第62話 御前試合 その⑥ ~勇者の仇をうつべく立ち上がる仲間たち プララ編 <中編>~~

62.御前試合 その⑥ ~勇者の仇をうつべく立ち上がる仲間たち プララ編 中編~




~アリアケ視点~


「ようやく本気を出したようだな、ビビア」


俺はビビアの重い聖剣を受け止めながら微笑む。先ほどまでとはまるで違う速度、威力に、この戦いで初めて俺は少し力を出した。


強化された杖が聖剣を受け止める。


「……は?」


ただ、なぜかプララが唖然としつつ、


「はあああああああああ⁉ な、なんであの攻撃が受け止められんのぉ……⁉」


と頭を掻きむしっていた。


「ははは、何を言っているプララ。さっきまでは余りに弱すぎただろう? まさか、あれが本気な訳あるまい。やっと今から普通に力を出し始めた。そうなんだろう、ビビア?」


「ぶひいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!」


「ふ、む? 何を言っているか分からんが……。まぁ、あれが本気だったなら、大変だ。致命的、と言ってもいい。D級……。いや、もっとレベルの低い冒険者レベルと言って差し支えないレベルだったからなぁ」


「ふんぎいいいいいいいいいいいいいい! ふんぎいいいいいいいいいいいいいいいい!」


「い、意識はないはずなのに……本能で激怒してるじゃん……」


意識? 激怒? よく分からんが……。


まぁ、あんなものが本気だと、俺が一瞬でも思ったことが許せないのだろう。


「ま、安心したぞ。お前が真正の雑魚なのかと勘違いしたが、杞憂きゆうだったのだからなぁ」


まったく、あんなのが本気だったら、どうしようかと思ったところだ。最近では一番焦った出来事だぞ、まったく。


俺はもう一度安堵感から口元を緩める。


すると、アリシアとコレットが、


「いや~、あれで本気だったんじゃないですかね~?」


「わしもそう思うのじゃがなぁ」


などと言う。


やれやれ、さすがにその評価はひどすぎるな。


「そんな訳がないだろう。ははははは。あんなのが本気だったら俺の何億分の1の実力なんだ、というものだ」


「はぁ……。相変わらず自覚がないというかなんというか……」


「いい加減自分の実力を把握してもらいたいものじゃなぁ」


二人が呆れた反応をする。俺はよく分からずに首を傾げたのだった。


「ま、何はともあれ、相手が本気を出して来たのなら、ちょうどいい。こちらもここから本気でやれるな、ラッカライ!」


「はい、アリアケ先生!」


俺の言葉に、デリアとエルガーの攻撃をいなしていたラッカライが嬉しそうに返事をする。


一方で、プララが顔を青くして、また頭を掻きむしり、


「ちょっ!? ちょっと待ってよ! 今戦ってる状態は本気じゃなかったっての⁉」


妙なことを絶叫した。


「は? 何を当たり前のことを。今のはまだ攻防なんてレベルのものじゃない。ビビア達のことを、さっきは「本気を出したな」とは言ったが、まだ準備運動段階なのは間違いない。俺たちだってまだウォーミングアップなのだからなぁ。そうだろう、ラッカライ?」


「はい。ボクもまさか勇者様たちが、あんなに弱いのかと驚いてしまっていました。……ですが、やっぱり本気じゃなかったんですね! 安心しました!」


「ふ、当たり前だろう。あんな醜態をさらすのが勇者とその仲間たちなはずがない。俺たちの戦いはこれからが本番なのだから! 千のスキルを使用する準備も出来ているぞ!」


俺たちの言葉に、なぜかプララはどんどん顔面を蒼白にしながら、


「ち、ちなみにあんたらが本気を出すと、ど、どうなるの?」


などと聞くので、


「まぁ、今の百倍? 千倍あたりの強さ、か?」


本当はもっと強いと思うが、謙遜して答える。


「は、はああああああああああああああああああああ⁉」


プララがなぜか悲鳴を上げる。しかし、


「いや~、先生のはそういう、誰かとの比較が許されるレベルではないと思いますけどね……」


そうラッカライが言った。


「ははは、まあ、そもそも俺のような一つ上のステージに達した者を、人という物差しを用いて計ろうとすること自体が無謀なことなのだろうさ」


「ですね!」


だが、残念ながら人が何かを理解するためには、人の認識の及ぶものでしか測りようがないのもまた事実だ。


俺が理解されない次元の者だと気づけるだけでも、ラッカライは優れた人間だと言えよう。


「さ、では、そろそろ行くぞ、プララ! お前も今みたいに手加減していたら、消し炭になってしまうぞ! もう少しちゃんと魔法防御を張らないとな!」


「へ? へ? ひ、ひいいい⁉ こ、これ本気なんだけど!? ちょ、マジで待っ……」


「ん? 油断させる作戦か。ふっ、だが、そんな弱小の魔力なわけがあるまい。そんな程度では、魔力量1万、人類の切り札などという二つ名を名乗っては……。ふ、ふふふ、ただのウソつきの詐欺師ということになってしまうぞ。はははははは」


「⁉ 詐欺師!? て、てんめええええええええ……。ぐぎぎっぎぎぎぎぎぎい……」


「冗談ではないか。どうして真に受けるんだ? ……それに、そもそも、少なくともこのビビア達程度の力はあるはずだろう? お前たちはだいたい同じくらいの強さだったのだから。ゆえに、いくら、そんなヘボ防御魔法を見せて騙そうとしても無駄だぞ? ははははは」


「ぐ、ぐぎぎぎぎ……アリアケエエエ……。なら見せてやるよおお……。どうなっても知らねえからなぁ……。全解除ぉおおおお……」


なぜか地獄の底から響く様な、怨嗟の声を響かせた。


何か気に障ることでも言ったのだろうか?


と、そんなやりとりをしていると、


『バキバキバキバキ! ブチブチブチブチブチ!』


なぜか、俺たちに襲い掛かる勇者やデリア、エルガーたちの体から変な音が聞こえて来た。


一体何の音なのだろうか。


「まるで骨や肉が裂けるような音だが……。とはいえ、まさかこの程度の動きで身体に異常をきたすはずもないからなぁ」


多少動きが早くなって、攻撃力も上がったとはいえ……。


「ふん!」


「「「ふんぎゃああああああああああああああああ⁉」」」


3人は多少力を込めた俺に吹っ飛ばされる。


「ふむ、やはりこの程度だな」


俺は首を傾げる。


「は? はあああああああああああ⁉」


なぜかプララが泣きそうな声で叫び、


「それさ! 命のともしび完全に燃やして、それだから!? もう帰って来れねーかもしれねーほど燃焼させて、それだからぁ⁉」


意味の分からないことを言うが、


「ブヒヒヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン」


「んんぎょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「AJYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


人とは思えない叫び声をあげ、口や鼻からはゲロや唾液などの体液をまき散らした、人の尊厳を失った見るに堪えない有様で、3人がまたしても襲い掛かって来た。


もはや3人……いや3匹は二足歩行の人の姿勢ではない。


四つ足をつき、まさに獣のごとき容貌になっている。


「ひい⁉ 何だよあれ!」


「ば、化け物!?」


「ワルダーク!? どこに行ったのじゃ! ワルダーク! あの無様な獣たちをつまみ出せ!? 誰がサーカスの見世物動物を連れてこいと言ったぁ⁉」


大衆のざわめきと共に、王族らしき者の悲鳴も混じっていた気がした。


(まさか御前試合という公式の場で、これほどビビアたちがプライドをかなぐり捨て、本気になるとは思わなかった。無論、俺に勝つにはそれくらいしないといけないことは確かだろうが……。だが、ここまで獣じみた戦闘をしては、勇者の名に泥を塗ることだろうな。しかも、これは御前試合だ。試合の内容は明日には広く大陸中に知れ渡っているに違いないぞ?)


「「「ぶひひょひょろんJAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼」」」


3匹は奇声を上げた。


3匹が踏みしめた大地は割れ、音よりも早く走る肉体は異音を鳴り響かせる。本気で切りかかった一撃は重く激しい。


そして、受け止めるたびに、3匹の肉体の方が、メキメキと尋常ならざる蠕動を見せた。


だが、


「軽い!」


「ぶひいいいいいいいいいいいい⁉」


「ぶぎょおおおおおおおおおおおおお⁉」


「AJAJAJAJAJAAAAAAAAA!?」


かかってきた3人の攻撃を俺は又しても吹きとばす。


その隙をついて遠距離からプララの魔法が飛んでくるが、


「甘いですよ!」


ラッカライがいとも簡単に切り裂いて消失させた。


弟子なのだから、これくらいの連携は何も言わないでも出来て当然である。


俺たちは阿吽の呼吸で、前衛ラインを押し上げていく。


「ひいい、ひいいい……。来るんじゃねえよお!? な、なんで勇者たちの攻撃もあたしの攻撃も防いでやがんだよ……。まじバケモンかよぉ……」


後衛で半泣きの表情になりながら、プララが言った。


そして、後ずさりを始めたかと思うと、


「い、今からでも逃げよう! 洞窟であたしも置いて逃げられたから、コレでおあいこじゃん!」


そう叫ぶのが聞こえたが、


『ゴン!』


「ふぎゃあ⁉ んだよ! 何なんだよ、コレはああああああああああ⁉」


見えない壁に阻まれたかのように、何もない場所に向かって焦った様子で、パンチやキックを繰り出している。


「何なんだよおおおおおおおおおおおおおおお⁉ 見えねえよおおおおおおおおおおおおおおお⁉」


その絶叫に対して、


「あんなに忠告しましたのにねえ」


「……へあっ⁉」


泣き叫ぶプララに対して、フードの少女が近づき言った。


「アリアケさんの力がどれほど凄いか信じてなかったんですか? あれほど熱烈に語ってさしあげましたのに」


「だ、誰⁉」


少女は微笑みながらフードを上げると、


「まったくもう。愚かですねー」


隠していたその顔を見せたのだった。


「ア、アリシア……。アリシア=ルンデブルクぅううう⁉」


プララは信じられないとばかりに目を見開く。


だが、驚いたのは大衆も一緒のようで、


「だ、大聖女様!?」


「あのアリシア=ルンデブルク様か⁉ 伝説級の蘇生魔法を使用できるという、あのっ……!」


「だ、だけど、どうして勇者パーティー側じゃなくて、アリアケの側にいたんだ?」


「た、確かに。どうしてだ……。も、もしかして聖女様は勇者を見放されたのでは……?」


ざわ……ざわ……。


勇者たちの今までの獣じみた戦いぶりや、象徴たる大聖女の登場に、大衆たちは勇者たちに対して疑念を持ち始めたようだ。


「ま、まずいじゃん! 大衆どもが本格的にあたしたちのこと疑いはじめてんじゃん⁉ 情報操作にも限界があるってーのに! 馬鹿勇者のせいで! 馬鹿仲間たちのせいで!」


訳の分からないことをプララは叫び、かぶりを振ると、


「くそ、て、てめえ!? アリシア、なんでこんなところにいやがるんだよ⁉」


「私がここにいるのはとても自然なことだと思いますが? 神がなんといわれましょうが、アリアケさんのいらっしゃるところが私のいるべき場所なのですから」


アリシアはそう言ってチラチラチラ!とこちらを見た。


「?」


だが、俺はそのアイコンタクトの意味がよく分からないので首を傾げる。


アリシアのことだからきっと深い意味があるのだろうが……。


「くぁーどんかん魔神!」


と、アリシアはよく分からいことを叫んでから、


「と・も・か・く、卑怯な手段で全員かかってきたアナタたち勇者パーティーには、きっつーいお仕置きが必要ですねえ」


「く、ぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……」


「ま、とは言いましても、しっかりと謝るなら、許してあげましょう。も~、しょうがないですね~。幼馴染のよしみですよ~。さ、ちゃんと卑怯な真似してすいませんでしたと、頭をさげて……」


「っせえええええええええええ! 命令すんじゃねええええええええええええええ‼ 強化! 強化! 強化! 強化ぁあああああああああ!」


「「「□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□―――!」」」


3人の口からは、人には聞き取れない高周波が発せられる。


もはやそれは人のものではない。


勇者たちの身体からキリキリと糸を引き絞るような、何かが限界を迎えるような異音が鳴り響く。


それは獣すら超えている。


それはもはや化け物。


モンスターと言ってしまった方がしっくりくるほどの、人間を辞めてしまった哀れな者たちの姿がそこにはあった。


「きゃは♫ あーはーっはっはははは! これで勝てねえだろう! アタシさえ! アタシさえ生き残りゃあいいんだよ!」


しかし、アリシアは首を横に振った。


「はぁ、やれやれ~」


「は? 何だよその態度は!? 土下座したってゆるしてやんねえから!」


だが、アリシアはその言葉にドヤ顔をすると、


「やれやれ、です。その程度で、アリアケさんに勝てるわけないんですよねえ」


そう言ってフフンと微笑んだのであった。


「…………………………………………は?」


プララの唖然とした声が聞こえる。


だが、俺はもはや彼女の方を向いていなかった。


なぜなら、自分のスキル使用に集中していたからだ。


『―――多重スキル・スタート』


俺の詠唱がコロシアムに響いたのであった。

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