第45話 京都で必要なこと

「ここを呪えばいいってことか」

「だろうな」

「手伝うぞ」

 頷く将門と、それが起こされた理由かとにやりと笑う信長。

「手伝うって。ああ、そうか」

 生前、自らが魔王となるために、仏教勢力を徹底して叩いた男だ。その存在自体が、この日本にとって呪いのようなものだろう。咲斗はなるほどねと納得し、手伝ってもらうことにする。

「魔所と呼ばれた場所を選んで、歩き回ってくれ。それと、丁度よくその辺に小動物がいたら、それを生け贄にしてくれないか」

 が、さすがにこの時代において人殺しを容認することは出来ない。咲斗は鳩とか野良猫とか野良犬にしておいてくれと、そう注意して信長を送り出す。

 信長は少し不満そうだったが

「まっ。俺は猿より優しい男だからな」

 と嘯いて姿を消した。

「猿って、ああ、秀吉か」

 その呟きに、比較するところがおかしくないと瑠璃が首を傾げる。

「どっちもドSだろうな」

 それに対し、深く考えるだけ無駄だろうと咲斗は溜め息を吐く。それから将門を見て

「こちらでも必要になる。調達してきてくれ」

 と、小動物の調達を頼むのだった。




「なんだ」

「気が大きく変動しているわね」

 九州から京都へ移動を開始した礼暢たちは、身体の奥から何かが揺さぶられる感覚に、顔を顰めていた。特に月乃は八岐大蛇の性質を持っているからか、腹の奥から妙なものが湧き上がってくるような感覚があるという。

「やはり気を鎮めるには、妖怪化した俺たちにも影響が出るんだな」

 路蘭もやれやれという顔をしている。だが、ここで立ち止まるという選択肢はなかった。

「世界が変わりつつあるんだよ」

 後ろを振り向くと、自分たちが進むごとに復興した景色が広がっている。きっと、他のところで鎮撫している連中も、同じ光景を見ていることだろう。

 もう、妖怪化で得た力を必要としていないのだ。

 ここで総てを元に戻すまでが、自分たちが授かった力を使う場面であり、その先にあるのは、普通の人間として生きる道だ。

「でも、私たちが知っているのは、この世界じゃないのに」

 苦しくなった月乃が、その場に座り込みながら呟く。

「まあな」

 こんな平和な世界を、自分たちは知らない。礼暢も感情をどう持っていけばいいのか解らず、月乃に同意する。

 ビルが立ち並び、道路は整然とし、人々が生活しやすい町並み。それは自分たちが生きてきた中にはなかったものだ。

 すでに震災から五十年。当時を知る人が少なくなる中、こうやって元通りに戻った先にある未来を思い描けないのは当然だった。それが妖怪化し、他の人たちと距離を取りながら生きてきた礼暢たちになると尚更だ。

 一体、自分たちは普通の町並みでどうやって生活していけばいいのだろう。

「どうなるんだろうな」

「ううん」

「解らんな」

 急に込み上げてきた不安に、三人の足は完全に止まってしまう。月乃は再び立ち上がる気力が出て来なかった。

「あっ」

 しかし、気配の変かはそんな三人に容赦なく降り注ぐ。

 溢れ出てくる霊気。どこかで湧き上がる妖気。そしてそれらが中和され、落ち着いていく様子。

 じっとしていても、日本各地で起こり始めた変化を、敏感にキャッチしてしまう。

「どうやら俺たちには、立ち止まっている時間もないみたいだな」

 礼暢はやれやれと溜め息を吐き

「これも、安倍晴明の生まれ変わりに関わってしまったからかな」

 そう言って苦笑いしてしまう。

「ああ。そうかもなあ。九尾の天夏が惹かれるのは仕方がないとして、他も、強い妖怪の力を持つ俺たちは、あの陰陽師の影響から逃げられないのかも」

 路蘭もなるほどねと頷き、まだ蹲っている月乃に手を貸してやる。

「まあ、嫌な奴だとは思ってたわよ。すかしてるし」

 月乃は路蘭の手を取りながら、しっかり自由をくさす。それからにこっと笑うと

「あれだけ嫌だった力が消えるって、変な感じよね」

 今までの悩みはなんだったのかなと二人を見る。

「ああ。まあ、そうだな」

「保憲は変化がないんじゃないかって言ってたけど、力が減ってる感じはするよな」

 どうなんだろうと二人は悩みつつ

「でも、代わりに違う力が使えそうな気もする」

 と苦笑してしまう。

 それはきっと、今まで呪術師たちの力だと思っていたものなのだろう。

 妖気と霊気は表裏一体だ。妖気が消えつつある今、自分たちの中には霊気だけが残るということなのだろう。

「さ、広島まで来たんだ。あともう少し、頑張るぞ」

 礼暢の苦笑いを浮かべたままの言葉に

「おー」

 月乃は気の抜けた返事を返すのだった。

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