明かりのついた部屋

魔法少女空間

第1話 明かりのついた部屋

 少女の朝はいつも夜中に始まります。目が覚めたとき、少女がまず初めにやることは部屋の明かりつけることでした。真っ暗だった部屋に黄色い光が灯り、歯抜けのように間抜けだった窓に影が映ります。鍋を沸かして、今日の明け方に干しておいた洗濯物を取り込んでいると、少女は終わりゆく今日という区切りになんだか不思議な感慨を抱くものでした。

『今日もまた、終わっていく。一日でやることなんて寝て、起きて、洗濯物をとりこむことぐらいじゃない』

 熱いスープを飲み、布団もたたんで、他にやることがなくなると、少女は部屋の明かりを消します。そして特に目的もなく夜の街に繰り出すのでした。

 夜の街では少女はずいぶんと気ままに過ごします。例えば誰もいない公園でじっと物陰に潜んでみたり、何度も何度も賑やかな交差点を渡ってみたり。一度巨大なスーパーのお菓子をそのまま持ち帰ってしまったこともあります。お菓子を隠そうと脇に抱えるたびにどくどくと心臓が鳴り、少女は落ち着かない気持ちで街をぐるぐる回りました。ついにはお菓子自体が音を発しているのではないかと怖くなって、わけも分からないままに食べてしまいました。お菓子は跡形もなくなりましたが、包み紙を開けたくしゃくしゃという音はしばらくの間少女の耳からは消えていきませんでした。

明け方になり、一通り街を堪能すると少女は自分のねぐらへと戻っていきます。ビルの隙間からは赤白い太陽の切れ端が顔を出していて、そばに近寄ればはっきりと顔が見える時間になっていました。家に戻ると少女は常備してあったクッキーと熱い紅茶を飲み、ほとんどなにもない部屋を見渡しました。青い布団に小さな枕。冷蔵庫とお気に入りの本がたくさん詰まった大きな本棚。部屋の中にあるものはそれがすべてでした。テレビもプレイヤーもその他不要と思われるものはなにひとつとしておいてありません。少女は引っ越してきたときから(もう、それはずいぶんと前のような気がするのですが)必要なものしかないこの部屋のことをとても気に入っていました。乱雑にものが置かれた部屋を見ると寒気がしてくるのです。部屋の隅に小さな埃がたまるたびに、少女は目敏くちりとりで掃除をしました。シンプルなこの部屋では埃さえも不要な物体のように少女にせまってくる気がしたからです。

 少女は部屋の中で、それこそ電灯に映った影のように暮らしていましたが、最近になってある悩みができました。それは押入れから聞こえてくる小さな音のことです。音は優しげな鈴の音だったり、芽が発芽するときのようなぴきぴきという微かな音であったりしましたが、時には恐竜の咆哮のようなはっきりとした音が聞こえてきさえするということです。なによりも一番肝心なことは少女の部屋には元々、押し入れなんてものはついてなかったということなのでした! 

 その押し入れはいったいどこからやってきたものなのでしょうか。あるいはただ単に引っ越してきた日に少女がよく見ていなかっただけなのでしょうか。ある日少女は押し入れがだんだんと大きくなっていることに気がつきました。最初は二センチほど。次の日には三センチほど大きくなり、一週間も経つころには押し入れは部屋の四分の一ほどを占めるくらいに膨張をしていました。せっかくの広々とした、何もない部屋のはずなのに押し入れは大きなしこりとなって、少女の部屋を圧迫してきます。

 そうなると少女はいよいよ決心して、押し入れの扉を開こうと心に決めるほかはないのでした。




 真夜中の高速道路を走る車からは、はるか下から付きあがってきたビル群の窓の明かりを見ることができます。今日、祖母の家から帰ってきた少年はその一室の明かりをまどろんでいく意識のなかで見つめました。少年の寝ぼけた意識によると、その部屋の明かりは一度だけひときわ強い光を発したかと思うと、ゆっくりと、暗闇に消えていったのです。そして他の部屋の明かりに邪魔されてしまい、もうどこにその部屋があったのか探しようがなくなってしまうのでした。

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明かりのついた部屋 魔法少女空間 @onakasyuumai

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