第11話 敵襲

「蠱毒、ですか。確かに呪の気配は強かったですが、そんな印象は受けなかったですけどね」

「おや、それはますます困るね」

「ええ、そうですね」

 この場合、二人の感覚のどちらかが、幻術の影響を受けていることになる。もしくは、二人とも間違った感覚の上で推論しているか、だ。

「ともかく、問題の屋敷の内部に入り込まないことには、どうしようもないというのが結論です。まあ、中に入って駄目だった陰陽師がいるので、一概にそれで解決するとは言えませんが」

 晴明は予想以上に厄介ですよと保憲を見る。この先はどうぞ、次期陰陽頭がやってください。そう目で訴える。

「まあまあ。ここはもう二人でやってしまおう。うんうん。それが早い」

「ちょっと」

 やっぱり晴明を巻き込もうとする保憲に、なんで一人で行かないんだと、思わずツッコミ。しかし、完璧に無視される。

「幻術が存在している、と知っているだけでも大きいよ。対処のしようがあるというものだ。二人は外から見ていて、呪いの気配も感じたんだろう」

 そしてさらっと事実確認に入ってくれた。それに晴明はむすっとして答えようとしない。

「にゃあ」

 仕方なく、サラがそうだよと鳴く。ついでに晴明の膝の上に載り、子どもじゃないんだから機嫌を直せとスリスリする。

「くっ、猫は気楽でいいな」

 晴明は文句を言いつつも、サラの喉元を撫でている。

 古今東西、猫の持つ癒やしの魔力に勝てる者はいないのだ。

「そこが問題だ。しかし、陰陽師が祓えず、未だに僧侶が詰めている事実から、晴明たちは幻術の可能性に気づいた。これも見逃せない。ということは」

「ということは?」

 晴明が訊き返すと、そこで保憲はにやりと笑い

「敵は相当に巧妙な呪術を使えるっていうことだね」

 眼光を鋭くしていたのだった。




「あの大江くんも、相当に巧妙な呪術を使えるのかしら?」

 夜中になって、屋上の見張りを白虎から交代したサラは、どうなんだろうなと尻尾を揺らす。

 人目がないと、ついつい猫型になってしまうのは、猫又という妖怪になってしまったがゆえに仕方がないことだ。それと同時に、晴明との記憶を呼び覚ますのにも、この姿の方がいい。

 いつも優しく撫でてくれた手を思い出しつつ、現在は那岐自由となった彼に撫でてもらうのは相当先かと寂しくもなる。

「っつ」

 と、そこに鋭い気配を感じた。サラはさっと変化しようとしたが、その前にひょいっと捕まってしまう。

「な、何すんのよ?」

 猫型であることも忘れて抗議すると

「やはりか。お前、本物の妖怪だな」

 少年の声がした。

(ひょっとして晴明! じゃなくて那岐自由!!)

 期待して顔を向けると、そこにいたのは那岐ではなく、夕方に見た鬼だ。名前は確か礼暢。

「あんた」

「くくっ。ついに、俺たちの能力が正しいことが証明されるぜ」

「あっ」

 これは拙い!

 そう気づいたものの、礼暢の手でぎゅっと握り締められる。

「いたっ」

「猫だからな。素早く逃げられたら確保が大変だ。大人しくしろ!」

「くっ」

 そう言われても、大人しく出来るか。どうにかしないとと暴れていると

「サラを離せ!」

 妖気を感じ取った青龍が、窓から飛び出すと屋上までひとっ飛び。その勢いのまま、礼暢に回し蹴りを食らわせようとする。

 が、礼暢は鬼の力を使い、さっと身を躱す。だが、おかげで隙が出来、サラは礼暢の手から逃れることが出来た。

「ちっ」

 青龍の肩に飛び乗るサラを見て、礼暢は舌打ちする。だが、青龍の頭に角があるのを確認すると、にやりと笑った。

「貴様も妖怪か」

「ああ。お前と違って純粋な、な」

 青龍もにやりと笑って返す。

「こいつは面白い。ははっ、俺たちの力の根源が、ようやく目の前に現われるとはな」

 だが、礼暢は青龍の挑発的な笑いに乗ることはなく、興奮気味にそう言った。それから、ぎゅっと拳を握ると

「お前らを捕まえて、俺たちの正当性を世に知らしめる!」

 青龍に向けて素早く殴りかかった。

 だが、青龍はそんじょそこらの妖怪ではない。あっさりと避けただけでなく、礼暢の腕を捕まえ、ぽいっと屋上の外へと放り投げた。

「ちょっ」

 さすがにそれはと、サラは驚く。だが、礼暢は空中で姿勢を変えると、向かいのビルの屋上に着地していた。

「やはり、妖怪化した人間の身体能力は違うな。ほぼ妖怪と変わらん」

 青龍は心配する必要はないと言いつつ、警戒を怠らない。あれだけの芸当が出来るのならば、またこちらに飛び移ることも可能だろう。

 だが、礼暢は不利と悟ったのか、そのまま身を翻すと闇に消えていった。それに、サラはほっと息を吐く。

「まさか鬼が乗り込んでくるとはな。しかも、正当性を証明するだと? 夕方も妙な事を言っていたが、一体どうなってるんだ?」

 青龍はまだ警戒しつつも、解らない事が増えたなと顔を顰める。

 確かに、那岐の言い分も妙だったが、今の礼暢の発言も奇妙だ。

「ただ単に三つの勢力に別れているんじゃなかったの? 十年前はそれだけだったのに」

「人間の十年は凄いからな。何かが変化したんだろう。妖怪化した人間が現われるようになって二十年。対立構造に変化が出て来ても不思議ではないか」

「そうね」

 人間の十年は凄い。まさにそのとおりだ。妖怪にとっては瞬きに等しい時間の間に、人間は子どもから大人に成長してしまう。変化が激しい。

 特に今は、自然災害も収まっている。今まで考えられなかった部分を検討することで、対立構造が変化したとしても不思議ではない。

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