2.シャルロッテの両親
見慣れた手であるはずなのに、その手にはヴァレリアの手入れの行き届いたネイルもなく、そもそも手自体のサイズもおかしい。明らかに縮んでいると言えるほどの大きさだ。
(待て待て、いったい何が……)
ありえない状況に頭が付いていかない。元からガンガンと痛む頭が余計に痛み始めた。
「うぅ……」
思わず頭を抱えて蹲った。
「シャーリー!大丈夫?お母様はここよ!もうすぐお医者様がくるからねっ……」
ふわっと温かな腕に包まれた。自分が腕に収まるほどの大きさであることの驚きよりも、母と名乗る人物の体温と、意図せずそれに安心してしまった自分に動揺した。咄嗟に振り解こうとしたが、体に力が入らない。それどころか何があっても大丈夫だと思えてしまうほどの、安心感と温もり。苦しむシャルロッテを何とか少しでも楽にしてやりたいという強い感情が嫌というほど流れ込んでくる。
「どこか痛むのかっ!?あぁ、かわいそうなシャルロッテ……。お父様もここにいるからな」
(どうしてそこまで必死になる……?私はお前たちの言うシャルロッテなどではないと言うのに)
「父上、母上。医師がただいま到着いたしました」
少し離れたところから、抑揚のない声がした。動かせない頭を何とか動かして、声の主を探す。
(先程この二人とともに入ってきた少年か。この二人を父母と呼ぶあたり、このシャルロッテという人間の兄、という立場にあたるのだろうか……)
「あぁお医者様、シャーリーが……シャルロッテが目を覚ましたのです!ですが先程からずっと苦しそうでっ……」
白髪の老人が入ってくる。
そのままベッドの横へと歩いてくると、ヴァレリア……いや、シャルロッテの手を取り、さまざまな診察を行った。
「メリアベリル侯爵、エミリア侯爵夫人、ご安心ください。脈は少し早いですが概ね正常です。熱も今は引いているようです。山は越えたと思われます。お嬢様、どこか苦しいところはございますか?」
(話すべきか……?今はなるべく自然になるようにシャルロッテになりきった方がいいか。いや、強がりはよそう。多少はマシになるかと思ってはみたが、この私ですら絶え難いほど頭が痛む……)
それどころか全身が鉛のように重く、呼吸をすることすら辛く感じてしまう。
「あ……たま……」
「頭が痛むのですね。うむ……なるほど」
「お医者様っ、シャーリーは……シャルロッテは大丈夫なのですか!?先程から尋常でないほど苦しんでいて、目を覚ました時わたくしたちに『誰だ』と……」
「お嬢様は1ヶ月ぶりに目を覚まされました。しかしこの一ヶ月の間、何度も高熱を出されていたので、その影響で記憶が欠けてしまっているのかもしれません。お嬢様の記憶が戻るか戻らないかは……こればかりは私にもわかりません。何かをきっかけに戻ることもございましょうが、最悪の場合、このまま戻らない可能性も……」
医者の言葉を聞いたシャルロッテの両親は今にも気を失いそうだ。
そんな二人の様子を見て、医者は『何かあったらお呼びください』と部屋の外へ出て行った。
「シャーリー、何か……何か聞きたいことはあるかい?」
医者の診断を聞いた二人は、顔色がひどく悪い。それでも娘を心から心配して精一杯微笑みかけている。
(私が本物のシャルロッテでは無いこと申し訳ないな。この二人は、きっと理想の両親なのだろう)
魔族の生まれ方は、両親を持って生まれるもの、魔界の中心に位置する大樹から生まれるものの二通りが存在する。ヴァレリアは後者であった。だから両親というものを知らない。大樹から生まれた子供は多くが優れた知性、魔力を持っているため、蔑ろにされることはないが、もし自分に親がいたならばこのような感じであったのだろうか、とつい想像してしまった。
「あなたたちは誰?私は……誰?」
記憶を失った娘の問いに両親は一瞬顔を歪めたが、ニコッと微笑みかけそれぞれの紹介をしてくれた。
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