星戻し
黒田那道
立
――
古代のとある初夏の晩、西の空に真っ青な星が出た。
照宮の人々は、これは天変地異の前触れだとおそれた。
暫くすると星は見えなくなった。だが翌日も、その次の日も、星は同じ時刻に現れて光った。
照宮の人々は、この星が光る間、自分達の独創性が限りなく膨らむことに気がついた。
ある夜、星はいつもよりも大きく見えた。その光だけで、日中と変わらないほどであった。
照宮の人々は、この光を使って集落を大きく発展させた。
夜を忘れ、命が溢れ、物が在ることのよろこびを知った。
人々は、自分達が全き不老不死かのごとく感じられた。
初めて青い星が現れてから三年が経ったある夜、かの星は光らなかった。
空を埋め尽くすほどの星々は、一切見ることができなかった。
地上のほうが、眩く輝いていたからである。
照宮の人々は、星の力を過度に利用してしまったことを恥じ、これを返還する儀式を催した。
すると星々は再び輝き始めた。
真っ暗になった照宮と引き換えに。
まるで、地上から一切の光を取り返すように。
――
照宮の集落は現存する。身内や知り合いが出身でもなければ、殆んどの人は知らずのままに過ごすのであろうという土地のひとつである。私がこの地に足を踏み入れるのは、別段深い意味がある訳ではない。前述の如き奇妙な謂れのある場所を実際に訪れようという趣旨によるものである。これまでにも各地の村々を訪問してきた。地理的特徴や人々の強い願望が、かたちと時間を伴ってあらわれる。多くは口伝により、或いは舞踊の様態で、その地の民達と共に古今を生き抜いてきた。照宮はカンナロ山に位置する。起伏の激しい道をやっと歩き、八方に樹々の生い茂るを進む先にある。カンナロ山といえば古い鉱山だったが、これが閉山して以降は寂れてしまい、現在では少ない住民と町並みだけが唯々当時のまま残されている土地があるような場所だ。地域を守るということをするにあたっては、こうした言伝えの保護というのもひとつの重要なことなのではないだろうか。
さて、その僻陬において、照宮は殊に異質である——というのも、周辺がそんな状態であるのにも関わらず、いまだに数十名が居住して程よく栄えているというのだ。ご存知ないかもしれないが、読者各位の食卓に並ぶほうれん草やジャガイモや米など、また特殊な部類ではひと草に緑青人参といったものもあるが、とにかく、こうした農作物のうち国産と銘打たれたものには照宮産も結構な割合で含まれている。また、照宮の伝説というのも、他と少し毛色が違うらしい。明快なる文字として著されているらしいのだ。一昨年であったか、集落の某宅より複数点の史料が発見され、なんでもこれがかなり綺麗な状態で蔵の最奥に丁重に保管されており、口伝によるものと内容が一致しているということで、界隈の一部が賑わった。私はその時には特に気にも留めなかったのだが、この度、口伝の欠いていた舞踊の歌詞が判明したことにより、集落全体でこれを再現する運びとなったということで、いざ、この様な又とない機会の類なれば、私が逃す筈があるまい。
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