第47話 新たな世界
「サラ。おい、起きろ。沙羅!」
肩を揺さぶられ、サラは目を覚ました。がばっと顔を上げた先、飛び込んできたのは黒板だった。
「えっ」
「おい、寝惚けているのか」
肩を揺さぶっていた誰かが前に回り込んできて、サラはさらに驚く。
「なっ、那岐様」
「しっ」
慌てて起こした人物がサラの発言を止める。
「えっ、でも」
目覚める前よりも少し大人になった那岐自由が、私服姿でいた。その彼は何かを悟ったように人差し指を立て、そっと何かを見せてくる。それに目を向けると、沙羅が平安時代に飛ばされる前に通っていた大学の学生証だ。そこに、那岐自由と名前が記されている。
「今度はお前のほうが記憶を取り戻すのが遅かったようだな」
「えっ、ええっ」
どうやら現代の、しかも先ほどまでいた時空とは違う場所にいるらしい。そう理解した沙羅だったが、まだまだ頭が混乱する。それから、たぶん自分のものだと思う、横の椅子に置いてあったカバンを漁り、学生証を見つけて呆然としてしまう。
「名前が戻ってる」
学生証には早速沙羅の文字。大学も学部も学科も同じ。なのに、目の前にはいなかったはずの自由がいる。
「えっ? どういうこと?」
何もかもが元通りのようで少し違う。慌ててカバンの中に入っていた鏡を取り出してみると、顔も、妖怪として変化していた頃の顔のままで、昔の沙羅の顔とは少し違う。
「えっ。私、戻ってないの?」
「食堂に移動しよう。俺も、最初に色々と記憶が繋がった時にびっくりしたからな」
「えっ、ああっ、はい」
ここでは話しにくいのだと気づき、沙羅は慌てて立ち上がる。そうやってみて、自分が大学生らしい格好をしていることに気づく。寝ていたのは、基礎講座のある大教室だというのも解った。
廊下に出ると、懐かしい風景が広がっている。ここで過ごしていたのだと実感する。でも、やっぱり何か違和感があって、奇妙なずれみたいものも感じてしまう。
「大学は変わってないみたいだけど、ちょっと変?」
「だろうな。ここは富士山が噴火しなかった未来だ」
「えっ」
どういうことと訊ねたかったが、自由がスマホを取り出してメールを打っているのに驚く。そして、自分のカバンを探ると、ちゃんとスマホが入っていた。
「技術もある」
スマホの解除の仕方は、平安時代に飛ばされる前と同じだ。中を確認すると、知らない写真が沢山保存されているのに驚く。
同じようで、違う場所。
安倍晴明だった那岐自由のいる世界の、別の時間軸。
元に戻ったのではなく、富士山の噴火はなかったことになった世界。
妖気と霊気が中和され、時間が巻き戻され、生きていた世界が変化した場所。
「あっ」
「徐々に理解したのか。大江たちも来れるって。ともかく、詳しくは食堂で集まってからにしよう」
「えっ、ええ」
大江、ということは、道満の生まれ変わりの咲斗もこの世界にいるのか。ということは、集まるとは他のメンバーもここにいるということ。
「あの、ええっと、保憲様は」
「いるよ。あの時は現代での名前を名乗らなかったが、
「へ、へえ」
そう言えば、面倒だからと転生後の名前を頑なに言わなかった保憲だ。その理由は、名前の力強さが原因だったらしい。
そんなことを言っていると、学生食堂の建物が見えてきた。ここは例の時空を旅する原因となった素粒子実験について誘われた場所だ。なんだか複雑な気分になる。
「こっちです」
沙羅たちが食堂に着くと、そう言って呼んでくれる一団がいる。
「えっ」
その顔を見て、沙羅はますますびっくりし、反応できずに固まってしまう。
「あらあら。ようやく記憶が戻ったと思ったら、びっくりしてフリーズって酷くない」
「いや、仕方ないだろ。俺も自分の正体に気づいた時、びっくりして二度寝したわ」
「それはあんただけでしょ」
「まあまあ」
そう言い合うのは、かつて式神仲間だった四人だ。しかし、今はどう見ても大学生そのもの。角があるなんてこともなく、美男美女ばかりだ。
「じゃあ、自己紹介だな。俺、青龍。今は
沙羅に席を勧め、真っ先に名乗った青年が、慣れた調子で頭を撫でてくる。その仕草は昔と変わらず、彼が青龍だったというのはすぐに納得できた。
「なんか、変」
だから、沙羅も苦笑してそう返す。
「私は玄武よ。今は
「白虎の
「朱雀の
沙羅が本当に記憶を取り戻したのだと知り、他の三人も安心したように名乗った。
「おっ。大集合だな」
と、そこに鬼だった西条礼暢が現れた。彼も大学生らしく、最後に会った時よりも大人っぽくなっている。その後、咲斗、松山天夏、貴志瑠璃、宮津月乃、板野路蘭、松原亜連の順番で姿を現した。みな、大学生か大学院生で、少し印象が変わっている。そして最後に
「ようやく、肝心の猫が起きたか」
そう言いながら、疲れた顔で現れたのは保憲こと、与謝野王牙だ。年上だった彼はそのまま少し上のままで、今は研究員ということか。一人だけ学生という雰囲気ではないし、研究に追われて寝ていない様子だ。
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