷の手当は終わっているから、とりあえず熱を下げる薬を用意したんだけど……飲めるかな」
雪のように白い髪に、アクアマリンを埋め込んだかのように透き通った神秘的な瞳。美少年という言葉がこれ以上に合う人はいないのではないかというほどの美少年が、シャルロッテを心配そうに覗き込んでいる。
「さっき宮廷医に診てもらったんだけど、どうやらただの風邪じゃないらしい。詳しくはちゃんと調べないとわからないそうだけど、シャルロッテの体の中で何か異常が起きているみたいなんだ。だから今は熱を下げることしかできないんだけど、この薬だけは飲んでくれないかな」
(この少年、私のことをシャルロッテと呼び捨てにするのだな。両親の会話には出てこなかったが、何か近い間柄なのだろうか。それにしても……)
手渡された、異臭を放つ形容し難い色をしたドロドロとした液体を見て、反射的に眉を寄せてしまう。
「これは……」
「ん?だから、シャルロッテの熱を下げるのに一番効果がある薬だよ。匂いも味も酷いものだけど、効果は僕が保証する」
目の前の液体に、思わずごくりと喉を鳴らす。
(これは……飲まないといけないようだな……。ものすごく気乗りしないが……)
自分でもわかる。今自分の体を襲っている異常なほどの熱は、放っておくとまずい、と。意を決して、器の中に入る液体を一息で飲み干した。
「うっ……不味……ゲホッ……」
あまりの不味さと鼻の奥に残る臭いにむせそうになる。横にいる美少年を思わず睨んだ。
(絶対もっとマシなものがあっただろうっ!………ん?)
美少年のアクアマリンの瞳が驚いたように大きく見開かれた。そしてそのままの表情で固まっている。
「……何よ。言いたいことがあるならはっきり言って」
シャルロッテの言葉でハッとしたように美少年がこちらに向き直る。
「いや……なんでもない。気にしないでくれ」
名前も知らない美少年はパッと笑顔を作ると優しくシャルロッテの頭を撫でた。
「その薬を全部飲めたのはすごいね。とりあえず、僕は外に出ているよ。その薬はすぐに効くから薬が効いた頃にまた来る。宮廷医ももう少しきちんと診察したいらしいから、宮廷医も一緒だけどね。薬が効くまでは辛いだろうし、寝ていてもいいから」
そういうと美少年は部屋の前にいるメイドらしき人間に何かを告げると、部屋から出て行った。
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