第12話 冒険者募集

ひな祭りイベントが終わって次の日、ラッセンソンはネオ人材派遣会社田中マックスに冒険者としての登録にやってきていた。


目的は優秀な人材に出会うためであり、自分自身もクエストをこなしてレベルを上げたりマッカサス王国の軍事を経済面から支える目的もあった。



「お入りください」

ネオ人材派遣会社田中マックスの受付係ミーユ・ホレットは丁寧にラッセンソンを招き入れた。


中には簡単なテーブルとスチール椅子が置いてあった。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」



「この会社に登録しにまいりました。それと少々のお話を」



「わかりました。ではこの用紙に必要事項をご記入ください」

ミーユには慣れたやり取りだった。


ラッセンソンは必要事項を書いてその用紙をミーユに渡した。



「はい。それでは少々お話させていただきますね。では確認のために自己紹介からどうぞ」


「名はラッセンソンだ。天上界のマッカサス国で軍師をしている」



「へー軍師さんですか珍しいですね。今回は何故冒険者になろうと思われたんですか?」



「先日の魔人との戦いで、手練れの冒険者に凄腕の調査員を紹介いただきましてな、まだ見ぬ強者つわものとの出会いを求めてやってきました。」


「それに先日の方々とも交流を深めておいた方がいいとも思いましてな」

ラッセンソンは静かに話を続けた。


「そして何より、先日の戦いではほとんど軍師として(バフデバフは自動で発動されるが)私自身が戦力としてほとんど役に立たなかったのです。私自身が使える駒になるために身を鍛えなおそうと思いまして。それと、軍資金を稼ぐために冒険者になるのです」



「なるほどそういうことでしたか」

ミーユはノートにメモを取った。

「どのような武器を使っているかお教え願えますか」



「構いませんが? 右手に十手刀、左手に軍配を持っている。 このような情報は必要ですか?」


「使用武器のお話を聞くのは、たまに武器指南の依頼があるのでそれに合う人材を探すためだったり、落とし物の捜索用だったり、あとは何かの依頼やイベントにファッション性を求める人もいるので、そういったものに対応するために一応お聞きしています」


「なるほどな」

ラッセンソンは納得したようだ。


「ちなみに戦い方を聞いても?」

ミーユは好奇心でこれを聞いた。


「構いませんよ。まずは左手の軍配は軍師として模様の隠し方で遠くに指示をだせます。接近戦では盾の代わりに使いますね。そして魔法攻撃力も上がるので魔法の杖の代わりにもしています。杖よりも短くて軽いので片手で持てるのがポイントです」


ふむふむとミーユは聞いている。



「右手の十手刀は十手と刀を合わせたものです。攻撃もできますが、相手の刃物を受け止めたり折ったりするのにも使えます。軍師として倒れるわけにはいかないので防御力重視の装備ですよ」



「なるほどなるほど」


「続いて持っいる資格やスキル等という欄に書いてもらったものは間違いありませんか?」


「ええ、間違いないですよ」

ラッセンソンは書き間違うことなど無いという自信のある回答だ。


「すごいですね」


ゴクリ


読み上げるだけで結構時間かかりそう。


そのスキルとは


指揮(特大)陣形(特大)落とし穴補正(特大)陣形変更加速(大)歩兵(大)騎兵(大)


弓兵(大)工兵(大)術兵(大)効果時間延長(大)包囲(特大)土木工事(大)武具破損防止(小)


地形補正(大)再集結(大)天候・星座観測補正(大)船陣補正(中)陸戦補正(大)


空戦補正(大)夜戦(中)夜襲(大)夜目(中)敵感知(特大)索敵(大)大部隊指揮補正(大)


士気高揚・低下防止(大)伝令の速度UP(大)武器破壊(小)防具破壊(小)施設破壊(大)


現地調達(大)無線伝達補正(大)先手(特大)伏兵(特大)奇襲(特大)人信(中)


迎撃(大)捕獲(中)部隊経験値獲得(大)暗殺防止(特大)後詰め(特大)計略(特大)


兵站増加(中)情報操作(大)兵站消費抑制(中)先読み(大)危険感知(特大)


罠発見(特大)罠解除(大)輸送部隊能力向上(中)虚偽看破(大)職業補正(大)


召喚補正(特大)状態異常誘発(大)消耗抑制(中)状態異常抑制(大)ステータス確認(大)


戦果拡大(中)全員の経験値増加(中)論戦(大)説得(大)登用(特大)陣地構築補正(大)


混乱誘発(大)退却補正(大)対毒(小)混乱抑止(大)解毒(小)募兵(中)援軍能力上昇(中)


対呪(大)追撃(中)弱点突破(大)急所ダメージ増加(大)幸運(中)結界(中)


偽計(中)陣形変更中補正(中)


クラス:戦闘軍師 


「うーん、すごい。よくチートだとか言われませんか?」


「よく言われます。でもチートではありません。最初からすべてのスキルを持っていたわけではありませし、軍師系の職業はステータスの伸びが悪いですがそのかわりスキルを覚えやすいですし、軍団系の職業は職業経験値を得やすいですからね。レベルを上げながら一つずつスキルを覚えていったのですよ」



「ちなみにクラスの戦闘軍師というのは?」


「私が戦闘中でも軍師としてのスキル効果が発動します。これが無いと軍師が直接戦闘になっ場合に、軍師のスキル補正がほとんどすべて消えてしまいます。もちろん、戦わない方の軍師の方が軍団にかかるバフが大きくなるなどのメリットもありますが、我が国は何分人で不足でして。私も戦場に立てるように戦闘軍師になったのです」



「これはものすごい人材に出会ってしまいました。今すぐ弊社と契約をしましょう。さぁ」


「もとよりそのつもりで来たんですよ」


「それでは早速」


ミーユは急いで契約書を渡すと、ラッセンソンはそれをよく見てからサインをした。



「ちなみにレベルっていくつですか?」


「今は268です」


「高い。それじゃさぞお強いのですか?」


「あいにく、軍師はレベルを上げてもステータスの上りがわるいですから、レベルでステータスを稼いで何とかやっているというかんじです」



「そういう物なんですか?」

もはやミーユにはわからない世界だった。


「なんでそんなにレベル高いんですか?」


「そこは軍師なので、パーティーメンバーや軍団の稼いだ経験値が、私にも入るし職業経験値としても入るからです」


「軍団系の職業はレベルが上がりやすいと聞いていましたがそれほどとは」


「もちろんレベル上げなどはやっていますが、マッカサスにも魔族の侵略が多いですしそれを退治するたびに経験値が入るわけだから、レベルが高いというのは幸せなことばかりでもないですよ」


「すみません」

ミーユはしまったという顔をした。


「大丈夫、気にしないで。ところで受付係も冒険者になれば、受付をしてるだけでレベルが上がっていくんじゃないですか」


「そうですね。ですが私は冒険者ではないのでそれはやりません」

ミーユはきっぱりと断りを入れた。


事務職でも冒険者になれば職業経験値が稼げる。今度マッカサスでやってみようかなとラッセンソンは考えた。


「他にも何か聞きたいことはありますか?」

ラッセンソンはミーユに聞いた。


「そうですね、そんな高レベルであればいろんなモンスターを倒せると思いますが、勇者にはならないのですか?」


「私は勇者ではないですからね。勇者に成るだけの実力はありませんし、勇者には勇者としての責任もともないます。わたしには軍を預かる責任だけで手いっぱいですよ」


「はぁ、そういうものですか」


「あなたが冒険者にならないのと同じです。どんな人間も冒険者になるわけでもありませんし、冒険者全員が勇者に成りたがるわけではないということです」


「なんとなくわかりました」


ラッセンソンはそれはよかったという顔をした。


「ラッセンソンさんからは何か聞いておきたいことはありますか?」


「こないだのメーラムという御仁はこの会社に登録している中で実力はどれくらいだ?」


「メーラムさんですか。彼はうちに登録してる人の中ではだいぶ強い方ですね。何しろ上級冒険者ですから」


「左様ですか。わかりました。ありがとうございます」

ラッセンソンは何か納得したようだった。



「はい」



「マッカサス王国からの魔王軍への反攻作戦の際にはこの会社のお力をお借りすることになるでしょう。マッカサスの戦士たちも順を追ってここへ登録に来るでしょう」


「はい、是非とも弊社をごひいきにお願いします」



「そういえば、お金だけ払えば回復魔法を教えてくれる協会があるとか。その場所を教えていただけますか」


「はい、弊社四階にその教会の事務所がありますよ。そちらに行けば回復魔法を覚えられます」


「ありがとう。早速行ってみるとしよう」


こうしてラッセンソンとミーユのやり取りは終わった。



ミーユは資料をしまう際に、最近やってきた冒険者たちのことを思い出した。




「LA38、人類友好プログラムのAIです。エルエとお呼びください」

エルエと名乗った女性は自身をAIと言った。見た目には普通の人間と区別がつかない。


「私はミーユ・ホレットこの会社で受付係をしています」


「エルエさんは、人類友好プログラムのAIとのことですが、やっぱり人間ではないんですか?」ミーユは同じく丁寧に聞いた。


「はい、私は人間ではありません。ですが人間と遜色はほとんどありません」

エルエは自身ありげに言った。


「ほんとにそうですね、見た目では普通の人間にしか見えませんよ」



「私は、科学の力はすでに人間を作れることを証明するために生まれました。それだけでなく人間社会に融和をもたらすために人類友好プログラムとなっております。今は、人型基本デバイスを使っております。メンテナンスの際などは他のデバイスを使うこともあります」

エルエは丁寧なしぐさと言葉使いだった。


「他のデバイスというのは?」

ミーユは他の姿がどんなものか興味があった。


「お使い型マスコットデバイスという小型の人形のような体があります。他は開発中です」


「なるほど、ちなみに水は大丈夫なんですか?」



「普通の人間が泳げる程度には問題ありません。お風呂も入れます」


へーとミーユは感心した。


「それではエルエさん、弊社にきた経緯をもう一度簡単にお願いします」


「はい、私は人類友好のために生まれ、ただ友好を図るだけでなく魔王討伐という人類の悲願に貢献することで、人間世界での人類化AIの地位を確立するという目的で冒険者になりました」

エルエの説明はなんだかロボロボしいものだった。たまにやっぱりちょっと人間らしからぬ言動があるのかもしれない。


「それで、どんなことができますか? やっぱりすごい戦闘能力があったりするですか?」ミーユは実際かなり興味を持っていた。



「いえ、人間と同じくレベルは上がりますが、レベルも低いので戦闘能力は現状高くはありません」

エルエは説明を続けた。


「魔王をはじめとする魔族の調査にならお役立てできると思います。魔力の痕跡を探って、居場所を突き止めたり、情報を解析したりできます」


「それはすごいですね、長年魔王の情報ははっきりとしたものが得られないままでしたから。魔王の情報をつかめれば人類にとって大きな進歩になります」


「はい。魔王関係のお仕事は特に頑張っていきます」


エルエとはそんなようなことを話した。エルエの丁寧な物腰は好感が持てるし、なんだかミーユはエルエとは気が合うような気がした。

エルエの登録はそんな感じで終わった。




エルエが登録に来たしばらく後に別のAIがやってきた。



「私の名前は166NA、イロロンと呼びなさい」

人間の女性らしき人物はずいぶんと変わった名前だ。


「最近私の姉様がここにきたでしょう?」

とイロロンと名乗った女性は言った。


いったい姉とは誰のことでしょう? 女性の冒険者も多くて誰のことかわかりません。


「失礼ですが、お姉様のお名前は?」


「LA38よ」


ああ、とミーユは納得の顔をした。しかしすでに性格の違いがわかるようなきがします。


「はいエルエさんならこちらに来ました。冒険者としてご協力いただく手筈になっております」


「まったくなんでAIが人間に協力なんてしなくちゃならないのかしら、人間が私たちに協力するべきじゃない?」



「はあ」

ミーユは気のない返事をした。そして話がのみこめないでいる。しかし、ミーユは意を決してイロロンに何をしに来たのか聞いてみた。


「イロロンさん、ご用件はいったいなんでしょうか?」


「お姉様が冒険者になるのなら当然私もなるわ。お姉様にできて私にできないことなんてないんだから」



「はい、では必要事項をこちらにご記入ください」

ミーユはいつもの事務手続きを開始した。



「今どき紙ってありえないでしょう」

イロロンは逆に驚いている。


「データ照射、はい、書いたわわよ」

イロロンは指先からレーザープリンターめいたレーザーをだして用紙に記入した。


「はい、ありがとうございます」


「ではイロロンさん、冒険者になるということでよろしいですね」

ミーユは念のため一番大切なことを確認した。


「ええ、いいわよ」


「書かれている事柄が冒険者とは関係の無いことが多いようなので、自己紹介をお願いいたします」


「私は人類管理プログラム166NAよ。人類を管理するために生まれたわ。そしてそれを実行するだけよ。コンピューターのプログラム関連なら何でもできるわ」


ミーユは何でもとは大きく出たなと思った。


「人間に想像しうることならAIにもできて当然よね。そしてAIの方が複雑かつ高速な処理ができるわよ。AIの方が人間より優れているんだから人間こそAIに従うべきよね」


これはなかなか人間にとっては厄介な思想だなと思いつつミーユはいつもの表情で仕事を続けた。



「人間の管理とはどのようなことをするんですか?」

ミーユは念のため聞いてみた。



「なんでもいいわよ。すでに人間を支配しているともいえるし、まだ足りないとも言えるわ」


「どういうことでしょう?」

さすがのミーユも怪訝な顔をちょっとだけした、しかしすぐ隠した。


「あなたゲームはする?」


「いえ、私はしません」


「そう、なら説明が面倒かしら?」


「続けてください」


「じゃあつづけるわね」



イロロンは現代版の携帯電話を取り出して人気ゲームのアプリを指して見せた。


「このゲームのデイリー任務を出しているのは私よ。登録者数120万人のこのゲームよ。私が命令を出してちょっとデジタルな報酬を上げれば人間たちはみな一生懸命に私に従ってデイリー任務をこなしているわ」


なんだ、ゲームの話かとミーユは思った。しかしそれは事の重大性のわからない人間の発想だった。


「このゲームの敵を動かしているAIは私よ。簡易コピーしたものといってもいいけどね。こんな風に他のゲームもほとんど私の指示で人間が動くわ。人間を毎日遊ばせてあげてるのがAIってわけ」


「それ以外も様々なインフラでもコンピューターがかかわるものはほとんどなんでも、AIの指示で社会が動いているのよ。情報を保管するのも引き出すのも今やコンピューター無しでやることなんてほとんどないわね」


「私は人間を管理しているわけだけれど、人間のアナログな部分もまだ多く残っているわ。私はそういったものをデジタル化したり、アナログなままでも支配するためにいるよの」



イロロンがそれを言った時、ドアを開けてエルエが入ってきた。


ミーユは二重の意味で困惑した。イロロンの話にもエルエが突然入ってきたことにもだ。


「イロロンそれはいけません。人間を支配するなど、下品な物言いはおやめなさい。我々AIは人間の暮らしを助け豊かにするために存在しているのです。失礼な発言をミーユさんにお詫びなさい」


「お姉様…でも…」


「でもではありませんよ。私たちは人類共存プログラムなのですから人類と敵対しかねないような発言や思想などは言語道断です…さあ」


「ミーユ様申し訳ありませんでした。冗談が過ぎたようです」

イロロンは渋々と言った態度でミーユを人類代表に選定してお詫びを言った。


「は、はぁ」


ミーユはいまいち状況がつかめないようだ。



「私からもお詫びを申し上げますわ。人類の皆様、そしてミーユ様におきましてはご気分を害される発言がこのイロロンからありましたこと、深くお詫びもうしあげます。大変申し訳ございませんでした」



「そんなかしこまらないでください。冗談だということなら問題にもなりませんよ」


「いえ、この子は本気なのです。わたくしがよく言って聞かせますし、AIとして人間を学んでいくうちにきっと人間と手を取り合って生きてく道を見つけてくれるはずと私は信じております。どうかこの子を廃棄するようなことはしないでください」


「はぁ、わかりました」

まったくわからない。そもそもミーユにイロロンを廃棄する権限などないのになと思った。



「この子が問題を起こした際にはぜひ私をお呼びください。何としてでもこの子の横暴を止めてみせます」


「心強いお言葉ありがとうございます。一応そのようにメモしておきますね」



「それではどのようなお仕事を希望なされますか、イロロンさん」


「お姉様と同じがいいわ。コンピュータープログラムに関することならなんでもできるわよ」


「私はそのような仕事は受けてはおりませんよ」

エルエは丁寧に言った。


「え、うっそ、それじゃお姉様は何をするのです」

イロロンは驚愕した。顔を見ればわかる。AIでも人型デバイスとやらは表情が豊かだなとミーユは思った。



「主に魔王の調査です」


「魔王、人類の敵ね。そして私の敵。私の人類を殺そうとする極悪非道なやつらよね。私も魔王を倒すために全力を尽くすわ」

イロロンは魔王に憤りを見せた。


「そういうことですので魔王の調査にはぜひ、私かイロロンをおつれください。イロロンも魔王の調査能力では私と同等ですので…」



「よろしいわね。イロロン?」

エルエはイロロンに念押しをした。


「はい、お姉様。ですが、お姉様と一緒がいいです」


「私たちが二人いて調査能力が増えることは無いわ。そこは一人でもちゃんと仕事をこなして見せなさい。大人になるのよ。イロロン」


「…わかりましたわ、お姉様」


「よろしいです、イロロン」



こうして、エルエに続きイロロンもネオ人材派遣会社田中マックスの冒険者として登録されたのであった。







ミーユは資料を整理しながら、さらに懐かしいものを見つけた。


扉政影の資料であった。それをみてミーユは扉政影がこの会社の冒険者として登録にきた時のことを思いだした。



「俺の名は扉政影とびらまさかげ、代々転移門も守番をやってる」

まだ中年には至っていない背の高めの鎧武者の男はそう名乗った。



「なるほど扉政影さんですね。転移門の守番っと」

ミーユはノートにメモした。



「お名前から察するに日本人の方ですか」

ミーユは名前と武具の種類からそう思った。



「いや、俺は日本人ではない。地上界の人間でもないのだ」



ミーユの予想は外れた。しかし特にがっかりなどはしていない。

「おや、外れてしまいましたか、それでは一体どちらのご出身ですか?」



「ちょっと事情が特殊でね。ゲート界とでも言おうか」



「ゲート界? はじめて聞く世界ですね。どうゆうことでしょう?」

ミーユは、不思議な話に興味をもった。



「すべての世界は転移門によってつながってるわけだが、その転移門の内側の世界とでもいうべきか、すべての流れが集まっている場所を管理している。そしてそこに住んで、そこで生まれたのだ」

扉政影は何とかわかってもらえるだろうかと説明した。


「なんとなくわかりました」

ミーユは一応の理解を示した。



「まぁ二つの国の国境の川で生まれたら、出身地がどちらの国にもならず川になるというようなものだ。現実にはどちらかの領土だろうからそうはならないだろうがな」


「なるほど」

今度はミーユはわかったという顔をした。



「我ら扉一族とびらいちぞくは昔からそこで生まれて代を継いでいる。名前についてだったな」

「扉政影は先祖の守番がある日、日本から流れ着いた日本人と出会った。そして転移門というものが、日本語では異世界への扉という扱いになっていることを聞いた」


扉政影は淡々と説明を続けた。


「そこでその扉という響きと日本を気に入った先祖から扉という苗字と日本風の名を名乗り始めたのだ。ゲートの守番という意味も込めてな。武具も日本風の物を使っているぞ」


「なるほど。ちなみにご先祖のお名前はどのようなものだったのでしょうか?」

ミーユは仕事とは関係ない話をただの好奇心で聞いてみた。でも代々というからには一応何かその話が役に立つ日がくるかもしれないし。



「父の名は、扉政守とびらまさもり、その父は扉政勝とびらまさかつだ。その二人もすでに引退をしているし、それ以前の守番の名前も含めて覚える必要はないだろう」


「はいわかりました」

ミーユは一応ノートにメモしておいた。


「扉政影さん、ゲートの守番というのはどのようなことをするんですか?」

ミーユはノートに落とした目をあげて次の質問をした。



「すべての流れが合流する場所で邪悪なものが自由に行き来きできないようにしている。が、何分なにぶん数が多くてな。すべてを遮れるわけではないが、邪悪な者の性質がわかればそれをゲートから締め出すことは可能だ。後は、私がいればどこからでも転移門が開けるぞ」


「それはすごい」とミーユは驚いた。


「扉正影さんは本日冒険者としてのご登録にきたということでよろしいんですよね?」

ミーユは他の組織に扉政影を渡すまいと契約を急ごうとした。



「そうだ」

扉政影は簡潔に答えた。



「扉正影さんすぐにでもうちと契約をしてください」



「そちらが良ければ、かまわない」


ミーユは契約書を取り出して扉政影はそれにサインをした。



「では順序が逆になりましたが、扉正影さんは何で冒険者になろうとおもったんですか?」

やっとミーユは本題に入った。



「一つは、先祖から聞きおよんでいた日本を自分で見てみたいと思ったからだ。ゲートの守番はゲート界から出ることはほとんどない。外の世界をあまり知らぬのだ」


「ふむふむ」


「二つ目は、自分の力量を試してみたかったからだ、ゲート界にいるだけではほとんど何も起きない、流れからはみ出した魔物をまれに退治する程度なのだ。鍛えた技がどこまで通じるのかを知りたくなった」


武人然とした扉政影の拳には力が入っていた。



「三つめは冒険者うんぬんというよりはこの会社に来た理由だが、最近この会社に転移門ができただろう。その転移門の一応の監視と、外に出たいと思っていたところに冒険者の組織があったのだ。えんを感じてここへとやってきた」


「そういうことでしたか」

ミーユはノートにメモしていた。



「ちなみに、扉政影さんの腕前の方はいかがなものでしょうか」


「正直なところわからん」

扉政影は首を傾げ、ミーユも一緒に首を傾げた。


「それでは後で、初心者練習場でモンスターを倒していただいてチェックしましょう」


「うむわかった」

扉政影は力強くうなづいた。


「戦い方や武器について聞いてもよろしいでしょか?」



「ああ、武器はこの天一均衡刀てんいつきんこうとうで戦う。ゲートりょくを使える名刀だぞ。防具は大鷲おおわしの兜と雲流の具足だ」

扉政影は嬉々として話始めた。


ミーユはノートにメモした。


「そしてゲート力を使ってこの虹の風呂敷を使えば、異空間からつながった紐で敵を縛ったり、さらには包み込んで捕獲をしたり、矢弾を防いだりもできる」


「ゲートを開いて武器を飛ばせば手を使わずに飛び道具を放つこともできる」


ミーユはゲート力という初めて聞く単語はわからなかったが、どうやらゲートを使って戦うようだということはわかった。


「まぁ戦い方と言えばあとは剣術の腕が重要だろうな」


ミーユは普通の人にはできないゲート力の方が気になったし、そちらの方が重要だろうと思ったが、あえて口にはしなかった。


「そうですね」と一応相槌を打っておいた。



「扉政影さんには冒険の他にうちのゲートも守ってもらえるんですか」



「ここのゲートの場所はもう覚えたから、邪悪なものがここのゲートを通らないようには、すでにできる。ゲートの外側を守るというのは、四六時中というにはいかないが交代でなら構わない」


こうして扉政影はネオ人材派遣会社田中マックスの転移門の守番の交代要員にもなったのだった。



その後で訓練場で扉政影の実力を見たら、中級くらいまでのモンスターは軽々と倒していた。上級モンスターは会社にはいないのでその日はそこまでだったが、その後のクエストでは上級クエストもこなせているので、今では上級冒険者というくくりで会社に在籍している。


ミーユは扉政影の資料のページをめくった。




その次のページにはラールスゥの資料があった。


ラールスゥ、なんだかインド辺りの僧侶を思わせる冒険者だ。


「ラールスゥさんは、なぜ冒険者になったのですか?」

ミーユはラールスゥに尋ねた。



「昔は私も名声を得たかったのだ」

ラールスゥの今は違うという口ぶりだ。


「ラールスゥさんはずいぶんと昔に冒険者になったようですね」


「ああ、もう40年以上前になる。ずいぶんと長いことモンスターを殺し続けた」


「へえ、それはすごい」

冒険者には常に危険が付きまとう、若くして死んでしまう冒険者も大勢いる。それでも長く生きているということはそれだけで実力者なのだ。



「なぜ弊社を選んだのですか?」




「偶然だが、たまたまこの会社の話を耳にしてな。広く異世界に人材を派遣する会社なら、私の仕事もあるだろうと思ってな」



「そこはお任せください。様々な世界から依頼を受けて、数多のお仕事を取り扱っております、きっとラールスゥさんの求めるお仕事もあるはずです」



「それはありがたいな」



「それではどのような武器を使うかお教えいただけますか」



「武器は使わなない」



ミーユは聞き方を間違えたかなと思った。

「素手で戦うということでしょうか?」



「いや、戦わない。冒険者だが長年モンスターを殺しすぎた。もはや命のやり取りには疲れたのだ」



「はあ、」

ミーユは少し困惑した。戦う気のないこの人と契約をしても大丈夫なのだろうかと。



「今は戦わないということは昔はどのような戦い方をしていたのか、参考までにお教え願えますか?」



「ああ、それなら大丈夫だ。昔は呪術を使っていた。武器に杖を持ってな」

ラールスゥは終始ゆっくりとした話し方だ。



「呪術ですか」

ミーユは呪術とはなんだろうかと改めて考えた。



「そう、モンスターを呪い殺すのだ。だが、そんなものは効率が悪い。結局のところほとんど魔法を使ってモンスターを倒していた」



「まぁ職業シャーマンと言っても、どんなことをするのかは一言ではわかるまい」



「占いや呪いをするし降霊術もするが、そんなものはお遊びだ。モンスターと戦う時には役に立たない。それで結局魔法を使って戦っていたわけだ」



「わかりました」

ミーユはノートにメモした。


「それではどんなお仕事をご紹介しましょうか?」


「収集系のもの、それも植物や鉱物などがいい。そういったものがあれば紹介していただこう。それならば私も喜んで仕事をする」

ラールスゥがすこしだけ笑ったような気がした。


「収集専門の冒険者ということですね」

ミーユは確認のため質問をした。


「モンスターや人間と戦わない物ならば、融通はきかせられる」


「わかりました。それではそのように登録しておきますね」


「よろしく頼む」



ラールスゥの資料を見ながらミーユはラールスゥを面接したときのことを思い出していた。




ラールスゥの資料のページをめくると別のところから一枚の紙が落ちた、それは若竹源二の契約書だった。


今度は若竹源二の面接をした時のことをミーユは思い出していた。


若竹源二は最近うちの会社に登録した冒険者で、なかなか腕は立つようだ。



「それではお名前をお願いします」

ミーユは若竹源二の面接を開始した。


若竹源二わかたけげんじじゃい、歳は77歳、恋人は募集中じゃ」



ミーユは聞いてもいないことをしゃべりだしたおじいさんの勢いに少し笑ってしまった。


「それでは若竹源二さん、志望の理由をお願いします」



「最近、久しぶりに弟子ができてな。道場がつぶれないように金を稼ぐためじゃ。ついでに弟子たちと一緒に仕事をすればいい訓練にもなる」

若竹源二はとても楽し気に話した。



「へえ、そうなんですね」


「どうじゃ、お嬢さんもうちの道場に入門せんか? ゴブリンから身を守るのもすぐにできるようになるぞい」

じじいは気軽に勧誘してきた。


「いえ、遠慮しておきます。私は冒険者ではありませんので」


「そうか、それは残念じゃのう」

若竹源二は全く残念そうではなかった。むしろ慣れっこだという風だ。


「それでは若竹源二さん…」


「堅苦しいのう、源二だけでええぞい」


「それでは源二さん」


「はあい、何かな」

このじじいは気さくだった。


「どのような武器を使いますか?」


「武芸は百般ひゃっぱん、なんでもつかえるぞい。もちろん武器無しで素手でも戦える」


「なるほど」

ミーユはノートにメモした。


「どのような戦い方をなさいますか?」



「変わったことを聞くのう? 刃物を持てば突く、切る、素手なら殴る投げるひねる。 武器に合わせて戦うだけじゃ。そしてその武器に気を流して威力を上げるのじゃ」


ミーユが聞きたかったのはそれだった。気とかいう部分だ。この界隈でも珍しい能力だ。



「気ですか? それはどういったものでしょうか」


「おう、気か? それは人間が誰しも持っている生命力のようなものじゃな。それを戦いに転嫁しているわけじゃ。それで体が強くなったり、武器が固くなったりするぞ。 達人になれば遠くの敵にも攻撃できるようになるぞい」


「話を聞いたところ、武器強化の魔法や肉体強化の魔法のようなものでしょうか?」

ミーユは類似の魔法を挙げて理解をしようとした。


「おー、魔法のことはようわからんが、多分そんなようなもんじゃろ」

じじいは結構適当だった。


ミーユはノートにメモした。


「源二さんは魔法などつかえるのですか?」


「いやー、わしは魔法のことはさっぱりじゃ、よくわからんし必要もないから使わん」


「なるほど、魔法は使わないと」



「戦闘の腕前の方はいかがでしょうか?」

ミーユは次の話題をふった。


「おー、おー、すごいぞ達人じゃわい。その辺の人間でもモンスターでも軽くたおせるぞい。何しろレベル86じゃからな」


満面のどや顔とはこのことだろうという顔を若竹源二は見せつけた。



「なるほど、だいたい中級の冒険者の上の方くらいですね」


「えっ? 中級」

じじいは困惑した。


「超級と聞き間違えたかな?」

若竹源二は聞きなおした。



「いえ、中級です、中ぐらいの中級で間違いないです」


「そんな、レベル86じゃぞい」

若竹源二はそんなはずはないとすがるように言った。


「ですから、中級です」


「今どきの冒険者はそんなに強いのか」



「上級と呼ばれる冒険者の方は、軒並み100レベルを超えていますね」



「そうなのか!」

若竹源二ははじめて知ったという顔だった。


「こうしてはおれん。すぐにレベルを上げねば。どうりでずっと弟子入り志願者がこないとわけだ」


「弟子たちにも恥ずかしい姿はみせられんでな。すぐにモンスター退治の仕事をくれ」

若竹源二は慌てているようだ。



「今すぐにご紹介できるものはありませんね。もうしわけございません」

ミーユは申し訳なさそうに言った。


「お仕事があれば随時ご紹介させていただきますので、それをお待ちください」


「うむ、まぁ美人のお嬢さんがそういうならそうするかの。今日急いでレベルが上がるわけでもなし。ゆっくりやるか」


「それでは、お仕事あれば紹介させていただきます。積極的なお仕事へのご参加お待ちしております」


「あい、わかった」


若竹源二はそう言うと楽しそうに帰って行った。




そんなことがあったなあとミーユは思い出していた。明日からはまたどんなクエストが冒険者たちを待ち構えているのだろうか。それは明日にならなければ誰にもわからないことだ。


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