第44話 運命の輪にいるのは

高天原たかまがはら神留かみづまりす。すめらが――」

 自由が朗々と祝詞を読み上げ始める。

 それに合わせるように、空気が大きく振動するのが解る。

 穴の中から、少女が発するとは思えない、独特の声が響く。

 場を清めるための、神がやって来ることを告げるための、警蹕けいひつと呼ばれる独特の声だ。

「っつ」

 その声を受けてか、サラが持っている鈴が、勝手にしゃらんと音を立てるほど、その振動は徐々に大きくなっていく。

 やがてそれはびりびりと痛いほど感じられるようになってくる。

「これは」

 小声で玄武が驚きの声を上げ、そして、何を思ったのか、隠し持っていたお酒を地面に撒いた。すると、ずうんっと呼応するように地面が揺れる。

「清めが進んでいる証拠か」

「みたいだが」

 大丈夫だろうかと、式神たちは警戒を怠らない。青龍、白虎、朱雀、玄武。四人が四神の名を使うようになったのは、たまたまではない。

 青龍が元は龍であるように、山に関わっているように、正確に言えば山を流れる水が基になっているように、それぞれが大きな力の結果に出来上がった妖怪たちだ。

「これは」

 その青龍が驚きの声を上げる。なんと、身体が勝手に光り輝いている。

「あっ」

「私もだ」

「一体何が」

 それをきっかけとするように、他の三人の身体も光り始める。

「みんな、四神の対応する方角に行って」

 サラの身体は光ることはなかったが、スサノオの言葉が頭に響いた。その指示を、驚いている四人に伝える。

「ははっ。晴明様を補佐するために導かれたのはサラだけじゃなかったってか」

 朱雀は苦笑いしつつも、行くぞと穴を囲むようにそれぞれの方角に着く。

 青龍は東。

 白虎は西。

 朱雀は南。

 玄武は北。

 南の朱雀は祭壇があるので、自由とサラを守るように背後に立つことになる。

「あっ」

 すると、一層四人の身体が光り輝いた。

「変わる」

 サラが呟いた時、自由の祝詞が終わる。

 そして、大きな気が穴から奔流となって溢れ出てきた。




「これは、予想外だな」

「うん」

「ああ」

「そうだな」

 その頃。京都御所に到着した四人は口々にそう言い、呆然としていた。

 京都御所に変化はない。しっかりと復興され、地震の気配は何も残されていない。それと同時に、何の気配もしないのだ。

「空っぽだ」

 咲斗がそう呟いてしまったのも無理はない。

 ここには、何の気配もないのだ。いや、他の霊場が荒れ狂ったことによって、ここにあるべき気が消えてしまったというべきか。

「ふむ。陰陽師たちが作った封じが消えたというところか。不思議なものだな。あいつらの気配は感じるのに」

 将門がそう呟くので

「保憲と晴明か」

 咲斗はすぐに確認する。

「ああ。二人とは、都におる時にちょっとだけ会ったことがあるよ」

 将門は俺の人生も色々あったからねえと苦笑いしている。

 いいのか。誰もが知る怨霊がこんな気さくで。そうツッコミたくなるが、今はそれよりも肝心なことがある。

「保憲たちが絡む術が完全に飛ばされたから、俺たちは輪廻転生をして現代で集まる羽目になったのか」

 咲斗は思わず叫び、ついで、巻き込み事故だろと頭を抱える。道満は確かに同時代に活躍し、晴明のライバルだったと言われるが、この都の封じには関係ない。

「いや、関係あると思うぞ」

 しかし、それは将門によって否定される。

「なんでだよ」

「奴らは当時、新興勢力だったわけだよ。そんな時に現れた、自分たちとは異なる能力を持つ陰陽師。それを追い払うのに、どれだけの力を使ったであろうなあ」

 その指摘に、咲斗は舌打ちしたくなる。それは道満としての記憶が過ったせいだ。

 晴明と対決した日のことは、今ならば昨日のことのように思い出すことが出来る。

 都の腑抜けた陰陽師たちを追い落とし、それを足掛かりに朝廷を揺るがし、政権を転覆させる。その計画を確かなものにするために、試しとしてやった呪いを、晴明たちが利用したのだ。

 まさか内部から切り崩しを行っている奴がいるとは思わなかった。

 まさか幻術と呪術の合わせ技を見抜き、さらには自分に攻撃を仕掛けてくるような奴らがいるなんて思わなかった。

「ははっ、面白い」

 破られた時、悔しさよりも出てきたのは、都は単なる腑抜けどもの集まりではないということを喜ぶ気持ちだった。そして、自分と同じような半端者がのし上がろうとしている事実を喜んでしまった。

 そこから、あの二人を、いや、主に晴明をからかうために都で呪いを掛け続けた。その度に晴明は破りにやって来て、新たな手法を試してきた。

 それは新たな呪術の確立だ。

 晴明と道満が切っても切れない縁で結ばれるきっかけだ。二人は陰陽で、揃っていなければ意味がない。

「ちっ」

 色々と理解が追いついた咲斗は舌打ちをしてしまう。そして、なぜ自分が最初に都に辿り着いたかを理解した。

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