第8話 伝統ぶち壊し型
「ふふっ。だから、俺はもう評判を稼ぐ必要はないのさ。次は晴明の番だろう」
「いやいや。まだ学生なんですよ。次とかまだ考える必要ないでしょ」
晴明は何を言い出すんだと猛抗議だ。この時、晴明は二十六歳で
「何を言っているんだ。得業生と言えば、将来を期待されているということだよ。それに晴明、俺のことを思ってわざと出世を遅らせているんだ。ここで巻き返しても、誰も文句は言わないよ」
しかし、それで引く保憲ではなかった。さらに気になることを言ってくれる。サラはどういうことかと保憲を見つめていた。
「ああ。サラちゃんのは言っていなかったっけ? 俺たちが陰陽寮では新興勢力であることは、すでに知っているよね?」
視線に気づいた保憲がそう問い掛けてくるので
「にゃあ」
それは知っていると頷いた。
なんせ、主である晴明が毎日のように愚痴っているのだ。それはもう耳にタコができるほど、その辺りの事情は知っている。
賀茂家の巻き返し。それに、力の使い所が解らずに困っていた晴明が加わっているという。その力は母方のものであり、父では対処出来なかったということも知っていた。
「新興勢力だからこそ、一気に二人で揃って伸し上がるのは、ちょっと外聞が悪いわけだよ。そこでまず俺が先に出世したってわけ。晴明はこの通りの性格だから、出世が遅くても関係ないって奴だしね。じっくりねちねち勉強してもらって、周辺の雑魚を根こそぎ倒してから出世して貰う予定なんだ」
「何ですか、そのとんでもなく嫌な予定は」
おかしいだろうと、晴明がぼそりとツッコむ。しかし、それを聞き入れる保憲ではない。
「だから、俺が陰陽頭になるにあたって、彼にはそろそろ巻き返しを始めてもらわないといけないわけだよ。というわけで、この新手の呪いの解除は、まさに打って付けというわけさ」
いいタイミングで起こってくれたとばかりに保憲は笑い、晴明はがっくりと項垂れる。
「ああ。なんでこの人と取り引きしちゃったんだろう」
「むにゃ?」
まだなんか事情があるのか? サラはこの二人ってどうなっているんだと首を傾げる。
「正しい方向に導いているじゃないか。あのままだったら、君は鬼として祓われる側だったんだぞ」
しかも、保憲はまたまた気になる一言だ。サラはどうなってんのよと、二人の間を無駄にうろうろとしてしまう。
「ああ、心配ないよ。サラちゃんは晴明を信じていればいい」
ひょいっと保憲に捕まえられ、喉元をなでなでされてしまう。猫の身体になったサラは、他の猫と同様そこが弱い。
「むにゃあ」
深く考えることは出来ず、保憲のなでなでに身を委ねてしまう。
「というわけだから、行って来い」
そしてその間に、この呪い解除の役目は晴明のものとなってしまうのだった。
「この屋敷の人が呪われているの?」
さて、十年経てば喋れるようになるもので、サラは晴明に直接問い掛けていた。とはいえ、まだまだ不慣れであり、妖力を大量に消費してしまうので、短時間だ。主に晴明と二人きりの時しか喋らない。
「そうだよ。ってか、外では喋るな」
しかし、今は喋るタイミングじゃないだろと晴明に怒られてしまった。
「いいじゃない? 牛車の中なんだし」
「だとしても、怪しまれる」
「はいはい」
返事をしつつ、再びサラはひょいっと物見窓から外の様子を窺った。
現在、夜中の二時頃。平安風に言うならば
昼間の保憲からの無茶振りを解決すべく、その糸口を探しているところなのだ。その問題の屋敷の中からは、低く読経の声が響いている。呪われているこの屋敷の貴族は、陰陽寮だけでなく僧侶にも頼っているようだ。これは平安時代ではあるあるなので、別に珍しいことではない。
屋敷は三条にあり、それなりの身分の貴族が住んでいることが解る。そして、その屋敷からは確かに、怪しい気配がむんむんと漂っていた。
「気持ち悪いわね」
「はっきり感じ取れるな」
「ええ」
晴明とそこで頷き合うが、はて、この呪いをどうするのか。というか、これだけはっきり感じ取れるのに、陰陽寮の陰陽師が祓えなかったとは何事か。
「方法が違うんだろう。俺たちが陰陽寮に新しい技術を持ち込んだように、代々伝わる方法とは異なる呪いが存在するんだ。そうなると、伝統でガチガチの連中には対処出来ないってわけ」
手っ取り早く晴明が説明してくれる。
ふむふむ。つまり、今まで都にないタイプのものだということか。これは保憲が指摘していたことでもある。
「じゃあ、伝統ぶち壊し型の保憲様か晴明様のお仕事ってことね」
「変な類型を作るな。だが、まあ、そういうことだ。問題は呪いの本質を見抜かなければならないってことだな。とはいえ、ここまで陰陽寮のやり方が通じないとなると、幻術を用いているのかもしれない」
「幻術」
そんなことが出来るのか。と、妖怪の自分が驚くのは間違っているか。つまり、呪われている人は惑わされているということ?
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