第46話 英雄アリアケ

46.英雄アリアケ





「どこだ、どこに行った⁉」


「あっちじゃないか⁉」


どたどた。


「ふう、何とかまいたようだな・・・。ちっ、どうしてこんなことになった・・・」


俺は遠ざかる足音を聞きながら、フゥと額の汗をぬぐう。


キング・オーガでもヘル・ミミックでも逃げる必要など皆無だった。


だが、俺は今、余りにも手に負えない相手たちから逃げ回っていた。奴らはいつもどこからか俺の居場所を嗅ぎつけてしまう。


「くっくっくっ、捕まえましたよ・・・」


と、いつの間にか俺の肩に手がのせられていた。


「馬鹿な⁉ 俺の隙をついて背後をとっただと⁉」


戦闘では絶対にないことが発生して、俺は狼狽する。


しかも、相手は悪質だった。あろうことか、


「おおい! こっちにいらっしゃったぞ!」


まずい! こいつ仲間を呼びやがった。


「くそ‼ 離せええええ!」


俺は振り切るように駆け出す。しかし、後ろからはワラワラと町人たちが追いかけてきていた。


「いい加減にしてくれ⁉」


俺はたまらず絶叫する。


しかし、


「何をおっしゃいますか! アリアケ様! アリアケ様こそ止まるべきですよ!」


「そうですよ、大賢者様! あの悪徳貴族ハインリッヒを倒した大英雄様! 大英雄様のサインが欲しいのは当然ですよ!」


「その通りです。街を以前のような平和な状態に戻してくれた真の大賢者様に一言お礼を言いたいだけなのです! それから逃げるアリアケ様こそが罪だと言えましょう!」


何と反論が飛んでくる始末だ。


「まぁ、しょうがないですね~。はい、大結界」


と、いつの間にか現れたアリシアが結界を張って、住民たちの行く手を遮った。


「何がしょうがないんだよ・・・」


俺は不平を言う。だが、


「え? 言いましょうか? まず悪徳貴族ハインリッヒを打倒したこと、獣人への差別を体を張って止めたこと、ヘル・ミミックなんていう災害級モンスターの被害を未然に防いで街と人々の命を救ったこと。なお、その際に街の資源であるダンジョンを一切傷つけなかったこと。教団からもお礼が来ているくらいです。細かいことを言うと、あと何個もあるんですが、言っていいですか?」


「分かった。俺が悪かった。頼むから勘弁してくれ」


俺は嘆息する。


「そうですか。ただ、もう一つ、私・・・というより教団からもお礼を申し上げなくてはなりません。これは、公式なものです、大賢者アリアケ様」


「はっ? 教団から?」


俺がポカンとしていると、


「我が教団の教義に反する獣人への差別政策。それをとるハインリッヒを倒していただき本当にありがとうございました。ここに深くお礼申し上げます。英雄アリアケ=ミハマ様。これは公式に大教皇から私経由でもたらされた、公式なるお礼です。あの、もし教団本部にいらっしゃって頂ければもっと他の形で謝意を示すことも出来ますが・・・」


「もう一度言おう。勘弁してくれ。それほど大したことをした覚えはない。お礼と言うなら、放っておいてくれ。田舎でゆっくりするつもりなんだから」


「大したことしまくったということを、先ほどあんなに力説したのですけどねえ・・・困った人ですね、アリアケさんは!」


やはりアリシアは呆れたように言った。


彼女にかかれば、俺など形無かたなしである。




「それはともかく、アリアケさん。私ちょっとだけパーティーを外れます。あ、すぐに帰ってきますので、そこはご心配なく。というか、アリアケさんのせいなんですけどね。こんな英雄的偉業がなされたせいで、大教皇様がひどく興味を持たれて、わざわざ今回の一件を教団に詳しく報告するように言われちゃったんですから」


「すまなかったな。あまり目立たない様にしているつもりなんだが・・・どうしても目立ってしまうんだ」


「アリアケさんは普通じゃないですから、しょうがないんですけどね。はぁ・・・」


アリシアが諦めたように言った。


では、と言って、アリシアが足早に去って行く。コレットにはもう別れを言ってあるらしい。すぐ戻ってきますからね、と念押しをして去って行った。







アリシアと別れ、俺がこっそりと路地裏から、泊まっている宿屋に向かっていたところ、二つの気配が近づいて来た。


「ああ、やっぱりこちらでしたね。アリアケ様。我々獣人族を助けてくださり本当にありがとうございました」


「今回は本当にありがとうございました。大賢者様の神話のような戦いを見れて、本当に私たちは幸せ者です」


ハスとアンであった。獣人の鼻をあざむくのはやはり難しいか。


「なに、大したことはしていない。それに俺一人の力ではないさ。お前たちの協力があったからだ」


「本当に謙虚な方だ。本来ならばあなたこそが勇者であるべきだと思う程に」


「そんな真の英雄様に、少しでもお役に立てたのなら、私たちはそれだけでも生まれて来たかいがあったと思います。大賢者様」


「ふ、まあ感謝はもらっておくさ。それではな」


「ああ、お待ちください。アン・・・あれを」


「はい、お兄ちゃん」



俺が首を傾げていると、アンはリュックから一つのアイテムを取り出す。どうやら鈴のようだが・・・。


俺はそれを受け取る。


「これは一体なんだ?」


「この街の犬耳族全員の感謝のしるしです。もし、アリアケ様が何かお困りになられましたら、その『暁の鈴』を御鳴らし下さい。この街の犬耳族すべてが万難を排し、主人アリアケ様のもとへかけつけましょう!」


「は? 主人?」


俺は唖然とするが、二人は構わずにザッと音を立てて片膝をつく。そして、


「この街の犬耳族の総意でございます。我ら犬耳族は主人と認めた方に一生尽くす種族。どうか御身おんみの手足と思って下さい」


「はい、お兄ちゃんの言う通りです。大賢者様が世界をお救いになる際、どうかお使いくださいませ」


いやいやいやいやいやいや。


「俺なんかの配下になってどうする・・・。それに、俺は別に世界など救うつもりはない。それは勇者たちがきっと果たすだろう。だから、俺の配下になんてなる必要は・・・」


俺はそう言って断ろうとするが、


「そうですか・・・。アリアケ様の配下になれないのでしたら、もはや自害するしか・・・」


「そうだね・・・お兄ちゃん・・・」


「なんでそうなる⁉」


俺は狼狽する。なぜか貴族ハインリッヒを倒した後のほうが余程大変な目にあっている気がする。


「私たちの忠義とはそれほど篤いものなのです。主人に捨てられたとなれば、果てるしかありません」


「ですから、どうかご慈悲を。どうか配下にしてください!」


二人はそう言って頭を下げる。


やむを得ない。犬耳族が確かに忠義に篤い種族だと言うことは知っていた。


これほど厄介だとは思っていなかったがな!


「分かった・・・。配下にする。が、俺は別に世界を救ったりするつもりなど毛頭ないし、呼び出すことなど・・・」


「良かった! きっと御恩は返します‼ アリアケ様‼ 誰も助けてくれないと思っていたあの絶望の中で、助けてくださり本当にありがとうございました! あなたこそ我々の光です!」


「ありがとうございました! 私たちの英雄です! 光の大賢者、アリアケ様!」


そう言って感激と嗚咽の声を漏らしたのである。


やれやれ、当たり前のことをしただけなのだがな。


だが、俺はそう言わず二人の頭をなでてやるのであった。


二人は嬉しそうに笑い、そして改めて俺に忠誠を誓ったのである。





パカパカと馬車が走る。御者台の俺はため息を吐きながら、


「はぁ、やれやれ。大変な目にあったなぁ・・・」


俺はそう言いながら嘆息した。


最後まで見送ろうとする者が殺到して大変だったが、何とか無事(?)出発することが出来たのである。


「出発というか、脱出であったな。かかかかか!」


隣のコレットがカラカラと笑っていた。


「お前は最後までうまく隠れてたな!」


「旦那様が主役なのじゃから、奴らの目から逃れるのは簡単じゃったよ」


「この裏切者が!」


かかか! とコレットは楽しそうに笑った。


やれやれ、と俺はもう一度嘆息した。


「とにかく次の街を目指そう。オールティへ行くには海を渡る必要がある。海洋都市『ベルタ』を目指すぞ」


「了解なのじゃ! 我が旦那様!」


コレットは上機嫌で答えた。


俺はそんなコレットを見ながら、今回の一件を考える。


誰も気づいていないようだが、今回の事件はハインリッヒ一人が引き起こしたものではない。


あの魔剣がミミックだったのは偶然ではない。誰かが仕組んだのだ。


だが、調査してもその痕跡は一切見つけられなかった。


(それに、それだけではない)


俺は≪エルフの森の枯死≫事件、そしてメディスンの街を襲った≪魔の森≫事件のことを思い出していた。


(二つの事件にはそれぞれ違和感がある)


≪エルフの森の枯死≫、それに≪魔の森≫も魔素が溜まる速度が速すぎた。


本来なら間伐をしないからと言って≪エルフの森の枯死≫が、あれほどの速度で進むことは無いし、≪魔の森≫があれほどのスピードで第3段階『裂花』に進むことはない。


(それに、コレットの事件のこともある)


まるで、


『誰かが闇を振りまこうとしている』


俺の脳裏にふとそんな言葉が閃いた。それはきっと俺だから気づけたことだろう。


だが俺は肩の力を抜いて微笑む。


引退した俺には関係ないことだ。


そして、きっとその大いなる闇に、俺の幼馴染である勇者パーティーたちは勇敢に立ち向かうことだろう。


俺はビビアたちのことを思い出す。


大聖女が付いて来てしまったことだけが誤算だが、俺はこう思った。


『勇者パーティーを追放された俺だが、俺から巣立ってくれたようで嬉しい。今後は求められても助けてやれないが、お前たちならきっと大丈夫だと期待している。・・・なので大聖女、お前に追って来られては困るのだが?』と。


「それより知っておるか、旦那様」


と、考え事をしている俺にコレットが言った。


「勇者パーティーじゃが、どうやら王都に招待されたらしいぞ? 何でもワルダーク宰相がじきじきに呼び出して歓迎会をするとのことじゃ。そう新聞屋に出立した際、聞いたのじゃ」


「ほう、そうなのか。・・・うん。なぜだろう。妙に心配になってきたぞ?」


俺は特に根拠もないのに、なぜか、すさまじい不安に襲われる。


何やら勇者パーティーが、今まさに足を踏み外して行くような、そんな妙な予感がするのだが・・・。


いやいや! 俺は首を振る。


ま、まあ考えすぎに違いない!


俺は頑張って気をとりなし、次の街へと馬車を進めたのであった。




第1章 完


第2章へ続く

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