第2章 両雄激突

第47話 一方その頃、勇者ビビアたちは⑯ ~御前試合と弟子~

47.一方その頃、勇者ビビアたちは⑯ ~御前試合と弟子~








「御前試合ぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい⁉ あのクソ雑魚アリアケとだとおおおお⁉」


俺は思わず声を上げてしまった。


俺たち勇者パーティーは今、グランハイム王国の首都パシュパシーンに来ていた。今いるのは宰相ワルダークの私室である。


王国から一度の些細なミスにより聖剣を奪われた俺だが、見事試練のワイバーンを粉砕した。その際、俺の強大な力によってもたらされた不幸な事故によって狩場を破壊してしまい、一時的に冤罪をかけらえたが、日頃の行いによって宰相ワルダークに救出され、今に至るというわけだ。


そんな英雄的存在の俺に、あろうことか目の前の男、宰相ワルダークは無茶な要求をしてきた。雑魚のアリアケと戦えと言うのだ。


「かひっ!」


俺は思わず吹き出すと、


「ひーっひっひっひっひっひっひ!」


ついつい笑い出してしまった。


「何がおかしいのかね?」


ワルダーク宰相が言う。


「あんな雑魚となんて戦う価値もねえ! 俺が勝つに決まってる! モンスターと戦ってるときだって、後ろで偉そうなことを言って震えているだけ。荷物持ちしか出来ねえクソ雑魚無能野郎だぁ! だから俺の勇者パーティーから追放してやったんだ。そんな奴と『海洋都市デルタ』で御前試合だとぉ⁉ あーはっはっはっは! そんなことしたら瞬殺に決まってるだろうが! 試合にすらならねえよ!」


俺はアリアケの正当な評価をするとともに、思わず嘲笑したのである。


「その通りですわ! おーっほっほっほ!」


女拳闘士デリアも嗤いながら、


「勇者ビビアの手を煩わすまでもありません。私の拳で一撃ですわ! いえ、拳を使うのももったいないくらいですわ!」


「そうだ」


重々しく国の盾と謳われたエルガーが頷く。


「あのような軟弱な男と試合なぞ、時間の無駄だろう。筋肉が圧倒的に足りていない。俺のような精悍さが少しでも身につかなくては敵の攻撃を受けることもできない。戦う資格など無いに等しい」


そう言ってニヤリと嗤った。


「だよね~」


魔法使いのプララも唇を歪めると、


「だけど一回くらいシめてやった方がいいかもしんないね。最近色んな噂が流れてきて、あたしチョームカついててさ! あんな雑魚とわざわざ試合なんて面倒だからさ、道ですれ違ったときに腹パンしてやればいいんだよ」


そう言って嘲笑あざわらう。


俺たちにとってアリアケなぞ有象無象でしかない。


はるかに格下!


だからこそ俺と言う栄えある勇者率いる勇者パーティーを無様にも追放されたのだから!


俺の勝利は戦う前から決まっているんだ‼


「あの、果たしてそうでしょうか」


「は?」


俺は思わず変な声を上げる。


せっかく盛り上がってた気分に水を差されたからだ。それをした奴と言うのは……、


「聞けば、メディスンの街で冒険者をまとめあげて、魔の森のモンスターたちから人々を救ったとのことです。今や冒険者の中では彼を英雄とたたえる向きもあるそうですよ?」


緑の髪を伸ばした15歳くらいの少女、ローレライはあっけらかんとそう言って微笑んだ。


「そんなの嘘に決まってる! あるわけねえ! あんな無能ポーターに! なぁ、ワルダーク宰相‼」


俺は宰相に真相を聞く。


「あの、勇者様。いきなり目を血走らされると怖くて気持ち悪いのですが……」


ローレライが一歩後ずさったようだが、気にしている場合ではない。


アリアケが活躍するわけねえんだ。


その真相の究明こそが最も大事なことだ! 俺の方が優れているんだから、追放されたアリアケが魔の森から街を防衛するなんて英雄的活躍が出来ていいわけがねえ!


宰相は顎を撫でながら俺の方を見ると、


「王国騎士団には失敗は許されない。だから表向き・・・は王国騎士団がメディスンの街を救い、魔の森を殲滅したことになっている」


「は? なんだよ……それ……」


どういう意味だよ。


俺は宰相の迂遠な言い方に苛立ちを隠せない。


「これ以上は言えんよ。わしも立場のある身なのでな」


「ぐぎ、ぐぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃいいいいいがああああああああああああ‼」


俺は歯噛みして地団太を踏む。


ローレライが更にもう一歩、大きく後ずさるが、気にする余裕はなかった。


馬鹿なバカなBAKAな莫迦な!


あいつにそんな偉業がなせるわけがない!


俺が!


俺がっ……!


「俺が狩場を破壊したなんていう冤罪を受けているのに、あいつがそんな英雄的な行為をしていたはずがないんだ! 認めねえ! ありえるはずがねえ! あああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


俺は天に向かって絶叫する。


「あの……やっぱり私、パーティーから離脱していいですか?」


「お、俺もお供しますよ、ローレライさん!」


ローレライの言葉に、ポーターのバシュータが応じた。


だが、


「む・だ・よ」


その二人の肩をがっしりとデリアが掴み、優しくニコリと微笑む。


ああ、そうだ。俺たちは仲間なんだから。


「いまだにラクスミーの狩場を破壊したことで、沢山のクレームや損害賠償請求が届いているの。勇者パーティーだから何とか国家権力に守られてるけど、この勇者パーティーがなくなったら私たち全員終わりよ。奴隷落ちして売り飛ばされるか、臓器を抜き取られるか……ひ、ひいいいいい……。メ、メンバーが減るような行為は許さないわ!」


「うっ……うっ……。な、何でこんなことに……!」


「お、俺も只のポーターだったのに……。ああ、神様……」


ローレライとバシュータが絶望に打ちひしがれた表情で天を仰いだ。


その様子を見ながら、プララが大笑いしていた。


「くひひひひひ。人の不幸を見てると気分がいいわぁ!」


「本当にクズだな、お前は……」


エルガーが渋面を作るが、


「はぁ? ダンジョンで味方を置き去りにする奴の方がクズに決まってんじゃ~ん。つまり、エルガーあんたが一番ドクズってことだよ」


「なんだとぉっ!」


「んだよ!」


エルガーとプララが口汚くののしり合っていた。


くそっ……!


俺は舌打ちする。俺を支えるはずの仲間がこのザマだ。チャンスさえあれば超天才で優秀な俺にふさわしいパーティーメンバーに入れ替えるというのに……。今はこんなクソどもで我慢するしかないとはっ……!


俺はそう正義心から内心で嘆く。


そんな様子を見ながら、ワルダーク宰相は大きく嘆息すると、


「ならば、やはりこれはチャンスではないのかね?」


「は? チャンス?」


俺は宰相の突然の言葉に理解が追い付かない。


「御前試合をしてもらおうとしたのは、王国指定勇者である君とそのパーティーの評価を上げるためだ。勇者は我が国の希望なのだからな。今、冒険者の間で英雄と名高いアリアケを倒せば、勇者としての君の強さに疑いを持つ者はいなくなるだろう。確かにラクスミーの資源を破壊しつくしてしまったことは失態だっただろうが、『あまりにも強すぎたため』という話であれば、人々の受け止め方も違ってくるはずだ。そして、そのパーティーへの風当たりも」


どうかね、と宰相は言った。


悪い話ではないだろう、と。


そして、勝てばそれなりの報酬はもちろん出すとも。


「もう石を投げられない?」


「人殺しだと罵られたりもしないのか?」


ざわ……ざわ……。


パーティーメンバーがざわついている。


俺は……。


俺はそんな勝つとか負けるとかどうでも良かった。


最近は確かに少し調子が悪くて、いくつかの些細な失敗をした。


それによって一部では人殺しやら、犯罪者などと、心無い国民から陰口をたたかれることもある。


だが、それも英雄だからこそだ。


俺が真の英雄だからこそ起こる誤解であり、有名税のようなものだと完全に割り切っている。


だから、アリアケを倒すことは、別に名声が欲しいからとか、かつての栄光を取り戻したいからとか、そんな我欲のためでは決してない。


そう、アリアケがズルをしているからだ。


恐らく奴は自分で街を守ったと言う噂を流し、俺に対抗しようとしている。勇者パーティーを追放された逆恨みで、追放した勇者が間違っていたという風潮を作り、俺の邪魔をしようとしてきているのだ。


ならば、これは正義の戦いということになる。


そうだ、これは正義のための戦いなんだ。


俺は絶対に勝つ。恐らく勝負にすらならないだろう。だが、実力を思い知らせることも重要だ。あいつのいつもクールで余裕たっぷりの表情を、いつか悔しさでいっぱいにしてやりたいと思ってたんだ!


私情を排して戦う! これは絶好の機会だ!


そして、かつての栄光を取り戻す!


愚かな国民共が手放しにかっこよくて英雄な俺様をたたえる、かつての光景が戻って来るんだ!


ぎひ、ぎひひひひいひひひひひひひっひいひひひひひひ。


「分かった。その依頼、受けてやろう」


俺はそう言って、ワルダーク宰相の依頼を純粋な気持ちで承諾する。


パーティーメンバーたちも異論はないようだ。


「そうか、宜しく頼むぞ。すぐに馬を用意しよう。ああ、それともう一つ、依頼がある。しばらく人を一人そなたに預ける。弟子として育成してくれぬか?」


「は? 弟子?」


急な話に、俺はポカンとする。


だが、その間に宰相はポンポンと手を叩くと、


「ラッカライ、入って来い」


そう言ってドアの外に声をかけたのである。ガチャリとドアが開き、一人の人間が入って来た。

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