第9話 宇宙の神秘並

「そう。だから、本当は呪いなんてないのかもしれない」

「え?」

「ないからこそ、解除出来ない」

「なぬっ」

 まさに発想の転換! サラは二本の尻尾をぴんっと立てていた。驚いた時の猫の習性で、尻尾が膨らんでしまう。

「くくっ。面白そうだな」

 晴明が好戦的な笑顔を浮かべる。おかげでサラは冷静になり、尻尾を元に戻すと、ぽんぽんと前足で晴明の膝を叩く。

「晴明様が呪っているみたいに見えるよ」

「おっと、しまった。ついね」

 晴明はぺろっと舌を出すと、顔を引き締める。

 ああいう顔を見てしまうと、鬼として祓われるところだったという保憲の話が信憑性を帯びる。きっと、やんちゃに何かやらかしたのだろう。

「で、どうするの?」

「まあ、待て。幻術かもしれないと仮定して、まずは捜索だ」

「仮定して捜索」

 探偵か? サラは首を傾げるしかない。とはいえ、陰陽寮の仕事を見ていると、探偵や刑事と変わらないのではと思うことが多々ある。新手の呪いであっても、そういう地味な作業が重要ということか。

「僧侶がこれだけいて、屋敷の中ではもうもうと護摩や香を焚いているはずなのに、呪いが薄まっていないようだな。ということは、匂いは関係なし。呪われた本人の近くに何かがあるはずだな。となると、保憲様にも手伝って貰わないとな。俺だと身分が低すぎて、相手にしてもらえない」

 晴明は腕を組むと、面倒だなと溜め息を吐く。

「ねえ。それって結局、保憲様の手柄になるんじゃない?」

 出世巻き返しになるの? サラは心配になって確認していた。すると、晴明は何を言っていやがるという顔をしてくれる。

「別にいいんだよ。保憲様の考えと俺の考えは少し違う。師匠として尊敬しているし、共闘関係にあるのは間違いないが、その意向をまるっと叶える必要はない」

 そして、そう言い切ってくれた。

「どんだけ複雑なのよ、あんたら」

「宇宙の神秘並に複雑さ」

「おいおい」

 解き明かせないってか? サラはあんぐりと口を開けるしかない。

「ともかく、俺だけじゃ無理だな。何にせよ、調査しないことには手の打ちようがない。呪いだからこうだと、型から入った陰陽師が太刀打ちできなかったっていうのは、そういうことだからな。あのお師匠様、面倒になるからって俺に振っただけだよ」

 晴明はそう言うと、今日はもう終わりだなと、さっさと帰路に就くのだった。




「保憲様と一度も出会わないのも、宇宙の神秘並の複雑さのせいかしら」

 道満のことを思い出していたはずなのに、いつの間にか保憲との因縁を思い出していたサラだ。拠点に戻ってから、複雑なのよねえと溜め息を吐く。

「どうした? この時代の晴明を見つけてから、溜め息ばっかだな」

 横にいた朱雀にそうからかわれるが、溜め息が吐きたくなることばかりなのだから仕方がない。

「いいじゃない。それよりもあの二人、ちゃんとやっているかしら」

 サラは説明するのも面倒で、話題を現在の状況へと変えた。今、別方向に歩き去った那岐と大江について、青龍と玄武が尾行して調べている最中だ。ちなみに白虎は屋上で見張りをしてくれている。

 状況が思ったよりも複雑であること。夕方に出会った鬼と狐が気になることがあって、気が抜けないのだ。

「ちゃんとやってるだろ。って、帰ってきたぜ」

 朱雀がほらっと目を向けた先に、玄武が顕現した。手にはビール瓶とワイン瓶を持っているが、それはいつものことだから仕方がないと流す。

「どうだった?」

 朱雀が確認すると、玄武は疲れたわと早速ビールを飲み始める。

「あの大江って子、警戒心が強くて大変よ。さすがは道満の系譜ね。何とか今住んでいる場所を特定してきたけど、はあ、大変だった」

 ぷはっとビールを飲んでから報告する玄武の姿は、サラリーマンを彷彿とさせる。だが、気にすべきは警戒心が強いという点だ。

「やっぱり、力は強いってことね」

 サラの言葉に、玄武は当然よねと頷いた。

「道満は唯一、晴明様と張り合うことが出来た男だもの。この時代でも、同じ位の能力を有していると考えるのが妥当よ。今のあの男の名前は大江咲斗おおえさくと。十七才、高校二年生で晴明様と同い年ね。これが昔との違いかしら。確か、平安時代では五才くらい上だったわよね」

 玄武はそう言ってサラを見る。それにサラは頷くと

「うん。保憲様と同い年か上って感じだったわ。初めて会った時のムカつく顔は、今でも覚えているもの」

 先ほどの出来事の後を思い出し、苦い顔になってしまう。

 僧形、筋骨隆々の道満は、自信に満ちあふれ、そして都への敵意を隠さない男だった。

 そして、その顔はとてもムカつくものだった。サラは一目見ただけで不快感を覚えたほどだ。

 こいつは自分の目的のために、周囲を傷つけることを躊躇わない。

 それがひしひしと伝わっていた。

「俺の術を解くことが出来るとは、この都にも面白い奴がいるんだな」

 晴明に向けて、道満は自信満々な態度を崩さないままそう言った。

「ふん。こちらは面白くないな。下手すれば俺の秘密がバレる」

 一方、晴明は敵意を隠すことなくそう言い返す。

 その様子を晴明の肩に乗ったまま見ていたサラは、不安でドキドキしてしまった。

 会ってはいけない奴に会ってしまった。その印象を、晴明の発言がより強いものにしている。それだけでもう、嫌な予感しかしない。

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