第31話 人間だけのテラス
夏休みもあとわずか
毎日の様にガーデンに来て 少なくとも午前中は机に向かっていたレオナの宿題は、いつになく順調である
自由研究も ガーデンに来る口実として使った以上 真面目なレオナは真面目に取り組み 図書室の資料と ボランティアの方のご協力により 立派に仕上がっている。
タイトルはトキのアイディア通り”四つ葉ローズガーデン・夏の薔薇”
ボランティアのおばさんともすっかり仲良しになった。
だが 「自閉症疑い」のレオナは 8月でスクールを”終了”する事になっている。
これまでの様に頻繁にガーデンに来ることも無くなるだろう。
ガーデンに来なくなったら ユキとはどこで会えばいいのだろうか?
レオナはユキの家はおろか フルネームさえ把握していない
今更 どうやって聞いたらいいのか? ”年賀状出したいので~”というには早すぎるかなあ っとレオナが考えていると 理央が声をかけてきた
「レオナちゃん 宿題は終わったの?」
「完璧です えへん」
と 胸を張る
「素晴らしい で 休み明けテストの勉強もオニイサン達が見て差し上げましょうか?」
「本当ですか?!」
レオナが食いつくのは テスト勉強がしたいわけでは勿論ない。また二人に会う口実がほしいだけだ
高校生の二人に レオナが会いたいというのは レオナの我儘だし 迷惑だろう。
だから あと数日 この夏休みだけでいい、二人に会いたい
「勿論! 中学の勉強なんてちょうど基礎固め中の基礎固めにちょうどいいじゃん? な ユキ?」
「理央は強引だなあ レオナちゃんの都合も考えろよ」
ユキが呆れたように言う
「いや 見えなかった俺でさえ トキ達が居なくなって寂しいんだから 見えてたお前らはもっと寂しいでしょ?それを和らげてあげようっていう 俺の優しさじゃん わあ 俺って優しいなあ」
うんうん と自分で納得する理央
ただし この嬉しい申し出を受けたことをレオナは ほんのちょっぴりだけ後悔することになる
ユキの教え方でさえ厳しいと思っていたのに 理央は それ以上にとスパルタでした
「レオナちゃん、大丈夫? カフェで何かご馳走しようか?」
”頭が痛い これは頭の筋肉痛だ 頭って筋肉あるんだ”っと机に突っ伏したレオナにユキが声をかけた。
図書室を出て テラスを通りかかったところでレオナは思い切ってユキに頼んだ
「師匠 お願いがあります 師匠の世界 見たいです あの輝くシャボン玉とか … あの世界を見たら、頑張れます」
「怖いモノもみちゃうかもしれないよ?」
「多分 大丈夫です ここには気配感じません。間違えそうなものも御座いません」
きっぱりと言った。
にもかかわらずレオナはやっぱり取り消そうかと思った。
我儘を言っただろうか? 師匠に嫌われたくない
「覚悟はできているって事なんだね。 弟子の成長の為に許可しますか
というか 僕もレオナちゃんと手をつなぐといつもはぼんやりとしか
見えないものがはっきり見える あの不思議な感覚は好きなんだ」
あ。。。手をつなぐのだ 分っていたはずのレオナだが改めて ユキから言われると ドキドキした
「はい」
ユキの手が差し出された。
恋人繋ぎ、、、は できないから 兄妹の様に手をつないで ニヤニヤしながらやり取りを見ていた理央の方を見ると
今の理央は、、、、ニヤニヤしながら 虹色や金色に輝く シャボン玉に囲まれていた。シャボン玉しょってる王子様 というかあの笑いは悪役だな。
まあ アレだ これは舞台とか 漫画とかでみるからいいんだろうな それとも 理央程度では役不足なのか?
あ ごめんなさいね 理央
レオナとユキは顏を見合わせて 同じように鼻にしわを寄せた
「少し お散歩しましょうか お姫様?」
珍しくおどけて言うユキにレオナが頷いて バラ園を歩く
咲いた花の周りや すれ違う人の周りにかすかなシャボン玉 それから 深淵を連れた人も見るけれど 怖いという気持ちが湧かないのは ユキが一緒だからなのか?
最初の角で右 次で右 っと曲がればもう元の道に出てしまう
多分 5分か10分の散歩 もとのテラスに戻って 手を放す
レオナはもちろん ユキの世界からもキラキラしたシャボン玉は消える
テーブルに両肘をついて 二人を待っていた理央は普通の人に戻っているし、
世界も せみ時雨の暑い午後に戻る
「元の世界に戻ったチルチルとミチルってこんな気分になったんじゃないかな?」
ユキが感じる事は レオナの感じる事とやっぱり同じだ
元の世界に戻っても シャボン玉が見えなくなっても
見えなくなっただけで 無くなったわけじゃない 消えたわけじゃない
世界は 綺麗なシャボン玉が溢れているのだ
「僕さあ 深淵を通って 彼岸に行って 次どうする?ってなったら とりあえず 一度 あのシャボン玉になって地上に戻ってきたいな 光や風になってこの世に帰って来て それから 輪廻の輪に乗ろう いいなあ そうしよう」
誰に言うでもなく ユキが言った
レオナは ぼんやりしたまま
「私も 輪廻転生の輪に乗る前に あの光になりたいです」
と答えた。
理央が 勝手にレオナのノートを開いて ”輪廻転生” といつもの流暢な字で書いた
***
この夏休みは学校へ行く変わりに ガーデン行ってるみたいだった。
我ながら 規則正しい生活だったと満足の笑みを浮かべながら ガーデンへ向かう坂道を登る
レオナは もう 前ほど深淵に怯えなくなった
怯えていた相手のほとんどは自分の心が作り出した物だったらしい それにもし本物と遭遇しても それを観る事が出来るレオナは避ける事ができる。 そっと「桜塩」(ワサビ塩でも食卓塩でも)を振りかけて 「ここに居ちゃだめだよ」っと声をかけてやれば去って行く。
提出なんて出来ないけれど 「幽霊と生霊と過ごした夏休み レポート」もまとめたいな ソラやトキを過ごした夏休みを記憶だけでなく記録に残しておきたい。
研究対象の 幽霊(ちい)と生霊(そら)がいなくなった今 レオナの研究テーマは
当初の「深淵」に戻すべきだろう
レオナはそんなことを考えながらノートを開く 最初はユキに疑問をぶつければ全てが解決するのかと思ったけれど 謎は深まるばかりである
それに いつ どんな時に 自分の深淵は 自分の中から出て来るのだろう?
テラスの指定席で 3人はレオナのノートを囲んでいる
「トキにもっといろいろと しっかりと聞いておけばよかったです」
「でも あれはトキが見た深淵の話だからね 見たことが全て真実か?っていうとそれもちょっと違う。僕に見える理央と レオナちゃんから見える理央は違うでしょ?
それと同じかな? でも 少し 深淵の真実には近づいたかもしれないね」
「トキが最後の最後に 幸せに? って言いましたよね? あれって トキが幸せになりました。か 私たちに幸せになってねって事か?どちらでしょうね?」
「私は幸せでした 貴方たちも幸せになって それからソラを幸せにしてください。だったんじゃん? 自分も周りの人も幸せにせよって 約束守って彷徨ってたトキっぽいじゃん? トキは約束を守ることが幸せにつながるって思ったんじゃん?」
「それが最後の言葉ってことは 最重要でしょうか? トキが一番”やらなくてはならない”こと? だったのでしょうか? 」
うーんっと ユキが椅子の背に身体を預けて遠くの空を見る
ユキの考えるポーズ 久しぶりに見ました!
「トキが 深淵には”やること”が入っているって言ってたけど それに逆らっちゃダメなのかな?
自分が幸せになるために 持ってきた”やること”をやらないとか 持ってきてない事をやったらどうなるんだろう?
ダメかもって思っても 自分が幸せになるために 生まれる前の国での出来事なんてこだわらないで 逆らう事だって大事じゃないかな?って思うんだ
恋も 病気も 人生は決められている部分もあって 受け入れるしかない事ってあるんだろうけれど それでも 僕は自分の生きたいように逆らって生きていきたいと思う…
あ!こら 理央 笑うな!」
正面に居た理央が顏を覆って 肩を震わせて 笑い出した
そして そのまま
「ごめん 帰る!」
そのまま 速足で去ってしまった
そんなに面白かっただろうか? むしろ いい話だと思うけれど。。。っとレオナはあっけにとられて 理央の後ろ姿を見送った。
「理央さん どうしたんでしょうか?」
ユキはただ 肩をすくめた それから
「今から追いかけても つかまらないよね? ほっとこうか?
ああ そうだ 人間に生霊(いきりょう)のことなんて分るはずないじゃないってレオナちゃん言ったでしょ?
人間に深淵の事はわかるはずないのかもっとも思うけれど それでも 知りたいと思うから これからもよろしくね」
「こちらこそ 末永く よろしくお願いいたします」
レオナは テーブルに三つ指ついて 深く頭を下げた。
本当に 本当に ずっとずっと ユキと一緒に居たい ユキについて行きたいという思いをレオナなりに言葉と態度に込めたつもりだった。
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