第36話 気配を探れ
「どちらでもないってどういうことよ?」
天夏はその言葉を聞き逃さず、おかしいでしょと食いついてくる。
「その話は後だ。長くなる。それより」
保憲はここだぞと、目的地の近くである不忍池が見えて足を緩める。
「関東で霊場、封じとなればここよね」
目的地については解ってるわよと天夏は返す。ここにある寛永寺は江戸の艮の封じとして建立されたものだ。何かあるかと疑うのは当然だろう。
「さて、どうか」
気を探ろうと保憲が僅かに霊気を漏らした時、それに呼応するように、寛永寺の方向から不穏な気配が漂ってきた。それはみるみるうちに大きくなり、周囲の磁場を歪ませる。
「何かいるな」
「ええ」
二人は頷き合うと、一気に寛永寺の境内へとなだれ込んだ。しかし、濃い妖気は感じられるものの、その発生源が解らない。
「ここにスサノオはいるのか」
「どうかしら?」
あまりに濃い気配に、天夏といえどもすぐに特定できない。それどころか、あまりに強い妖気に頭痛がしてくる。
「ちっ。一先ず、本物の妖怪がいると考えて動くしかないな」
保憲はジャケットのポケットから、持っているだけの呪符を取り出す。辞書ほどの太さがあるが、万が一、ここから脱出しなければならなくなった場合、このくらいの量は一気に消費されてしまうだろう。それだけ強い気配が漂っている。
「自分の身は自分で守れよ」
「もちろん」
そのくらいは何とかすると天夏は頷き、二人は気配の中心を探して境内を歩き始めた。
その頃、咲斗は瑠璃たちと車で移動中だった。とはいえ、どこも道路はガタガタだ。大都市の中はまだ整備されているものの、少しでも郊外に行くと、途端に四駆以外では移動できない。
「多くの人が大移動を嫌うはずだよな。これ、すぐに酔いそうだ」
うげっと咲斗は顔を顰めてしまう。一方、横にいる瑠璃は平然としたもので
「楽しいと思うけどなあ。でも、呪術師も妖怪化した人も車を使わずに自分の呪力で移動しちゃうから、あんまり利用されていないよね」
と、呑気な考察をしている。
「そうは言うけどね。俺みたいに呪力の弱い奴には必須アイテムだよ。まあ、昔みたいに車が大量生産されているわけじゃないし、ガソリンなんてバカ高いし、電気自動車はこの悪路では燃費が悪いしで、色々と大変だけどねえ」
そんな瑠璃の言葉に答えるのは、自由たちのグループに所属する呪術師の一人、唯一運転できる
「しかも道路が使えないところも多いもんね。静岡と山梨は無理だし。関東から関西に行くのって、めちゃくちゃ大変だよね」
瑠璃は地図を見ながら、地道な調査をするには遠回りの連続だと顔を顰めてしまう。
「そうそう。わざわざ日本海側に出ないといけないからなあ。昔は東海道に沿って高速道路があったけど、富士山の噴火で使い物にならないからな」
がははっと笑い、亜連はまだまだ霊場を探査するには至らねえなあと呑気に言う。
「くそ。なんで俺はこの組なんだ」
咲斗は他が良かったと嘆くが、他の組では自分が役に立たないことはよく解っている。特に富士山の調査に行った自由の代わりは務まらないだろう。
「一応酔い止めがあるから、気持ち悪くなったら言えよ。とはいえ、西に行けば行くほど、地震の数も多かったから、道路はがったがただぜ。今のうちに慣れるのをお勧めするね」
亜連は文句がすぐに止まったことで、自分の実力を過信していないんだなと、咲斗のことを好ましく思った。とはいえ、感じ取れる霊気からして、亜連とは桁違いだ。あまり自分の実力を低く見積もるなよとも思ってしまう。
「ったく。いきなり霊場を調べるなんてやり始めるからこんなことに。だが、今は疑問を挟んでいる場合でもないもんな。あのスサノオの力を持つって子はかなりヤバい。あちこち移動されると、霊場に残っている良くない気と反応して、ややこしいことになりそうだ」
「それは道満としての意見?」
瑠璃が驚いた顔をして訊ねてくるので、咲斗は一瞬むっとしたものの
「そうだな。今までの俺だったら、判断できていない」
あっさりと認めた。
そう、今までの那岐自由の力の秘密を知りたいと思っていただけの咲斗では、辿り着けない意見だ。そして色々と思い出したからこそ、那岐自由が、いや、安倍晴明の凄さが嫌というほど解ってしまう。
「前々からムカつく奴だったが、あっちが晴明なんだよな」
「なにそれ。嫉妬?」
くすっと笑う瑠璃に、うるせえなと咲斗は舌打ちしてしまう。すると瑠璃はますます笑って
「咲斗くんって可愛い。でも、そうよね。正義の味方って感じの安倍晴明と違って、道満って常に悪役だもんね。その生まれ変わりって言われても嬉しくないか」
なんて言いながら咲斗のほっぺたを突いてくれる。
「止めろよ」
「あっ。顔が真っ赤。可愛い」
「おいっ」
「ははっ。青春だねえ。高校生らしくっていいけど、ちゃんと気配は探ってくれよ。どの霊場に寄ればいいか、解らないだろ」
後部座席でいちゃつき始めた二人に、亜連は苦笑しながらそう注意するのだった。
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