第12話 那岐自由
「妖怪化した人たちは、自分の能力に疑問を抱いたってことかしら」
「だろうな。そして、真ん中の存在である呪術師たちも、そういう疑問を持っているのかもしれない」
晴明の生まれ変わりが見つかった今、そういう情報の収集も必要になりそうだ。
サラは忙しくなりそうだと気を引き締めていた。
「おっ、無事だった?」
「あんまり大勢で戦闘すると、他の人間を呼び寄せそうだったからな」
拠点に戻ると、待機していた白虎と朱雀がほっとした顔をしてそう言った。確かに、妖怪化した人間よりも大きな力を持つ自分たちだ。全員で戦闘していたら、大変なことになる。
「あれ? 玄武は?」
まだ酔い潰れるには早いでしょうとサラが確認すると
「那岐のところに行ったよ。どうやら悠長にもしていられないっぽいし、先触れみたいなのをやるって」
朱雀が酔っ払ってるのに勤勉だろと苦笑した。
「先触れ。じゃあ、本物の妖怪がいるんだよって教えるってこと?」
先ほどの礼暢の反応から、本物に対して何かあるらしいと察したサラが訊く。
「ああ、そうなるな。しかし、妖怪化が起こっているんだから、本物だっているのが当たり前と考えているかと思えば、そうじゃないんだな。そこにビックリだよ」
どうなっているんだと朱雀は青龍を見る。が、青龍だって解らない。力なく首を横に振るだけだ。
富士山の噴火、相次ぐ自然災害に翻弄されたのは人間たちだけではない。妖怪である自分たちもまた、同じだ。それどころか、人間にまで影響を及ぼす妖気のせいで、まともに動けないことも多かった。
「妖気の影響を考えると、弱小な妖怪は消えちゃっているのかもね」
白虎は、だから今まで本物と出会わなかったのではと分析する。
「それはあるかも。しかも人間が大きな妖気を持つようになっちゃったから、淘汰されちゃった可能性はあるよね」
サラもそれはあり得ると頷く。
「ってことは何か? 俺たちは絶滅危惧種ってところか? それでようやく妖怪が現われたからって、あいつらが乗り込んで来たって?」
青龍はマジかよと顔を顰めるが、そう考えるのが妥当だとは解っているようで、反論の声に力はない。
「そうなると、ここをずっと拠点にするのは危ないわよね。あの鬼、明らかにまた来る気満々だったし」
サラはどうするのと三人を見る。すると、三人も腕を組んで唸っていた。
まさか自分たちが人間たちの争いに巻き込まれるとは思っていなかった。
それぞれの苦り切った顔が、そう物語っている。
「ともかく、玄武が戻るのを待とう。どうせこの近所は空きビルだらけだ。拠点を変えるのは簡単だしな」
悩んでいても仕方がない。青龍はそう決定すると、俺は少し寝るぞと隠形してしまうのだった。
那岐自由にとって、妖怪はいて当たり前の存在だった。
そして、妖怪化した人間に違和感を抱くのも当たり前だった。
しかし、多くの人間にとって、それが当たり前ではないことを知る。それからは、色々な葛藤の日々だった。
だが、呪術師としての実力が付くと、同じく違和感を持つ同志を見つけることが出来た。そして、妖怪化した人間と妖怪を分離するため、また、妖怪化した人間を元の人間に戻すため、色々と研究をすることになった。
「ほう。本物か」
だから、目の前に玄武が現われた瞬間、そう悟ったとしても不思議ではなかった。
ただし、ベッドに寝転んでいる自分の腹の上に、艶めかしい妖怪が載っているというのは、想定外も甚だしい。
「本物ですわ。そして、私たちの仲間も本物。妖怪がいることはご存じのようなので、用件を端的に述べますわね」
玄武はその色気を最大限に利用し、にこりと誘惑するような笑みを浮かべて、高校生の自由を見下ろす。
「私たちは、あなたをずっと探していました。あなたは安倍晴明の生まれ変わり。私たちは、その晴明の式神だった者です。いずれ、あなたの力になります。でも、今は駄目みたいね」
そして、攻撃の隙を窺う自由に、無駄よと微笑んだ。
「安倍晴明、だと?」
「ええ」
「そんなこと」
「ああ。すぐに信じなくても結構。それに、あなたに最も懐いていた子は私じゃないから。その子が来たら、嫌でも思い出すわ」
玄武はサラを思い浮かべ、にっこりと笑う。その笑顔は先ほどまでのものとは違い、どこか悪戯を企むかのような笑顔だ。
「懐いていた」
しかし、自由からすれば総てが混乱をもたらす情報だ。この妖怪は、一体何を言っているのか。
しかし、この目の前の、二十代後半から三十代に見える女性型の妖怪が、自分を誑かそうとしているわけではないことは、瞬時に見抜けた。
同時に、攻撃する気もなく、本当に自分を慕っているらしいことも解る。
それだけに、ますます困惑してしまう。
自分が安倍晴明の生まれ変わりだって!?
そんな話、信じられるわけがない。
だが、どこかで否定しきれない自分もいる。
「また来ますわ」
自由の困惑を見て取り、玄武はさっさと撤退した。すっと消える彼女を捕まえようと伸した自由の手は、虚しく虚空を掻く。
「何なんだよ、一体」
伸した手を頭にずらし、ガシガシと髪の毛を引っ掻く。しかし、言葉とは裏腹に、自然と笑みが零れていた。
「まあ、チャンスってことだな」
面白くなりそうだ。自由の目に、鋭い光りが宿っていた。
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